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「ねぇ、いつまでこうしているつもり?」 「何が?」 「携帯の番号もアドレスも変えて、人の家にずっと泊って」 「家には帰れない」 「全く、それなら何で…あ!勝手にワイン新しいの開けない!」 飲んでいたワインのボトルが空になったから、新しいのをと思ったのに、ミラに取り上げられた。彼女の家にあるものだから駄目と言われれば、それは仕方の無いことなのかもしれないけど、既に他のお酒を二本も開けてしまってあるのに、今更だと思う。でも、ミラは駄目の一点張りで、結局その日はワインは飲めなかった。 キースにフラれた日の翌日、携帯の番号を変えてアドレスも変えた。引っ越しもしたかったけど、費用が足りないから同日からミラの家に泊っている。泊りに来た日、ミラには散々怒られたのは今でも覚えている。 「ちゃんと話したの?」 「しつこいわよ、ミラ。それに、話すも何もあの現場を見て何を言うの?」 キースに不本意とはいえ、レイとキスしている所を見られた時、言い訳する気もなかった。至った行為は不本意とはいえ、その直前まで私は彼を部屋へ招いて最後までと考えていた。それだけで、充分浮気だと思う。 「じゃあ、何で毎晩自棄酒なんてするの?」 「……」 「それに、レイ。あなた、この間も食事行ったそうじゃない」 「たまたま会って、そのまま流れで」 レイとはまた頻繁に会い始めていた。復縁、とまではいってはないなけど、このままでいけばそうなるのも時間の問題かもしれない。色々とあったけど、レイのことはある程度判るし、いても悪い気はしない。私の浮気についても、もう彼は許してくれているって言うし――― 「その割には、浮かない顔ね」 「そんなこと、」 「キースと付き合っている時の方がファースト、幸せそうだった」 「さっきから、一体何なのよッ!」 バンッと大きな音を立ててテーブルを叩いた。音に驚いたのはミラだけではなく、私もだった。「ごめんなさい」それだけ告げて、グラスを片付け始めた。自分でもこんなに怒っていることに驚いた。ミラの言っていることは間違いじゃない。自分でも十分理解していた。だからこそ、余計彼女の言葉に腹が立ってしまったのだ。 「(今更、どうすることも出来ないのよ。私がどんなに彼のことを―――)」 ミラの部屋にはベッドが一つしかないから、一緒にそこで眠っていた。でも、今はそれが凄く有り難い。下手にソファで一人眠るくらいなら、少し狭くても誰かと一緒の方が安心出来た。多分、それが判ってミラも私をベッドに寝させたんだと思う。 「まったく、結婚直前までこう…」 酒の酔いが酷くて、ベッドに入るとすぐに眠気が押し寄せすぐに眠りについた。 「もう終わったなら、どうしてアドレスに残っているのよ」 私が眠ってしまった後、ミラが私の携帯を勝手に取り出して、勝手に電話をしたのを私が知ったのは、これよりもずっと後のことだった。 * ミラには泊めてもらっている分、夕食だけでもと仕事帰りに買い物をした。散々開けてしまったワインもついでに。 買い物中にメニューは決まったから、あとは帰って作るだけ。そう思っていた矢先、何かがこちらへ近づいてくるのが見えた。ただ、こちらの方向へ来ているだけかと思ったけど、朧気だったシルエットが徐々に鮮明になるにつれて、それの正体が判った。 「あれって、もしかして…」 人の足よりも早い速度でこちらへ確実に駆けて行くそれは、鳴き声と共に私の前で止まった。 大きなレトリバー。元気に鳴いて、嬉しそうに尻尾を振るその犬の名前を私は知っていて、その飼い主が誰かも――― 「ジョン!すみません、驚かせて…!」 「、こんばんは」 これがただの悲しい哀しい夢ならまだ、笑えたのにね (引っ越しをしたところで、街中で会うようじゃ意味無いわね) (会いたいと思った女性を目の前にして、何も声が出ない) Title/Back |