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限界だった。 私は充分耐えてきた、きっと誰が見ても私のことを「良く頑張ったね」って言うに違いない。そう自分に言い聞かせた。 いつも通っているバーで一人カクテルを飲んでいると、扉が開くのが見えた。入ってきたのは見知った人物で、その人物は私を見ると優しく笑い、手を上げてこちらへと近づいてきた。私は、そんな彼に持っていたグラスを少しだけ掲げで挨拶した。 「またこうして君と会えるとは思ってなかったよ」 「そういう割には、何度も連絡してたじゃない」 「まぁね。でも、なかなか君は出てくれないし、正直本当に駄目かなって思っていたところだったんだよ」 彼が頼んだビールと、私のカクテルの入ったグラスがぶつかる。人の多い店内で、ガヤガヤと色んな音が広がった中で、その音が大きく聞こえた。 「何かあったのかい?」 「…そうね、色々あった。あり過ぎて、辛くて、どうして良いか判らなくて」 「まさに“あの時”と同じだ」 「えぇ」 そして、あの時と同様私は彼と――― 相手は違っても、結局私がすることはいつも決まっていて、その度に私は最低だと後で後悔する。判っていても、この性格で二十年以上生きている。今更返ることなんて出来ないだろうし、もう諦めていた。 この先、私はちゃんと恋愛なんて出来ないだろうって――― * 「待って、鍵…探せ、ないでしょ」 「大丈夫、待ってる」 玄関を前にして何をしているのだろう。鞄から鍵を探している私の身体を、レイはいやらしく触る。アルコールの所為で火照った身体には、少し刺激的ですぐにでも彼の腕の中に落ちてしまいそうだった。 とは言え、さすがに人の通るマンションの廊下で、なんて理性が残る頭が制止をかける。 「ファースト…ッ」 耳元で、囁かれゾクリとする。心音がどんどん高なっていく。ずっと寂しかった身体が、求めているのが判った。 お決まりのコースを着実に進んでいる。鞄の中から漸く鍵が見つかった。鍵は開けた。後は、このドアノブをひねって中に入るだけ。その後――― 「……」 「どうした?」 「……め」 「え?」 身体を反転させ、レイと向き合う。彼が、散々私の身体にピッタリとくっついていた所為で、その距離は殆ど無い。レイは私が突然振り向いたことに少し驚いた様子だった。 「どうしたんだ?」 「…ごめんなさい、やっぱり駄目」 「は?何言っ」 「今日は帰って」 レイは驚いて目を見開いたまま私を見ていた。私は彼を見れなくなって視線を逸らした。 私自身驚いていた。あの時、どうしてあの人の姿が浮かんだのか、悲しい表情で、見つめる彼の顔がどうしても頭から離れなかった。 「こ、ここまで来てそれは無いだろ?」 「ごめんなさい…」 「ふざけるなよ」 あからさまに、声色が変わった。怒りを含んだそれに、微かに恐怖を感じた。突然掴まれた腕は凄く痛い。「痛いから、放して」そう伝える筈だったのに顔を上げた途端、その言葉を発する前にレイが私の唇を自分のそれと重ねた。突然のことに対処に遅れた。慌ててレイの胸を強く叩いて放そうとするけど、彼はキスを止めてくれない。 「ッ…ゃめ、て!」 渾身の力で、何とか突き放す。レイは二、三歩後ろへ下がりこちらを見ていた。呼吸が上手く出来ないままの長いキスに肩を上下して呼吸をしている私は、呼吸を整えるよりも先にレイにもう一度帰るように伝えた。レイは諦めきれていない様子だったけど、渋々私の前から歩き去っていった―――筈だった。 「!…キース」 レイが突然足を止めたのを見て、私はもう一度彼に告げようとレイの方へ振り返ると、彼が進む先にいる人物に目がいった。 綺麗な花束を持ったキースはその場を全く動かないまま、何も告げない。 何かが崩れる音がした。 悲しい痛み (また、この結果…) (私が見たのは、一体何だ…?) Title/Back |