リミットオーバー | ナノ


結局、自宅に真っ直ぐ帰れなくて、いつものバーへ行ってしまった。
マスターに何度も「そろそろ終わりにしときな」と止められた。けど、今日ばかりはそれを聞く気にはなれなかった。おかげで、頭がクラクラする。自棄酒なんて、本当に惨め。

自宅のあるマンションへ着くと、部屋の前に人影が見えた。始めはキースかとも思ったけど、シルエットは違う人物だった。不審者か、あるいは…少しずつ警戒しながら部屋の前まで行った時、私は幻でも見ているのかと思った。

「…レイ…どう、して」
「会いたかったよ、ファースト」

随分聞いていなかった懐かしい声は、やけに優しくて本当にその人物か疑ってしまう程だった。
あまりのことに酔いは一気に醒めた。別れた元恋人が今目の前にいて、こちらへ近づいて来ている。近づいている…突然のことに頭がついてこようとしなかったが、彼が私を抱きしめようとしていることに気づいて、慌てて手を突き出した。

「待って…!何で、何でレイがここに…」
「電話しても出てくれなかったから。ここへ来たんだ」

確かに、ここ数日レイから電話が何度かあった。もう終わった関係で、その原因を作ったのは私自身。出ることが出来なくて放っておいたら、自宅までやってくるなんて…
レイは縮まっていた距離を一旦ひらく。けど、その両手は私の両肩に置いたまま、向ける視線は真剣で、逸らすことを許さないと言った様子だった。

「ファースト、俺とやり直さないか?」

聞いてすぐ、何を言っているのか判断が出来なかった。レイの姿を見てすぐ、酔いは醒めたとばかり思っていたけど、私の耳はまだ、確りと物事を聞き取れる程醒めていないようだ。彼は、一体私に何を―――?

「俺達、何だか変な感じで関係が終わって、それっきりだった。けど、俺は今日までファーストのこと忘れたことは無かった」

聞き間違いじゃない。冗談でもない。目の前で、私の両肩をしっかり抱いたままの元恋人は、本気で私にやり直しを求めている。あの日、散々待ち続けていた恋人は、何週間も遅れてやってきた。でも、私の頭の中には別の人の姿がすでに思い浮かんでいた。

「ごめんなさい。私今、付き合っている人がいるの」

と言っても、つい先程喧嘩(と言うより、私が一方的に怒っていただけ)したばかりだったのを、言った後思い出した。レイは、私の言葉を聞いて尚、私の身体を放そうとはしない。

「なら、どうしてそんな顔をしているんだ?」
「何、言って…?」
「俺なら、そんな顔させない」

“そんな顔”って何?

「俺に、チャンスをくれないか?」

徐々に近づいてくるレイの顔。きっとこのまま抵抗しないでいれば、彼にキスされる。それが判っていながら、私の身体はそれを行動に移そうとしない。あぁ、また―――

♪〜♪〜

突然なった携帯で、急に我に返った。その瞬間、自分がしそうになったことに驚き、力の限りレイを押し退け、鞄から携帯を取り出して今だ着信音が鳴り続いているそれに出た。レイは、私に押し退けられたことによって、半歩後ろへ下がりそこから私の様子を見ている。

「もしもし…?」
『ファースト。私だ!その、』
「…キース、」

スピーカーから聞こえてくるキースの声に安堵と、罪悪感が渦巻いた。チラリ、とレイを見れば電話相手が誰か察した様子だった。キースが何か言っているのが聞こえるが、私は目の前の男に意識が集中し過ぎて、あまり頭に入ってこない。

『ファースト?』
「!?ご、ごめんなさい。ボーっとしてて…。あのね、キースさっきは私、」
「俺は、ずっと待っているから」
「ッ!?」

携帯を当てている耳とは反対側の耳から聞こえてきたレイの声。驚いて振り向いた時にはその距離は離れていた。
『…ファースト?』再び聞こえてきたキースの声に、私は自分が長いこと沈黙していたことを気付かされた。

レイはもういなくなっていた。


君の中に居座り、侵食す

(やっぱり、私は最低女だ)



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