いつか、こんな日が来る。そんな風に思う時もあったけど、それを止める気は全くなかった。 テーブルを一つ挟んで座る綺礼の表情は、判らない。顔は充分見えるのだけど、その表情から、瞳から考えを読み取ることは全く出来ない。 これは、私から話すのを待っているのか、それとも何か考えをしてるのか。こうして座ったまま、かれこれ二十分以上経ってる。 「……」 「……」 「……」 「…、綺礼」 結局沈黙に根を上げたのは、私で。綺礼の名前を呼べば、それまでどこに向けられていたか判らなかった視線が、私を捉える。長い沈黙が、居心地悪くてつい声を出したものの、今の状況で私が強く言うのは少しマズい気がしてそれ以上言えない。 「……」 「(…結局だんまり)」 「いつからだ?」 久々に思う綺礼の声に、すぐ反応出来なかった。でも、質問されていることに気づいて「五ヶ月くらい」と私は答えた。 綺礼とこういう関係になったのは、半年。つまり、私はほぼ同時期に綺礼とは別の男――衛宮切嗣と関係を持った。 そして、一昨日。ホテルから出てくるのを綺礼に目撃された。 「彼ね、優しいの」 何故?そう言いたげな綺礼の瞳に、私は返事をした。 綺礼のことは嫌いじゃない。むしろ、好きで、この関係に不満を持ったことなんてない。でも、綺礼は人と違った感覚を持った人だから、私は常に打ち身がある。どんな時もストールを首に巻いているのは、彼が絞めた手形を隠す為。 「切嗣は、私の身体の痣を見てね、凄く悲しそうな表情をして、私の痕を撫でるの」 最近全く触れることのなかった優しさに、私は酔ったのだと思う。 切嗣は、綺礼とは違う形で私を愛してくれて、私はそれがたまらなく感じて、ずっと関係を続けたんだ。 話しながら、私は脇腹を撫でる。切嗣が私にするのと同じ手つきで、優しく、優しく。 「そんなに、あの男は良かったのか?」 「そうね。でも、あなたほどではないの、綺礼」 あくまでも、私が愛しているのは言峰綺礼で、衛宮切嗣ではない。 「綺礼は私が苦痛で歪む姿がたまらなく良いんでしょ?そんな風に私を見るの、綺礼くらいだもの」 「私に不満がある訳でもないのに、浮気か。随分だな」 「…そうね、綺礼からしてみれば、酷い話しよね」 何であれ、浮気は道徳的、倫理的に見ても罪。私は目の前の愛する人を裏切った。 「ごめんなさい」申し訳無く謝れば、綺礼は席を立って、私の方へやって来た。瞳は相変わらず、何を考えているのか私に読み取らせない。 「あぁ、とても傷ついた」 「……ほんとに、ごめんなさい」 思いのほかトーンの低い声は、それまで感じた罪悪をより一層強く感じさせた。立ったままの綺礼の腰に腕を回し、もう一度私は謝る。触れられた肩の感触は随分優しくて、これがあの言峰綺礼かと疑うほどだった。私が首を上げれば、綺礼の手が肩から私の頬へと移る。 「だが、私も鬼ではない。名前、お前が本当に私を想うというのなら、今回のことは目を瞑ろう」 「……、」 いずれ、この展開が来るのは判っていた。落ち着いていた心臓が一気に加速する。 言葉にしなくても判る。私が本当に綺礼を一番に想っているのなら、切嗣との関係を断ち切れる。綺礼の親指が、私の唇を撫でる。微かに開かせたままの私の唇は、震えるだけ。 「綺礼、ごめんなさい」 ピクリ、と綺礼の眉が動く。私は綺礼の腰に回していた腕を解く。 「私は、あなたのこと愛しているの。本当に、」 同じ言葉の繰り返し。綺礼は、私の発する言葉の真意を探す様に私を見つめる。背中を汗が伝う感覚がした。 私は綺礼の腰から解いた右手を、自分の腹へと添える。そして、優しく撫でる。 「名前、まさか…」 その行動一つで言葉など必要なくなった。綺礼は瞳を見開き、私を見た。長いこと彼のことを見てたつもりはあったけど、あんなに驚く表情をした綺礼は、初めて見た。 泣いてる、どうすればいい? 楽羅さま 折角だし昼ドラの如くドロドロにしよう!と意気込んだ筈が中途半端に。 綺礼が綺礼っぽくないのは私の力不足です。申し訳無い… リクエスト有り難うございました! |