優しいあなたは、きっと、自分のことを責めてしまうかもしれない。でも、どうか責めないで。私は、あなたのことを恨んでもいないし、失望してもいないし、嫌いにもなってないから――― 「名前!今帰った!」 「お帰り、ディルムッド」 後ろから聞こえる声に振り向くと、声の主はすぐ目の前にいて。それに気づいた時には、私はディルムッドの腕の中にいた。数日振りに感じる彼の温もりと、香り。私は自然とディルムッドの身体に腕を回した。 過ごした日々は、私の生涯の中で考えてみれば少ないものかもしれなかったけど、私はその一日一日はあなたと過ごさなかった日々よりもずっと多く感じた――― 「そう言えば、明日はフィン騎士団長の婚約の宴だったよね?」 「あぁ。あまり遅くにはならない様にする」 「気にしないで。お祝いの席だし、ね?」 ディルムッドは優しいから、いつだって自分より私のことを考えて、行動して。 私はディルムッドの腕にそっと触れ、笑って言えば、困った表情で私を見ていたディルムッドも「すまない」と眉根を下げて微笑んだ。 「―――ッ!?」 「名前!?」 突然グラリと視界が歪んだ。真っ直ぐ立つことが出来ず、傾く身体。咄嗟に傍にあったテーブルに手をついて、転倒こそ免れたけど、その姿を見たディルムッドは慌てて私の身体に手を差し伸べた。 「名前、具合が良くないのか?」 「え…へ、平気よ。ちょっと立ち眩みがしただけ」 心配そうに見つめるディルムッドに、これ以上心配をかけさせたくなくて、私は出来る限り笑顔で彼に返事をした。でなければほら、こうして彼は私が大丈夫だと言っても私から視線を外さない、私の身体を放さない。 そして出来るなら、もっと一緒に。これから先も、あなたの傍にいられたらって思います。でも、その願いは私には贅沢過ぎる様でした。なら、せめて――― 「本当に大丈夫か?もし、―――」 「もう、平気って言ったでしょ?ほら、遅れるといけないから」 こんなことになるのなら、もう少し気の利いた言葉を交わせば良かったのか。でも、あの時はこんなことになるなんて夢にも思わなかったわけだから、無理でしょうね。 「名前!大変だッ!」 宴が行われる当日の朝。私は言い表せない何かを感じていた。でも、きっとそれは昨日の体調の所為で、勘違いだと思って。なのに、そういう時ばかり私の感は当たってしまった。 ディルムッドがフィン騎士団長の婚約相手であるグラニア様を連れ出し逃亡した。そのことを聞いて、初めは理解が出来ないでいた。でも、徐々にそのことを理解するにつれて、私の中で何かがグラグラと音を立てて崩れていくのを感じた。 あなたのことだから、何か事情のあってのことだと信じています。今すぐは無理でも、いずれ時が来た時に、あなたからそのことを聞かせてもらえる。そう信じて私は――― あなたといた走馬灯 「名前ッ!!」 ベッドに横になった姿は眠っているだけの様だった。俺は名前が眠るベッドまで近づき、床に膝をついた。近くで見れば見るほど信じられない。彼女がもう息をしていないなどと。 「お前がいなくなってすぐ、体調を崩したんだ。苦しい姿を全く見せないで、名前はいつもお前のことを心配していた」 数年前、俺がグラニアと逃亡をした朝の名前を思い出す。何よりも大切だと思っていた女性。俺は肝心な時に――― 「これを。ディルムッドが戻ったら渡してくれ、と」 こうなってしまったのは、あなたの所為ではないから。私はあなたに一時でも愛してもらえて凄く幸せだった。だから、どうか私を思ってくれているのなら、自分を責めないで。自分の幸せを思って下さい。 私は、あなたを、ディルムッド・オディナという男性と出会い、恋し、愛せたことを幸せに思っています。 「名前…ッ」 静かに眠る名前の髪を撫でる。閉じたままの瞳が、あの頃の様に開いて俺に向かって笑ってくれるのではないか。そう思わせるほど、彼女の顔は穏やかだった。 欄さま 生前夢は前から書いてみたい設定だったので凄く楽しんで書けました。 頂いた設定を上手く活かせていたでしょうか…(ドキドキ) リクエスト有り難うございました! |