企画 | ナノ


※名前変換なし


「また来たんだね」

少し―――ほんの少しだけど、からかう様に笑って言えば、青い髪を揺らした彼は不貞腐れ、面白くなさそうにこっちを見た。けど、決してこの場を離れることなんてしない。むしろ、三歩ほどあった私との距離を自分から縮めて、私の隣へ腰かけた。

一週間前。偶然出会った青い髪の彼。名前はランサー。見た目で日本人じゃないことはすぐに判ったけど、本名でもなさそう。
初めて彼からその名前を聞かされた時「それ、ニックネーム?」と訊いたら、「そんなもんだ」とそっけなく返されたのは、一週間経った今でも良く覚えている。

「よくここに来るけど、忙しいんじゃ無かったの?それとも、本当はただの暇人?」
「その言葉、そっくり返してやるよ」
「暇人ランサー」

ケラケラ。私が笑えば、ランサーは右手で私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。あーあ、折角セットした髪もこの一瞬でおわった。
左斜め上にあるランサーの顔を見れば、「ざまぁ見ろ」と言わんばかりの顔でこっちを見ていたから、一つに束ねられたランサーの青い髪を思いっきり引っ張ってやった。

「ってーな!」
「目には目」

だから、髪には髪だ。まるで、子供の言い訳。きっとランサーにもそう言われるのかと思ったら、ランサーは何も言わず、私の頭に置いていた右手も下ろしてしまった。

「ランサーって、意外と女の子とかには優しいタイプ?」
「お前以外の女なら、もしかしたら、な」
「…あっそ、」

空が、だんだん赤くなってきた。もうすぐ、この辺りは真っ暗になっていくだろう。遠くの方で、子供を呼ぶ母親の声が聞こえた。
私は立ち上がって、お尻についた埃をはたく。ランサーは座ったまま、私を見上げていた。青い髪が、夕日の赤と混ざって不思議な色を出していた。

「じゃあ、帰るね」
「おう」

出会いもそうだけど、別れも呆気なく。ランサーは右手をひらひらと振るだけで、私の方は見ていなかった。







「本当に暇人なんだね」
「そう言うてめぇはどうなんだ?」
「私は凄い忙しいよ?」

判り切った様に私は言う。そんな私をランサーは鼻で笑って、隣に腰掛けた。いつもの様に。

出会う場所も、座る位置も、見える風景も、いつもと変わらない。けど、今日はいつになく寒かった。はぁっと両手に息を吐けば、白い煙が出た。いつもの感じでここへ来てしまった私は、手袋なんて物の存在を全く考えていなかった。

「ほらよ」
「…、」
「な、何だよ」
「いや、今日雹が降るかなって」
「てめッ…!」

鋭く赤い瞳を光らせるランサーの手から、私は差し出された手袋を受け取った。よくよく見ると、女性物。こんなの、一体何処から持ってきたのか。そんなことを聞けば、横にいる男が何を言うか判らないから、私は黙ってそれを両手に。

「有り難う」
「ったく、最初から素直に言えば良いんだよ」

借りた身だから強くは言えないけど、何だか偉そうでムカつく。

いつもと同じだと思っていた今日は、いつもより寒くて、普段手袋を貸すなんてことをしないランサーが、わざわざ私に用意していた。
あんなに何度もランサーとは会っていたのに、今日ばかりいつもと違っていた。良く言えば、新鮮。悪く言えば―――







「……暇だなー」

あれから一週間経った。私はいつもと変わらずそこに座っている。

隣は―――空っぽ。

手に握ったままの手袋は、次に会ったら返そうと思っていたのに、あの青い髪の男は私の前に現れない。
何も無かった日常に出た突然の変化は、まるっきりベタなフラグだったようで。

こんな事なら、アイツから手袋なんて借りるんじゃ無かったな、とか思いたいけど、やっぱりそうは思えない。


(バイバイ、)


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