「欲しいもの?」 それは何の前触れも無い話だった。今日はキースの自宅で夕食を一緒に済ませて、今はそれの片付けをしていた。私が食器を洗って、キースがそれを拭いて食器棚に戻す。いつもの風景の中彼が言ってきたのが、「今欲しいものはないか?」である。 「いきなりどうしたの?」 「いや、少し気になって…何でも良いんだ、何かないのかい?」 「そうね…」 本当のところ、別に欲しいものはない。しいて言うなら、仕事が忙しいから休みとか?でも、休んでいたらお給料はもらえないからお金?(なんか凄いがめつい人みたいだわ) どれも欲しいものだけど、それを言う程自分は子供ではない。キースが言っているのは、そういうことじゃないから。 「急に言われると、浮かばないものね」 「でも、一つくらいは…」 困った様に、眉尻を下げるキースの姿に私も困った。どうして、そこまでして私に聞くのだろう。誕生日はずっと先だし、クリスマスでも、交際記念日でもない。 「ねぇ、キース。折角だけど、今とくに欲しいものもないし、気持ちだけで良いわ」 「え、!?それは困る!…あ、いや」 口元を押さえて、それ以上は言わなかった。キースは、良くも悪くも正直な人だから、こう言う時すぐ判ってしまう。「キース、」と私が彼を呼べば、キースは私と目を合わせた。動揺していて、明らかに目が困っている。 暫くの間、私が視線で訴えても答えようとはしなかった。もう一度彼の名前を呼ぼうと思った時、漸く向こうから口が開いた。 「仕事場の仲間に、君とのことを話した。名前にもっと喜んでもらいたいと思って。そしたら、“何かプレゼントを贈ったら”と言われてね」 「…キース」 言葉よりも先に身体が動き出していた。真実をゆっくりと、恥ずかしそうに話す彼がとても愛おしくて、彼に抱きついた。 「―――ひとつ、思いついたわ」 「本当かい?」 「えぇ」 返事を返せば、キースは嬉しそうに「何かな?」と私の要望を待ちわびている。けど、私は言ったままそれ以上を言わない。その様子に、キースは不思議そうに今度は見つめる。けど、私はそのまま。 「名前?」 「暫くの間で良いから、こうして抱きしめてて欲しい」 我ながら、何てセリフだろうと思う。でも、紛れもない本心なのだから、仕方ない。キースは始めこそ私の言った言葉に驚いた様子だったけど、すぐに微笑んでくれた。そして、「お安い御用さ」と私の背中に腕を回してくれた。 ありふれてる大切なこと 一番の望みは、貴方とこうしていることなのかもしれない――― |