企画 | ナノ


「失礼します。アーチボルト先生、この間の…あれ?」

初めてその姿を見た時のことは、良く覚えている。ケイネス殿が利用している時計塔の執務室の扉から、上半身だけ傾けて覗き見る彼女は不思議そうに俺を見ていた。傾けた所為で艶のある黒髪がさらりと流れるそれは、西洋人では決して持ち得ない美しさがあった。

「…えっと、すみません先生は―――」
「ケイネス殿は先程急用で出て行かれた」
「あ、はい。判りまし、た…あの、えーっと、」

見知らぬ人物である自分にどう接して良いのか判らない様子で、困った表情でこちらを見る彼女に、俺は少し考えるも結局、自分が誰か話した。その時、彼女も自分のことを名乗った。彼女の名前は名字名前。ケイネス殿が講師を務める降霊科の生徒だった。ケイネス殿に用があったらしく、すぐに戻ると告げれば名前はその場で待つことにした。

「…あの、なにか?」
「、すまない。何でも、ないんだ」
「?もしかして、日本人が珍しいとか?」

その言葉は的確に俺の考えを得ていた。人種差別と思われただろうか、そう思って名前に謝れば彼女は何とも思っていない様に笑い「どうして謝るんですか?」と言った。屈託のない、眩しい笑顔だった。

「周りが綺麗な人ばっかりだから困るんですよね」
「そんな、名前だって」
「私は見ての通り普通ですよ」

髪も目も真っ黒だし、背も低い、目鼻立ちもはっきりしていないから西洋人が羨ましいんだ、と名前は言った。確かに、他と比べれば劣る点もあるかもしれないが、彼女が劣等と感じるその顔から作られる笑顔が目を奪われる程だと言うことを、本人は知らないのだろう。





「アーチボルト先生。ちょっと宜しいです、か…?」
「ケイネス殿なら、今し方出て行ったところだ」
「ディルムッド、」

あれから数日。ケイネス殿の執務室にいる間、何度か名前と会う日があった。名前は勉強熱心な人で、こうして良くケイネス殿のもとへ訪れる。現に俺達が会うのは決まってこの部屋だった。裏を返せば、名前に会いたければここにいれば良いと言うことだった。

俺と名前の関係が親しくなっていくのには、そう時間はかからなかった。その関係がより親密になるにつれ、俺は名前と話すこの数分間の心地にの正体に気づいた。

「話声がすると思ったら、来ていたのか」
「先生!この間お話した課題と、それから午前中の講義のことで質問があって。宜しいですか?」

ケイネス殿がやって来ると、名前の瞳から俺が消え、視線の先は別の男へと移る。親しげに話す姿に、自身のマスターでありながらも、嫉妬をした。

暫くして話が終わったのか、名前はケイネス殿に一礼すると「それでは失礼します」と部屋のドアノブに手をかける。あぁ、最後は俺とは話さず、今日は帰ってしまうのか。心の中でそう呟き、名前の後姿を見つめていると不意に名前が身体を反転して、こちらを向いた(振り向いた拍子に揺れる黒髪が凄く綺麗だ)。

「今度、良かったらゆっくりお話しましょ」

主語の無いその言葉を理解するのに、少し時間がかかった。けど、彼女の瞳がまっすぐに俺へと向けられていることに気づくと、慌てて返事をした。その様子が可笑しかったのか、名前が笑いながら「良かった」と告げる。

「それじゃ、またね。ディルムッド」

最後にケイネス殿にもう一度、礼をして扉が閉まった。扉が閉まって既に数十秒、心臓は治まるどころか余計に煩くなる。そんな中、ケイネス殿が俺を見ていることに気づいて振り向けば、深い溜息を吐いて口を開いた。



ケイネス殿に言われるまで、顔が赤いことに気づかなかった。


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