ウルフさんと40.2
目が覚める。けだるい体。
ぼーっとする頭でしばらく、うつろに意識を泳がせる。
部屋の電気が眩しくて、まともにまぶたも開けない。…私、電気点けっぱなしで寝てたんだっけか……
「…ぃ、……きた…へん…くらい…」
曇りガラス越しに見ていたようなパステルカラーの景色が、カーテンを一気にかけたかのように、サッと真っ黒に変化した。
何だなんだ…???
瞬きを繰り返してから目の前の黒を見直すと、それは目の前に出来た人壁と人影だった。
「ぁ、ぅん……?」
「起きてるんじゃねェか」
「おこされたんだよ…。ひとの、かりにもれでぃのへやにかってに…はいってきて……かぎ、かかってなかった?」
まだシャッキリしない頭。
私がいるのが自分の部屋のベッド上、ということはぼんやりと理解できていたけど…
「フィオ様のお部屋は鍵どころか、ドアまで開きっぱなしだったんだがな」
「……………あの、…どちらさま?」
「……、面白くもねェボケかましやがるし…」
ボケたつもりはないんだけれど…
視線を上に持っていくと、どこかの悪ぅい組織に所属しているような人相悪いあんちゃんの顔があった。
逆立った銀毛、左目を覆う眼帯、鋭い右目の眼光に見下され……
「…もしかして…うるふ、さん?」
「……」
呟くだけの声量だったはずの自分の声が、頭で響いて、こめかみあたりがガンガンする感覚。
「……で、なぜにうるふがわたしのへやに?てかさ、わたしのへやのドア、あけっぱなしだったって……」
声をなんだか掠れてて、喋る度に少し苦しくなる。
呼吸するたびに喉がヒューヒュー鳴る。
吐息が熱い。
「どうやら、自分で分かってねェみたいだな」
やれやれ、というように肩を竦めて大きな溜め息をつくウルフ。
「フィオ。お前、風邪でダウンしてたんだよ」
「……ん……ぅ?」
「俺がお前の部屋にいんのも、お前の部屋のドアが開けっぱなしだったのも、お前が今ベッドで寝かされてんのも、全部お前が風邪なんか引いちまったからなんだって言ってンだよ」
ウルフの顔がいきなりドアップになった。ビックリしたにはしたけど、熱で呆ける頭は鈍感で、反応すら返せずに変に冷静に私はウルフの目を見ていた。
「廊下歩いてて、フィオの部屋の前通ったらドア開けたままで、中見たら真っ暗闇の中、お前が倒れてたからよ……。とりあえずお前をベッドに寝かせて、んでドクター呼んで診てもらってよ。…心優しい俺様は、お前の目が覚めたらこうして説明とかしてやろうとわざわざ待機してやってたっつゥワケだ。分かったか?てか、…聞いてたか?」
「わかったわかった……。…うーるーふー、わたし、ねつあるの?」
「(分かってねェなこりゃ)…あるか無いかって言ったら、あるんだろうな」
「そのてきとーなしんだんはなんだ…」
笑おうとしてもちょっと苦しい。
なるほど、熱か。喉が結構キてるみたいだ……
「オレはドクターじゃねェからな。ああ、さっきドクター呼んで熱計ってもらったんだが、40度越えてたんだってよ。…そんな高熱で、今まで何も感じなかったのかよ」
「…よんじゅう、ど?まじ、です?……すごいなぁ〜わたし!なんかあたまがぼーっとするなーとは、おもってたけど…」
「どこがすげェんだよ。何やらかしたら40度越え出来んだよ。仮にも馬鹿名乗ってるようなお前になァ……」
「うるふさん、わたしがいつ、ばかだなんて、なのったって…ッ、ゲフッ!ゴホッ、ゴホッ…」
唾が変な所に引っ掛かって、咳が出た。
自分でも驚いたが、ウルフも驚いたのか、ビクッとして繋がっていた額を離した。
「おい、フィオッ。大丈夫かよ?」
「…っああー、しぬかとおもった…ゲホッ、ケホッ…」
「おどかすんじゃねェ」
「おじちゃん、おいさきがみじかいから、じゅみょうちぢんだら、たいへんだもんね」
「……殺すぞ」
「あはは、うるふおじちゃんこわいよー、ケフッ、ケホッ…」
「お、そうだ」
ウルフが何やらテーブルに置いてあった荷物をごそごそしている。
アレ、何だろう。私の部屋のものじゃないし、…ウルフの持参した看病道具とか…かな?うわぁ…無いな……え、だってウルフだし…………
「口うるせェフィオ様には、とっととおねんねしてもらうか」
そう言ってウルフが手に持つ、小さな紙袋。
「……ごめんなさい。あやまるから、そっちほうめんにわたしをもっていくの、は、やめて、もらいたい」
「あぁ?……ドクターが置いてった処方箋だ。これでも飲んでさっさと寝込みやがれ」
「……てっきり、まやく、とか、かくせいざい、とか、…そういうヤツかと……むぐっ!」
「テメェは俺を何だと思ってやがるのか、いっぺん頭真っ二つにして中見てみてェぜ……おら、突っ込むぞ。口開けろ。病人が馬鹿やってんじゃねェってんだよ。ただでさえ世話がめんどくせェのに、手間がかかって仕方ねェ」
「それってぞくにいう、つんでれってやつ、だよね」
「…殴って眠らせるぞ」
「ごーめーんー」
開けた口にウルフが薬を流す。…粉薬だった。
「…!!!!!」
かなり、苦かった。
「んんー!んー!!!!!(みず!みず!)」
「あーそうか。水な…忘れてた」
「んーーーーー!!!!!」
「まァ待てよ。今持ってくるからよォ……………」
「んんーーーーー!!!!!!!!!!」
薄情者ォ!!!
ここぞとばかりにしてやったり顔しやがってあの馬鹿狼…!
「ほらよ」
「!」
「あー面白いモンが見れた。ククッ、涙目になってやがる…」
「ケホゲホッ! ……ぅ…てめぇおおかみ…ころすぞおまえ…」
「そんな顔で言われても怖くねェよタコ。おら、今度は錠剤だ。こっちも飲め」
「つぎのしあいでふるぼっこにしてやるからな……」
差し出されたいくつかの錠剤を引ったくるように奪って、今度は自分で薬を飲んだ。
覚えてろよ…体調回復したらぜってーボコボコにしてやんだからな……
「……」
頭まですっぽり布団を被る。
「おいおい…俺様が折角優しーく看病してやったってのに、そんなふて腐れた態度取っちまうのかいフィオさんよォ……」
「…もうねる」
「おーおーフィオ様は大層お怒りだ」
「きょうはありがとう。かぜなおったらきょうのおれいたっぷりしてあげるから、めちゃくちゃきたいしていいよ」
「ボム兵雨あられか、エンドレスバンパーサンドイッチか、おはようからおやすみまで火薬箱トラップか…どれにしてもぜひご遠慮願いたいもんだがな」
「ははは」
弱っているせいもあるのか、薬の副作用がもう出て来た。
意識がまた舟を漕ぎ始める…まぶたが重力に従って下へ下へと落ちてくる。
「ま、」
布団の上から額に、ポンと手を置かれる感覚。
そのあまりに優しいこと。
「馬鹿も休み休み、やりやがれ」
重力に抵抗する力を手放すと、意識はまたどこかに行ってしまった。
「ホン…ット、テメェの脳ミソどうなってんのか一回頭割って見てみてェよ。フィオ」
- - -
風邪引きさんなのにどんだけじゃれあってるんだお前さんたちは。
…ウルフさんは原型でも力持ちなんですね〜
実はこの後ウルフも風邪を引くので、フィオさんはニコニコニコニコとウルフの元へ出動します。
140418
(091014)
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