彼女の婚約が決まったというのはカリムが寮長になると決まった時だった。
副寮長としての自室を手に入れたときに、カリムから聞かされたのを
今でもよく覚えている。
カリムは驚きながらも「いい縁談らしい!よかったよな!」と
曇りなき笑顔でいうものだからその時は同意をしたが心の中では
黒いもやもやとしたものに支配された。


甘そうなモンブラン色の髪の毛は艶やかな絹のように
サラサラで、瞳はアーモンド形のくっきりとした顔立ち、
しかし熱砂の国の出身ではないためか肌が白い、外見からして不思議な女だった。

小さいころのカリムとジャミルのもう一人の共通の幼馴染である。
カリムみたく商家の跡取りではないが宝石屋の一人娘。
父親が熱砂の国の出身であり、みつきの母親は他の国の出身だそう。
違う国同士の結婚は決して珍しくはないが外見といい、そして
綺麗なアメジスト色の瞳は小さな時の俺の中では彼女が
宝石なのではないのかとも思えた。






「みつきの婚約かぁ、なんか不思議な感じだ」
「…」
「ジャミル?」
「…いや、なんでもない」
「みつきが婚約したら……とりあえず祝いだな!」
次に家に帰った時に呼ぼう!と本当にうれしそうに言う。
俺のことを幼馴染だというコイツに心底わかっていないと
小さなため息をこぼした。



***


ナイトレイブンカレッジの春休み。
一時的に自宅へと帰ることになったカリムとジャミルは
鏡の間に無事にたどり着いた。
久々に熱砂の国に戻れば湿度はなくカラッとした空気、しかしいつも通りの熱風が肌を駆け巡る。
荷物は最小限にしたはずが主人のカリムの兄弟たちへのプレゼントの山
の一部がジャミルの手にはあった。
大口な荷物については学園内ですでに宅急便にて手配しているが
当日に持っていきたいといった荷物についてはジャミルだけでは足りないため
熱砂の国につけば既にカリムの家のお抱えの召使いたちが到着していた。
荷物を持ち少し歩けば彼:カリムの家に到着した。
(相変わらずでかい家だ)
熱砂の国の中でもカリムの家はでかい。そして召使いを扱う人数もハンパじゃない。
カリムが帰るといっただけで召使いをたくさん待機させるぐらいだ。






無事にアジーム家に到着すれば待っていたのはカリムの父親と母親。
ジャミルは首を垂れ、カリムはすぐさま両親たちのもとへと行こうとしたが
後ろからやってきた彼の兄弟たちが兄をめがけてし猪突猛進の攻撃をされた。
「兄ちゃんお帰りなさい!」
「ああ!ただいま!!」
「お兄様、ナイトレイブンカレッジでスカラビアの寮長に就任おめでとうございます!」

首を垂れていたジャミルはカリムの妹の声が耳に届いた。
その真実に対して、今は表情には出さないがジャミルのイライラが
上昇する。そろそろ感動の再開を終わらせようとした

その時だ
「失礼いたします。みつき・赤坂様がいらっしゃられました」

召使いの男がジャミルの隣へと出て、足をかがめた。
その名前を聞いて目を見開いた。

薄い金属の軽やかな音が耳に届く。
下を向いていたジャミルの目線が音のするほうを見た瞬間だ
彼女だ、とさきほどのイライラが身を隠した。…いや、消滅したという言葉が
あっているのかもしれない。




甘そうなモンブラン色の髪の毛は一つにまとめられるほど
髪の毛が十分に伸びたよう。
熱砂の国の伝統衣装にあのパウダーブルーの爽やかな色に
身を包まれていた。
大きな瞳にはめ込まれているのは綺麗なアメジスト色の瞳。

「みつき!?」
「カリム!お久しぶり。」
カリムは大層びっくりしている、そして彼女、みつきと呼ばれた女は
にこりとみつきの口元は弧を描く。
その顔をみて、ジャミルはパキリと何かが壊れる音がした。









久々の再開から数時間が経過した。
カリムの家に戻ればいつもならジャミルはほかの使用人たちと一緒に
食事の用意をする。
今回はなぜかみつきもやると言って自信満々にカリムの両親たちに声をかけた。
びっくりはするものの「私の家ですと本当に触らせてくれなくて、でも花嫁修業という
一環でさせてください」とわざとらしいお願いのポーズをしてみれば
カリムの母親がOKを出したそうだ。
「ジャミル。みつきさんと一緒によろしくね」
「わかりました。みつき、いくぞ」
「ありがとうございます」
許可をもらったその顔は幼いころの笑顔と変わらなかった。


夜になればカリムが一時的に帰ってきたことでの宴が設けられたと
同時にみつきがいることによって「婚約祝い」も同時に行われるらしい。
祝い好きの一家だな、と心の中で悪態を付けた。



「別に、カリムと婚約するわけでもないのに一緒ってどうなんだ」
「…まあそれは私も思ったけど…あ、ジャミル。このスパイスをどうぞ」
「・・・ああ」

厨房に入ればアジーム家お抱えの料理人たちが作業をしている。
毒が盛られないようにジャミルの視線はとても厳しく
みつきもそれはわかっているようだがいつもと変わらない雰囲気を出している。
盛り付けられた料理を一つ一つ検品するように見る。
2人が料理するならオレも!とカリムは言っていたがさすがにそれはできないようだ。

スパイスを手にとり、大皿に振りかけて味を調整する。
それと同時に匂いも嗅いで毒が入っていないかの確認だ。


一通り料理を見て、味を確かめる…今回は刺客などはいないようで
少し安心をした。
それを見て隣にいるみつきはふふっと笑うとジャミルはなんで笑われたのか
不思議で彼女に視線を送る。
「ジャミル、相変わらず作るのが早いわね」
「何年ここにいると思ってるんだよ」
「ごめんなさい。私は見てるだけになっちゃったから」
ショックという顔ではなくてなぜか褒められる。
当たり前なこと過ぎて褒められている感じには
あまりならないが少しばかり心が弾んだ。


「(近くにいるのに)」
カリムと同じくらい、地位に差がある。
みつきは、カリムと同じくらいに無知だと心が弾んでも
心はすぐに冷える…








夜の宴はいつも以上に豪勢であった。
アジーム家にみょうじ家のご息女もいるというのは瞬く間に広がったようだ。
いつも以上に関係者がアジーム家の宴に参加しているようだが
肝心のみつきを見ることはなかった。


そう、みつきがいるのは意外も意外、アジーム家の
庭の≪秘密基地≫だ。
その場所はカリムとジャミル、そしてみつきくらいしかしらない
秘密の隠れ場所。
といっても何か宝石とかが眠っているというわけでもなく
その場所はカリムの部屋よりもよりよく熱砂の国の市街が一望できる
ベストスポットな場所だ。

人混みで疲れたみつきに対して、ここに連れてきたジャミルは
汗一つかいてもいなかった。
いつも以上に人が入っている分警備のものも多い。

「あ〜、疲れたね」
「体力が落ちたんじゃないか?」
「まあ失礼!これでも体力はあるほうだと自負していたのよ!?」

受け言葉に買い言葉。
お互い本気で言っているわけではないが面白くてその会話は続く。
宴でくすねてきたものを床に並べてつまみながら…


久々に会った二人が話したことはカリムの世話・ナイトレイブンカレッジのことそして


「カリムが寮長なんですってね。ジャミルが副寮長だったら
そのスカラビアも安泰ね」

そう、カリムが寮長になった件について…
その話を知っているのはカリムの両親たちだけだ。
たまたま聞いたのか自分のことのように喜ぶみつきの顔を見ると
その楽しい会話遊びも突然終わってしまった。


その異変に気が付いたのかみつきは隣で座っていたジャミルを一度見ると
隣ではなく、ジャミルの前に座った。



「ジャミル?」
紫水晶の瞳は俺を映していた。
心配しているのが本気だとわかる、その顔は少しだけ眉間にしわを寄せていて
こちらをうかがっておりその顔を見た瞬間。



瞳を支配できて嬉しいという歓喜の気持ちではなく
珍しく「怒り」を感じていた。
お前も、結局は俺のことをわかろうともしないのだと、その無垢な瞳は
主人(みつき)の口を差し置いて真実を真っ先に告げるようだ。

無垢は、美しいがそれはある意味カリムと似ているものがある…
結局―――アジーム家、そしてバイパー家の両親となんら変わりはない。

すっと冷えた気持ちになったのか、ジャミルは笑った。
隠し持っていたドリンクをみつきの前に出して…

「ここのトロピカルジュース、好きだっただろう?」

冷たいうちに飲んだほうがいいと、みつきの腕を引っ張った。

その時だ…


唇に暖かいものを感じた。
その感じたものの正体を、みつきは驚きと一瞬だけなんでこうなっているのか
理解できない状況に立っていた。
整っている顔は私よりもとても冷静で、キスをされたかと思えば
背中をぎゅっと強く締め付けられる、その痛みは普通の恋人であれば
甘美な行為なはずなのに頭のこの状況の処理が追いついておらず
そして、彼の唇が離されたかと思えばその瞳は笑っておらず

「怒り」を感じた。
彼の瞳から離れられない…
ジャミルの言葉が、口から紡がれる…昔だけ聞いたことのある彼の
≪ユニーク魔法≫

「瞳に映るはお前の主人、」

「尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ」

蛇のいざない


瞳が離せられない、不安になっていた気持ちが先ほどとは打って変わり
紫水晶の瞳は濁るような赤い瞳に変わった。
その瞳はうつろであり、ジャミルはクツクツと笑い声が口から自然とこぼれるだけ。
「最初から、こうすればよかったな…」
顎を触っても、綺麗な髪の毛に触れても、そして、綺麗な唇にキスをしても
みつきは無反応であり自室の部屋に連れて行こうとしても貞操観念が皆無な
この状態では反応すらも皆無である。

「俺の部屋に行くぞ」
「はい、ジャミル様…」
「…俺のことはジャミルでいい。主人からの命令だ」


自室の部屋といってもスカラビアの副寮長の部屋よりも少しだけ狭い。
そして景色もよくはない…そう、自分はアジーム家の従者だからだ。
自分の居場所は狭い…カリムとの差。
手を引かれていけば命令によりみつきはベッドに腰を落とすとジャミルは
またキスをした。自分とは違う柔らかい唇は何も発しない。
否定もしない、ただ受け入れるだけ…


「ああ、なんて虚しいんだろうな」
その虚しい意味を分かっていながら、きっと届かない答えを口にした。


「みつき、ずっと昔からお前が好きだった」
「…―――――」


洗脳されているみつきの無意識に紡がれた言葉はジャミルには届かず夜が更ける。
その言葉は届いたのか、ジャミルの顔は少しだけ切ない顔で歪み
白い手と褐色の手は握られたままジャミルは眠りへと落ちた。

その時のみつきの瞳は赤いルビー色の瞳からいつもの慈愛に満ちていた
紫水晶に戻っており、彼に自分の意志で彼の唇を奪った。


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