※特殊設定


春に近づいて来たのか、寒さが和らぎ日の光も暖かく感じた今日この頃。
学校の制服が届いたのか、大きいお屋敷に宅配のお兄さんがやってきた。
今では珍しい日本家屋の家にトラックがやってきて、荷物を受け取った
私はとても浮足立っていた。
廊下から居間に到着すると居間にいた祖母は
「あらあらまあまあ」と手で口を覆い笑っている。
その祖母の顔につられて笑ってしまっていた。



「おばあちゃん!着替えてきてもいい?」
「いいわよ、整ったらちゃんと見せてね」
「うん!」



まだ未開封の荷物を両手で持ち、自身の部屋へと足を運んだ。
奥の部屋への襖を開け早速荷物に手を伸ばしてみる。


部屋で着替えてみれば少し余裕があるがホックやボタンで調整すれば
体にフィットする感じである。
真新しい生地に裾を通す感じはいまでも高揚感がある。
ついに、都内の高校に進学か…。ワクワクが隠せていない様子であった。



全体を見たいとおもったが卓上ミラーしか自身の部屋にはなく
少し後ろに下がってみようとも思うがいかんせん限度がある。
そして視力があるとしても見えないという難点もあった。



そういえば、祖母の部屋に少し古いが姿見鏡があったことを思い出した。
「(おばあちゃんの姿見鏡使わせてもらおう)」
善は急げ!とおもい携帯を握りしめ、部屋を出ていくときに制服の胸元に
彼女の視線が落ちた・・・。



「・・・おばあちゃん、大丈夫かな」


母がすぐ他界をしてから祖母の愛を一身に育った。
父も行方不明、祖父の顔も覚えてはおらず、
祖父の多額の遺産と祖母が昔の貯金でなんとか
育ててくれたのにこの大きい家に一人、祖母を置いていこうとしている自分に
高揚感はすっと消えていくのが分かった。







***




祖母の部屋はとても簡易だ。
畳のある部屋・・・私の部屋よりも少し小さいが布団と作業をするのだろうか、
机と引き出し、そして押し入れと目的である姿見鏡が端に置いてある。



「(あったあった・・・)」

汚くならないようにカバーが掛かっているようだ。
カバーは黒く少しだけ埃かぶっているのか埃が少しだけ舞っている。
この部屋に似つかわしい鏡、その姿見鏡は少し洋風で縁には
控えめなゴシック調の装飾が施されていた。



祖母は海外にいったこともあるからかその時のお土産なのだろうか
それとも誰かからプレゼントされたのだろうか、といろんな考えがあるが
それよりも先に制服姿の自分が見た過ぎて鏡の前に立ってみる。



想像よりも幼さはあるものの、どうせ化粧すれば
大人っぽくなるかな、と思いながらもいつもしない
雑誌に出てくるポーズをして見せる。
誰にも見られていないからこそできるモデルポーズをしているときだ。



≪っと・・・見つけた・・・≫


小さな、誰かの声が耳をかすめた。



「・・・へ?」
後ろを振り向いてもその声の主はいるはずがない。
その声は、明らかに男性特有の声だからだ。
家は広いのがとても自慢ではあるがお化け屋敷とは呼ばれたこともない。
なにせ15年生きていて何事もなく過ごしてきたからだ。



TVでも見過ぎたのかな、おお怖い怖いと前を向きなおした時だ。
目の前の光景に言葉が詰まる。
鏡は黒く染まっていた、墨汁が全部鏡についているかのように反射すらもしない。
先ほどまでのピカピカで自身が写っていたのは幻だったのかと思うほどだ。



「何・・・これ」
姿見鏡がどうなっているのか確かめるためにいそいそと、恐怖しながらも
一歩一歩、その姿見鏡に近づいた時だ。
ぬっと黒い場所から手が出てきて私の腕をつかんできた。
「わあああああああ!!!!!!」

咄嗟に出た声が部屋中に響き渡る。その声はもちろんこの家の家主でもある

祖母のみつきにも届いていた。

「××!!!!」

その声に安心していたが腕につかまれている男性の手は離してくれそうもない。
鏡から出てきた手が引っ張ってきてその力は並大抵のものではない。
手が鏡の中に引きずられ、体半分飲み込まれていくのをみて
諦めていたときだ。



「わ!?おばあちゃん!」
「・・・××!!!!」
手を引っ張られた私に祖母のしわくちゃな手が左手をつかんでいた。
その手の力に驚く、祖母の手がまだこんなにも力強いことに―――――。



しかし、その祖母の手さえも飲み込もうとした時だ。
意識がぷっつりと途絶えてしまった。





***





冷たい、まるで冬のような凍えるような寒さに体は固まっていた。
なんで寝ているのかすら頭ではうまく正常に動いてくれず…
そう覚えている・・・変な手が鏡の奥から出てきた・・
それまでは、そう考えた瞬間頭が一気に冷たい水をかけられたような
危機感が一気に甦ってくる。

「(おばあちゃん!!ってか、ここどこ!?)」
床で寝ていたらしく体が冷えているのは分かったが
起き上がってみても薄暗い部屋にいるのがわかる。

起き上がってみると大きな部屋で家とは違う、そう、例えるなら
海外の大きいお城の一室、である。
寒さも暖炉も何もなければあるのはキングサイズのベッドと机、あとは
ソファー・・・。窓に近づいてみると見たことのない景色に絶句した。
灰色の空、そして見えるのは日本とかけ離れしている風景だけが広がる。



「やっと起きたか…ずいぶんと遅い起床だな」
光が一瞬舞ったかと思えばツノを生やした男が立っていた。
黒を基調とした服を着ていて、外人だというのがすぐにわかる。
綺麗な顔立ちに惚れ惚れとしてしまいそうだ。
その男は私を見てほら、と手を指し伸ばしてきたのでその手をつかもうとした時。
その手には見覚えがあった・・・



「鏡の、手・・・」
「――――ああ、」
黒い手袋のその手、そしてあの声の主に似ているすら思えてきて私は
無意識にその手をひっこめた。
その男はそんなことか、という顔でいるが頭はそのことで精いっぱいだ。
顔色が悪くなったのを彼は分かったようだったが、はっともう一人の存在を
彼に尋ねてみる。声は、冷静な声色にはできなかった。
「あの…一緒に来たおばあちゃん、おばあちゃんは・・・」
「・・・ああ、そこにいるじゃないか」
すっと彼の指先をみるとおばあちゃんが椅子に座っておりこちらを見ていた。
その顔は見たことのない神妙な顔をしている。

おばあちゃんの顔を見て私はほっとした。

「おばあちゃん!」

駆け寄るとおばあちゃんも安堵のため息が漏れていた。



「よかった無事で・・・」
「おばあちゃんこそ・・・。というか、」
ここどこ?という前にツノを付けた彼が座ったままの祖母の前にやってきた。
男のその顔は少し眉間にしわを寄せながらも祖母の顔をじっとみた。
その祖母に対する第一声に耳を疑った。




「久しいなみつき」
「・・・ツノ太郎は・・・変わっていないね」



祖母の顔は懐かしの旧友を見ているような、恐怖という顔よりも
懐かしい人をみるようなそんな顔をしているではないか…。

椅子に座ってる祖母の前に2m近くある身長の男は腰を落とし跪く姿勢になっており
彼の瞳と祖母の瞳が交わるのがわかる。



「みつき、お前が元の世界に戻ると聞いた時、僕はその時はいてやれなかった」
「・・・学園長にそういったのは私だからね」
祖母が悲しそうな視線を送っていると
「お前は・・・」と私に視線が向けられた。
ライムグリーン色の瞳、顔立ちは人間離れしたかのような美丈夫。
顔を覗き込まれた瞬間、ぼっと日が出るような感覚に陥る。
こんな年のかけ離れた知り合いが祖母にいることが驚きしかない。
「(ツノが…)」
頭に生えているツノはまるで漫画やアニメに出てくる人物そのものである。
コスプレにしてはでき過ぎではないか。


「ふむ、昔のみつきに似ているようだ」
「私の孫だよツノ太郎」
「・・・そうか」
ツノ太郎と呼ばれた男は少しだけ呆気という表情をしていた。

「・・・ツイステッドワンダーランドとの時間とお前が住んでいる時間軸はかなり
変わっているようだな」
「そうだね・・・、さて、お話は終わりだねツノ太郎・・・。いや、マレウス」

「―――何がいいたい」
「私と孫をもとの世界に帰してくれませんか。
鏡を行き来する時間はそんなに長くはないと思われます」
「みつきを見つけるために何十年費やしたかわかるか」

「・・・」
「お前は一人で帰り、僕がどんな気持ちでいたと思う」



先ほどの空気とは明らかに打って変わっていた。
祖母も、そのツノ太郎ことマレウスが放つ言葉も両者一歩も引かない。
腰を落としていたマレウスは立ち上がり高圧的な視線を祖母に落としている

その顔は完全なる拒否という顔だ。

つまりは、この世界から帰さないということを話の断片的にもわかる…
「また、お前は僕を一人にするのか?」
その彼の言葉を聞いて、祖母の瞳が泣きそうになった瞬間だった。


「おっ…おばあちゃんにそんなこと言わないで。」
なぜか、私は言葉を発していた・・・その言葉に驚いた祖母の顔と
祖母をみていたマレウスが横視線をそらし、私を見た。
その瞳は祖母に見せた瞳とは明らかに変わっている。



「あなたがおばあちゃんとは旧友だとは思います。
あ、あなたが祖母といたい気持ちは
わかりますが、・・・気持ちを押し付けないでください!!!」
小さく発した言葉がどんどん語尾が強くなり、呼吸も少し荒くなった。
落ち着いていおうと頭の中では思っていても感情をぶつけてしまう。


その態度は―――――マレウスの反感を買っているのは安易に想像できた。



「ならお前だけ元の世界に戻そう・・・命があるだけいいと思うがいい」
冷たいその声とともにパチンと彼の指がなった瞬間強い光が私の体をまとっている。
熱いわけでもなく、寒いわけでもないが現実世界で起こらないであろう
「魔法」を間近にみて混乱している間にまたマレウスは祖母に視線をおとした。



「・・・マレウス」
「みつき、お前を茨の谷に招待しよう。そして妖精の祝福を受けるがいい。
そう、なにも恐れることはない」

「恐れているのは、あなたのほうですよマレウス」
「・・・今、なんといった」
「私がノーという言葉をいえば、2歳の子供のような癇癪は
起こすことはなくてもきっと、最悪な結末が見えます…」
「・・・」
「私は、きっと在学中・・・早くに伝えておけばよかったんだと思います。」



光に身を包まれていることに驚いていたが
首にかけていたペンダントがじりじりと熱を帯びていく。
そのペンダントは祖母がプレゼントしてくれたもので
祖母も今つけているはずだ。祖母の瞳がこちらを見ている。
何かに導かれるように祖母の手を握ると青い光が祖母と私を包みこんだ。

その光に驚くマレウスに祖母は悲しそうな瞳で彼を見ていた。

・・・違う、悲しいのではない…これは・・・−−−−−−
その青い光がさらに強まった瞬間、、そこは祖母の部屋であり
私は立ちすくんでいた。



祖母も、額に脂汗を垂らしながら私の手をぎゅっと握り
下を向いていたのだった。





******





その青い光が私たちを包み、現代に帰ってから更に数十年が経過していた。

あの不思議な現象は消えたが、高校卒業してもなお

東京で仕事をしていた。そう、祖母を置いて。
仕事は忙しいが祖母の連絡すればしっかりと電話で返ってくる。
数年前まではよく野菜や果物、生活物資を送ってくる段ボールで

部屋が埋まっていたがやっと社会人としてのペースが保てるようになり
物資援助は断るほどになっていた。



お金も送ってきてもらっていたがそれなしでもなんとかやっていけると

報告で来た時の祖母:みつきの声は少し残念そうだったのは心が痛む。


・・・仕事も終わり、PCを落として小さく肩の荷を下ろした。

静まり返ったフロアには自分しかいなかったようで背伸びをしようが
キーホードを激しく叩こうが誰にも文句は言われない。
さて、帰ろう・・・右にしていた腕時計に目をやった時だ。





――――いないはずの人の視線を感じた。
後ろを振り返るとどうしても会社の社員ではないような風貌の
男性、少年?がたっている。彼の顔は困った顔ではなくさも
当たり前にここにいる風格で立っていたのだ。



「お主、みつきの孫でよかったか?」
「・・・おばあちゃんのこと、知ってるんですか?」



「ああ、みつきはマレウスの在学中の友人じゃ」
マレウス、その単語にぞっとした。くふふと笑っている自分よりも幼げな顔立ちの男。
黒い髪の毛にインナーのマゼンダカラー・チェリー色。

鮮明な血のような瞳はこの世の人間ではないようだ。


「明日の夜、マレウスがもう一度みつきを迎えにくる・・・」
「・・・そう、なんですか…」
「何じゃ、昔みたく怒らないのか?」
「・・・あの場所にいたんですか」
「あの大声と感情の爆発はまるで2歳になったときのマレウスのようじゃった。
眠っていたが起きてしまうぐらいには大きかったぞ」
「・・・おばあちゃんは、あの人のこともう受け入れると思うんです」
「・・・」
「でも、私が言うのもなんですけど、おばあちゃん若々しくないんですけど…いいんですか?」


マレウスさんってまだ20代くらいじゃないですか?
と初めて会った人にも関わらず、もう神経が図太いのか私は彼に話しかける。
きょとんとした彼の顔は、あきらめた笑みを浮かべ私の頭をなでた。
子供っぽい人に撫でられているのに、安心感がするのはなんだろうか。



「・・・そうじゃな、監督生は以前と外見はかなり変わってしまったが…
どうにかなるじゃろう」
妖精族をなめてはいかんぞ?と小悪魔みたいな笑みを浮かべる彼・・・
いや、ツイステッドワンダーランドの人を初めて受け入れられた気がした。

「おばあちゃんのこと、よろしくお願いいたします」
「・・・みつきはいい孫をもったな」

わかった、と彼は額にキスを送ると魔法なのかわからないが彼は消えてしまった。
夜の風が冷たくなった…祖母に最後の電話をしなくては、と
鞄に突っ込んでいた携帯に手を伸ばした。



***



起きた時には、日本家屋である自身の部屋でないことに
みつきは驚いていた。スプリングの効いたベッドは体が沈むことなどない。
シーツも肌触りがいいのかもう少し寝ていたいと思うがそんな考えは
すぐに消え去るものだ。
新聞を読むためのメガネがなくてもくっきりと見える視界に言葉を見失う。

「手が・・・」

自身が紡いだ声も、幾分か若く感じる。
そして年老いた手は10代だった若々しい手であり、ベッドから出てみたその時だ。
「・・・!」

――――あの世界に迷い込み、魔法があるあの世界で名前を知らなかった
あの彼が窓を見ていた。
声が聞こえたのか彼は振り向いた。「ああ、やっと起きたのか」と
まるで子供の寝起きをまつ、愛しい声。
その低音の声は初めて会った時を思い出すかのようだ。



「何度か起こそうと思ったが、リリアに止められてな」
その顔はやはり数十年前、出会った彼と全然変わっていない。
マレウスの傍に行こうとしたときに見えた窓ガラスに自身が移る。
遠い記憶の、若い自分である。黒髪のボブヘアー、なぜか

「・・・ナイトレイブンカレッジの制服なのはなんで?」
「着るものがなくてな。リリアの服を少しばかり拝借した。」

いや、リリア先輩も自身よりもかなり細身であったのを思い出す・・・それでも着れるのか
とも考えたが、これもきっと魔法であろう。
彼の近くに行けばあの時よりも恐ろしさを感じることがないのか

変な緊張はしなかった。そして彼は口の広角を上げこちらをみた。
その笑みはやっとみつけた宝を目の前にするかのよう・・・
ドキリと胸が高鳴るのを感じた。



「数十年前にみつき、お前は帰ったが・・・。最後に聞いた言葉は届いていたぞ」
「!?」
「最後でなかったのは残念だ。―――なにせ、僕は諦めが悪いんだ」
知っているだろう?

細長い彼の手がみつきの頬に手を置く。
冷えた手だったがこの手の感触も懐かしいとみつきは感じた。
彼の視線が交わった時には、ああ、そういうことか、と理解をした。



「もう一度聞こう。僕の手を取り、祝福を受けるか」
「・・・・―――お妃さんの席は、私なんかでいいの?」

あの時発した言葉が最後だと思ったはずなのに
その託した言葉の意味をハッピーエンドに変えようとしたのだと。

彼の中のアンサーは変わることなどない、彼が求めた答えである。







****





日本家屋の家はどうなったのかって?
みつきがいなくなり、その孫もいなくなったあの場所。

綺麗な緑が多い茂り、花は咲き誇り自然の植物も多く実る良物件になっていた・・・

しかし、小奇麗な割には住居者が入ることはなかった。
そしてこんな噂が細々と地元の人たちから始まり、インターネットの世界でも
話題になってしまっているとある「噂」



家にある鏡にはある一定の日になると「異世界」につながるという
ある意味心霊スポットみたいになってしまっている。


孫でもある彼女はその曰くつきとなっていた鏡を引き取りにやってきた。
数十年ぶりにやってきた実家のような安心感があるが
あの時と何かが違うとわかるのはきっと孫の彼女だけだろう。


その曰くつきといわれる祖母の鏡を見た瞬間、
彼女はゴシック調の飾りを指でなぞり笑ってしまった。

「・・・おばあちゃん、ずいぶん若くなっちゃったんじゃない?」


新月の日、暗闇に見えたのは・・・写真でしか見たことのなかった祖母の若かりし顔。
写真ではなく鏡に映るはずの自分によく似た女性だった。


こちらをみて笑っていて、だが少し心配している顔をしていた。
そんな気持ちをかき消してほしいがために、彼女は笑った。
目頭が熱くなるのを感じ、もうこの世界にいないのだとも実感してしまったのだ。



その顔はとても、御伽噺に出てくるようなプリンセスのような
美しい、笑顔がとても似合う女性。
その彼女の隣にいる男は・・・あの時とは少し変わった優しい笑みを浮かべていたのである。


2023.3.2 執筆完了


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