チョコラティエなヒロインが八戒と一緒に過ごす日。



「よし、これでいいのではないだろうか・・・」
真夜中の独り言・・・みつきは一人で勝手に満足をしていた。
計画していたことを実行する日がやってきたのだ・・・それを
ワクワクしないなんて乙女ではない・・・心で武士が宿したような
キリッとした気持ちである。
夜中の厨房、テンパリングを鮮やかにこなし、冷やしていたチョコレイトを
大きい冷蔵庫から取り出した。
沢山あるチョコレイトの中に一際目立つチョコレイトのボックスがあった。

とても綺麗にラッピングされており、みつきの手に収まると
それはそれは至高に満ちた笑顔が隠しきれていない。

ふっふっふ、と笑いを込めながらも頬は少しだけ熱を持っているようにも思える。
明日は世の女子が楽しみにしているバレンタインデー前日。
前日の土日が一番よくチョコが売れる。
そして絶対多めに作っても余らないというのをここ何年も
味わっているのだから今年は計算尽くされていた。
早く寝る、といっても既に時計を見れば0時を超えている・・・
眠気が起きないのはそれはそれでつらいのであるが
そんなことはみつきにとってはどうでもいいことなのである。


八戒という男・・・現在では大切な相方であり、しかし恋とは
少し違うのかもしれない・・・それを「友愛」という言葉に嵌めよう。
小さなお店が長続きしているのは自分の成果ではなく
たまたま募集のチラシをみた八戒のおかげであるのは間違いない。
しみじみみつきはあの時を「運命の日」と呼び、それがもう3年も続いている。
恋人でもないのにその日を一緒に過ごすのが八戒との恒例の日としているのだが
今回は趣向を変えてバレンタインという大忙しの日の後を
あけておいてもらっていた。
お店の上の2Fはスタッフルームとオーナー:みつきの部屋となっていて
そこで祝勝会をしようと何週間か前に決めていたのだ。

「(今回はお礼を込めて八戒だけのボックス作ったんだよなー)」
まじまじと箱にいれたチョコをみても大作だぁとみつきの喜色満面。

相方に感謝をしようとみつきは浮かれているところ、ポケットには言っていた
携帯に着信が入ったのか単調なメロディラインが流れた。
その文字をみてどきっとした、その「八戒」である。


****

八戒は家について小さなため息をこぼしていた。
風呂もさっさと入り身体は既にベッドに向かいたがっている。
しかし、頭の中にあるのは明日のことだけだ・・・。

明日はバレンタインの前日とあって朝から戦争勃発なのは
間違いはない。しっかりとお店の閉店にはみつきが作った渾身の
バレンタインデーボックスの確認もしている。

「みつきさんの作ったショコラ…また腕を上げましたね」
部屋の作業用のデスクにてSNSの検索をしながらも
夜なのにコーヒーを飲んでしまっていた。

しかし、コーヒーだけではなくお皿には
細長いビスケット、通称「ビスコッティ」が置いてある。
コーヒーにビスコッティをくるくるとまるでマドラーのように
使用し浸かった部分だけを八戒は口に運び食べていく。
そしてもう一つテーブルに置いてあるのは今年渾身の出来と
いっていたみつきが作ったショコラボックス。
箱は開けていても中身だけは八戒は食べていない…
先程の「腕を上げた」という言葉の意味は数ヶ月前に食べた
みつきのショコラの味のことだったようだ。

「(またキーワードが増えてる)」
SNSで検索した言葉のはみつきの名前とお店の名前。
そこにはしっかりと胃袋を掴まれたお客様達のツイートである。
そのツイートは確実に八戒も嬉しくもあり責任を感じる。
最近ではデザインなども口を挟んでほしいとみつきから言われたからだ。
SNSは非常に素直な感想が流れている…。
今回もお客様の期待に応えなくては…という八戒の気持ちが
向かっているときだ。
「…絶対起きてそうですよね」
時計を見れば0時になろうとしている…明日は激戦、洋菓子店では
クリスマス・バレンタインデー・・・決戦である。
早く寝ておかなければ他のバイト達の指示もあるのだと
八戒は作業台から離れ、洗面所にいこうとしたときだ。
みつきの今日のテンションではまだ起きていそうだ、そう思い八戒は電話をする前に
歯を磨き、ハンガーにかけてあった厚手の上着に袖を通した。



*****


「絶対寝てないと思いましたよ」
「は、はは・・・」
「他のアルバイトを騙せても、僕を騙せるとお思いで?」
「・・・いや、ソンナコトハアリマセン」

電話が来て数分、なんと彼はお店の外に来ているではないか。
2Fのみつきの部屋で寝間着に着替えたと嘘をついていたら
しっかりと彼はスペアの鍵を開け、厨房にいたみつきを発見したのだった。
八戒のその顔は確実に怒っている、いつものお客様へのスマイルとは
全く違うもので・・・ある意味一番恐ろしい。

厨房から出て、素直にお店の上へとあがる。
みつきの部屋に八戒を通す・・・部屋はちゃんと暖かく暖房がついており
部屋は簡易的なテーブルと赤いソファー、折りたたみのベッド。
小さな冷蔵庫と必要最低限の物が置いてある。
興奮すると寝られないというのは八戒もわからなくはないが
みつきの場合はどうしてもその場合は寝られないというのを一緒にいて
痛感している・・・。

一昨年は若気の至りというのもあって夜通し
新作チョコを作り出すというどこぞのブラック企業みたいな
働きぶりをして1週間熱を出してしまいお店が臨時休業になったのは
記憶に新しい。

ソファーに八戒を座らせてみつきは冷蔵庫を開けた時だ。
「(これは今あのチョコを渡せば場の雰囲気がよくなるのでは!)」
まるで彼女の機嫌を損ね、直してもらおうと必死な男の良いわけにも
聞こえなくはない。
前日にバレンタインチョコを渡してもいいだろう・・・
その祝勝会の時には他のショコラティエのチョコを出せば良い!
そう思いみつきは冷蔵庫を開けた手から数歩歩きドアノブに手をかけた。


かけようと思ったのだ。

みつきの手首を八戒はつかんできたのだ。
その手はみつきの手よりも大きく、暖かい。
その温かさはひんやりした厨房にいたみつきの身体には十分に
熱く感じる。八戒をみれば彼の顔はまたジト目になっていた。

「どこに行くんですか?」
「・・・あ、えっと・・・厨房に忘れ物を」
「・・・」
「いやほんと!仕事じゃなくて大事なモノを取りに!」
「・・・ほんとですか?仕事絶対しないでくださいよ?」
「いやすぐ戻るって!」

まってて!彼の緑の瞳が疑っていてそれを全力で拒否をする。
流石に火に油を注ぐ様な形をみつきは取らないようで・・・
それを嘘ではないと確信した八戒はみつきが戻るのを待つことにした。


***


戻ってきたみつきの手に収まっているものを八戒は驚きを隠せない。
そんな商品あったのか・・・はたまた新作を当日に出すというのだろうか。
「これは?」と素直に聞いてみるとみつきの顔は笑顔で表情が支配されていた。
「じゃじゃん!お菓子業界の決戦記念日として八戒にチョコをプレゼントします!」
「・・・僕に、ですか・・・」
お互いソファーに座りみつきが渡してきた包みを八戒は受け取った。
お店にはないラッピング、しかし今年限定のお店のチャームがついているではないか。

しかもみつきのお店の商品のラッピングとか系統が違く
シックで大人っぽい、しかしモスグリーンの包装紙とチャームの色合いは
反発することなく一言で表すならば「綺麗」である。
「別バージョンです?」
「・・・まあ、ね・・・あの・・・」
八戒になんだけど。と言葉の語尾が小さくなってしまったが
その声は確かに八戒の耳にまで届いていた。

「いっいつもお世話になってるし、今回は気分を変えて八戒だけに
専用チョコボックスを作ってみました!」
少し焦っている表情はいつもチョコラティエとして働いている
みつきでも、いつもオフモードの時と少し違う空気。
「あ!勿論本命とかそういうのじゃないよ!!」
「・・・」
「・・・八戒?」
「すいません、少し驚きまして・・・」
「・・・まじ?」
「はい・・・開けても良いですか?」

開けてみれば見たことのないチョコの数々、それにしっかりと
お店で販売しているようにチョコの説明書まで入っているが
その説明書にはしっかりと「限定1個」と記載が入っている。
ガナッシュ、桜味の少し和風味なのだったりと明らかに八戒が
好きな味のオンパレードだ。
何年もいるからこそできる所業なのだろう・・・。

「みつき、ありがとうございます」
「いえいえ!!いつもほんっとに助かってるよ〜〜〜」
「これ、いつ作ったんですか?」
「え・・・と、営業終わった後・・」
「・・・」
「・・・」
「食べても」
「お、おお!」
プラリネを手にした八戒は笑ってそれを口に運んだ。
カリッとしたキャラメリゼが口に入ってきたと同時に
ふわりとお酒の味が鼻をくすぐる。
中々大人向けの味わいにくらりとするがまたそれがワインや
お酒とあうのだろう・・・。
かなり「男性向け・年齢層」を意識したチョコに八戒も驚きを隠せずにいる。
みつきのお店は女性向けに作られていて、味の解説のために八戒や
他のスタッフにも配られているチョコとは全然反対の味付けや食感。

口元を隠している八戒にみつきはまさか失敗したのだろうか。
と驚いており、冷蔵庫にあったお茶をテーブルに置く。
口元から手を離した八戒の顔はかなり驚いていて少し重たい沈黙が続いた。
「・・・かなりテイスト変わってるんですが・・・」
「あー・・・うん。うちとはかなり系統が違うね」
「でも美味しいです」
その声にみつきはほっと安堵のため息が漏れた。
「かなり大人向けに作られていてとても美味しいです。
ビターな系統が多いのも魅力ですし、何よりもテイストが
飽きられないような種類ばっかりだ」
八戒のその嬉しい言葉にみつきは呆けた顔しかできずにいた。
いつも八戒にお礼がしたいとおもって今回、去年のクリスマスから仕込んでいた
計画がしっかりと実ったのが素直に嬉しいのだ。
「ショコラティエの名誉につきます・・・」
「ですが・・・今日ももう遅いですから僕もここで寝泊まりをします」
「・・・え」
「え?ではないでしょう」
何をとぼけてるんですか、と彼はいっているがいや、お前がいうのかい。
そんな突っ込みは不在にされ、たまにスタッフの誰かが寝泊まりする用の
寝袋をスタッフルームから八戒は取りに行き
さも当たり前かのようにみつきの部屋で寝るのでありました。

「みつきさんを一人にしたら何をするのかわかったもんじゃないですから」
笑って言ううちの責任者はオーナーの私をも制止する。


「明日、頑張りましょうね」
「・・・はい」
改めて言われた八戒の言葉にみつきは少しだけいつもと違う
イベントに戸惑いながらも笑って返事をした。


20220216


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