「みつき、父上がお呼びだよ。」
「!利吉さん!」
「利吉さん・・・」
会計委員の部屋にもう一人だけ、障子を開けた男が一人。
みつきは嬉しそうな顔で振り向く。
この学園なら誰でも知っている山田先生の息子でもある利吉であり
みつきは呼ばれてにこりと笑うと「わかりました。」といって文次郎を一度見て
「行ってくる」というとその場を立ち去ってしまった。
本当にくノ一なのだろうかと疑うくらい嬉しそうな足音を消さずにみつきは
足音は遠ざかっていく。
利吉と文次郎しかいない会計委員会の部屋はとたんにしん、とした空気になった。

「しかし、どうして利吉さんがみつき先輩とご一緒で。」
「あぁ、彼女とはフリーの仲間だからね。一緒に任務もあったりするんだよ。」
確かにフリーであれば仲間が居れば心強いのかもしれない。
しかし忍びは味方が多いほど危険であり、不安の種の原因にもなる。


そう気楽ないい方をする利吉の話に少しだが不服な顔を一瞬だけ相手に見せてしまった。
そんな顔を見た利吉は「だけどね。」とまた言葉を付け足しすように
言葉を述べた。
「すごいよ。彼女は本当に見事な仕事をする。」
だから、一緒にやってもらっているんだけどね。と言うとふと、文次郎は
気になった言葉だと悟った。
【やってもらっている】・・・・それは利吉本人がみつきにお願いをしている
ということだ。
あのフリーの売れっ子忍者でもある山田利吉が・・・そう深く考えている時に
声が耳に入ってきた。

「だからね、潮江くん。彼女に気がないならきっぱりと断ってくれないかな。」
「・・・は?」
そんな言葉を聞いて、俺は驚き以外に何が出てきたのだろう。
先ほどまで笑っていた利吉はいなく、ただ真剣な顔をしながら文次郎に
話をしている。利吉がそんな風に話をもってくるのは、始めてであるのだから。


「彼女は、みつきは本気で君と一緒に共にするパートナー
を君と・・・ってずっと言っているんだよ。」
利吉が突然何を言い出すのかとさえ思ってしまった。
何を言っているんだと、利吉に目で訴えてしまっていたがやっと言葉に紡げた様だ。
「あの人が勝手にそう思っているだけです。」
俺には関係ない。
遠まわしにそう言っているようなもので利吉は驚いた顔もせずに
そうか、と言葉を一つ残した。
「私は彼女が好きだよ。」
「!」
「でもみつきは潮江文次郎が卒業するまで待つと決めた。とずっとそう言って
私との仕事をやってきたんだ。」

好意を寄せていると彼女もわかっていただろう。
だけれども仕事は仕事。彼女のプロとしての意識は強いから・・・
そして利吉自身、山田伝蔵の息子であることがみつきには判っていたのも
あるのだろう。

「女性を長く待たすなんて、君も罪作りだね。」
「利吉さ!」
「君は彼女をどう思っているのかに寄って、私は行動に出るよ。」
ではまた。と今先ほどまでの真剣な表情をなくし笑顔のまま
利吉が出ようとした瞬間あ。と声が上がった、みつきである。
驚いた表情などもせず、ちょっときょとっとした顔をしつつも
彼女は微笑んだ。
「山田先生が利吉さんを呼んでますよ?」
「おや?父上とは先ほど話したんだがね・・・どこにいらっしゃった?」
土井先生と一緒に食堂へ、というとその場所へと足を急がした利吉が
文次郎の視界から消えた。
代わりに入ってきたのは、みつきで文次郎をみてにこりと微笑んだ。

「利吉さんと何を話していたんだ?」
「・・・別に。」
「?そうか。」
しんっ、会話が途切れみつきは何を言うこともなく静かな空気が流れる。
胸が少しだけ痛いのを感じた。
彼女は、未だに普通の顔をしていた・・・。




【潮江、私はお前と一緒に仕事をしたい。だから私はお前が卒業するまで
フリーのくのいちだ。】
自惚れなんじゃないか?と思うくらいの自信満々な態度と言葉に
苛立つこともあった。
でも、それは本当だった。

【赤坂には本当にいい城からの勧誘が多くてな。有能のくのいちになるじゃろうな。】
輝かしい言葉が飛んだ職員室。
俺は聞いた、あの人の本当の力を聞いた。
俺と一緒に仕事をするなら、
連絡くらいくれたっていいのに――――心の置くソコではそう呟いていた。
俺は、本当に?、あの人が?





**



「!潮江!」
「あ・・・・!?」
「大丈夫か!おい。」
一瞬意識が飛んだ。
ぺちりと頬を感度か優しく叩かれて起きた。
本気で心配しているみつきの顔がドアップで写っているものだから
文次郎は不覚にもみつきに驚きを隠せずにいる。
「ビックリしたよ。お前が目を瞑ったかと思ったら倒れたんだ。」
「――すいませ。」
後頭部がズキズキとするにも畳の硬さなどなく暖かい。
自分がみつき先輩を見上げているということは・・・
そう考えた瞬間、まさか・・・と脳内で考えたことが本当だとわかった。
急に恥ずかしくなって文次郎が起き上がるとみつきは驚いた。
本当に「ガバッ!」という効果音が付くくらいの起き上がりだったからだ。
「・・・・すいません。」
「・・・いや、謝らなくても・・・」

そういいつつも、みつきから少しはなれて胡坐をかいて文次郎は座る。
やっぱり彼女が膝枕をしてくれたのだ。
彼女を見ることもなく帳簿を手にし、続きをしなくてはと少しまだ混乱している
頭にそう働かせようと考えていた。
後ろから、みつきの声が聞こえるまでは。

「潮江、私もそろそろ城に勤めようかと思ってるんだ。」
「・・・・は?」
いま、彼女は・・・なんていった?
声は、あまり聞かないが落ち着いた声、だが悲しいという
感情は篭っていない。
突然の彼女の言葉に文次郎は背中が冷えたのを感じた。
「フリーのくノ一にもなるとそういう情報がわんさかでね。」
ペラペラとみつきが何かを言っているのは判るが「内容」だけは
頭に留まらずに通り去っていく。
【城勤め】【フリーだとそろそろな・・・】と聞こえてきて彼女の言っている意味が判り始めた。


喜びの言葉とか、何か言わなければいけない・・・そう思うのに
潮江文次郎が胸を占拠しているのはそれではなかった。
片手で帳簿に手を付けもっていたのだが机にバタンと力任せに叩きつけてしまった。
その音にびっくりしたみつきは話を辞め立ち上がり文次郎の顔を見ようと肩を掴み
文次郎をみてやろうとしたが逆に手首を捕まれ文次郎の瞳をみて、ぞくりと恐れの
感情がみつきを占めた・・・その表情をみつきは見た事がないからだ。
仕事をしている時、相手にそんな顔をされても感情が流されることはなかったのに・・・。


「なんだ・・・あんたは俺を待ってるんじゃないのか」
「・・・しお。」
手首を握られる力も強くなってみつきは苦痛な表情を浮かべるが
そんなこともお構い無しという様に潮江はみつきを見て前に文次郎が
力をかけた。瞬間とっさに受身をとったみつきの背中に衝撃が走る。
畳のしっかりとした硬さと勢いによった倒されたことで少しだけ脳震盪を
起こしかけた。
「うあっ!」
押し倒されて身体を動けなくさせられていてみつきの視線が
文次郎と交わった。
足でなんとか文次郎を剥がそうとも考えて行動しようとしたが
年下とは言え、体力だけは勝てていない。

「潮江。」
「コロコロとよく乗り換えられますね。次は利吉さんと城でも勤めるんですか?」
「!なんで、利吉さんは関係ないだろう。」
みつきの嫌悪感が全身潮江を飲み込む。
ぞくりとするその視線は、本気で人を見据える目。
ぎっとにらんでいた両者だったが、鼻をすする音が文次郎の耳を掠める。
その音をだしていたのはみつきであった。
「なん・・・ずっと・・・」
「?」
「ずっと、待っている身にもなってみろ。」
「・・・え。」




呟かれたセリフはきっと彼女の本音。
卒業試験のときも、なんの確証もないのにそう言って
押し通したが・・・彼女はどう感じたのだろう。
「勝手にお前を卒業したら、って言ってそれ以上会わなかったのは悪かった。
今日来て、それを謝ろうと思った・・・あと改めて申し立てをしようと思って。」
横を向きながらもみつきは文次郎の目の前でそう呟いた。
自分が会っていない間、学園に居た時は天真爛漫で小平太みたいに泥を
よくつけていて、前会計委員長とは馴れ馴れしいほどに仲が良かった・・・
要は笑顔だけしかみたことがなかった。
横を向いていたみつきだったが文次郎から離れ、顔をあげた。

「好きなんだ、一緒に忍びの道だけでもいいから・・・傍に
いさせてもらえないか。」
畳に、ぽたりぽたりと涙が落ちていく。染みになるのは見えなかったが
ぽたり、ぽたりと静かすぎるこの部屋には十分に聞こえる音。
「(そうか・・・・)」


俺は、不安でいたんだと。
相手にされていなかったんだと・・・ずっと思っていた。
貴方に忘れられるのが怖かったから。

そんなことはなくて、ずっとこの人は鳴らして居た。
俺も、ずっと鳴らしていた。【会いたい】と・・・。
ちゃんと聞きたいと、知りたかった。


「みつき先輩。」
「・・・」
「俺は、貴方が好きだ。」
「え・・・・潮。」
「遅くなってすいません。でももう少しだけ。俺が卒業するまで待っててください。」
頬に当てられた文次郎の手がガサガサで、でも大きな手で包まれて
これは夢なんじゃないか?と思った。
だって、潮江からそんな言葉を聞けるなんてありえない事だったからだ。
夢なんじゃないかと思ってみつきは顔をつねってみたが痛いといって
また涙が滲むだけで、文次郎が珍しく笑っていて本当にこれは夢じゃないのかと
再度確認をしたくなるくらいだった。
「ありがとう・・・潮江、文次郎。」










その翌日、数日位みつきは忍術学園に滞在することが決まり
恋敵でもある(?)利吉さんというと・・・次の仕事が入ってきたと言うことで
翌日には学園を出て仕事へといったようだ。
「利吉さんすいません。また一緒に仕事しましょう。」
「えぇ。また数日したらこっちに寄りますから。」
「わかりました。」
にこりと笑いながらもみつきは利吉を学園の門まで一緒に付き添いながら
言って利吉は無償にポン、と彼女の頭を撫でたくなって撫でると少し胸がすっきりしたような
顔になった。
彼の姿が見えなくなるまで送ったみつきだったがふと視線に気が付いたようだ。
「・・・潮江、盗み見とは関心しないぞ?」
「―――!」
「一応私もプロのくノ一だからな。」
忍術学園六年生とプロのくノ一。



彼らの恋は、まだ始まったばかり。


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