例えば洗って落ちるような、そんな簡単なものじゃなくて。むしろこびりついて取れないくらいにしつこい、そんな感じ。






狩屋は虐められている。

いつからとか誰からとかそういう詳しいことは知らない。ただ、それを狩屋が誰にも口外していないことだけは知っていた。
だから狩屋は俺がそれを知っていることを知らない。
 2週間くらい前だったか。部活終了後、教室の机の中に携帯を置いてきてしまったことに気がついて取りに戻った時。オレンジ色の室内で先に帰ったはずのはねっ毛が動いていた。ごそごそいう物を探すような音がひっきりなしに続き、間に時折鼻を啜る音と何か紙を破る音が響いていた。
見るなと言われた訳でもないのだが何だか見てはいけない気がして、俺は隣の教室でごそごそいう音が止んでやがてぺたぺたと廊下を去って行くのを待っていた。


あの日から、俺は毎日部活終了後教室に立ち寄った。狩屋も毎日来ていた。ごそごそいう音が隠された物を探す音で、紙を破る音が落書きされたノートのページを破る音だと気付いたのは4日目だった。教室内に隠された物が見当たらなかったらしい日は、鼻を啜る音の間に小さく小さく嗚咽が混じっていた。狩屋はひとりで泣いていた。
 そして今もひとりでノートのページを破っている。いつものように様子を見ようとドアに近づいた時だった。派手な音をたてて廊下に転がったのは、俺の携帯だった。屈んだ拍子にポケットから滑り落ちたらしい。教室の中で続いていた音が急に止み、跳ねた髪を揺らして狩屋が振り返った。


「……つ、るぎ…くん…?」
「……」


ロッカーのまえにぺたりと座り込んだまま俺を見上げるつり目には薄い膜が張り、その縁は赤くなっていた。
ようやく思考が追い付いた俺が口を開くより先に、狩屋はわざとらしく顔を逸らして散らばる私物を片付け始めた。


「やんなっちゃうよねー、みんな子供でさ」

「たまーにこういうことあるんだよ、ただの遊びっていうか」

「だから、別に…」
「見てた」
「…え」
「見てたから、知ってる」


誰にも言わない。俺がそう言うと振り返った狩屋の目にまたうっすらと膜が張った。なんだよ、かっこつけちゃってさあ、剣城くんそういう趣味だったんだ、すぐに俯いて悪態をつく声は少し震えていた。俯いたまま紙切れを握りしめる狩屋がすごく小さく見えて、


「…狩屋」
「なに…」


いてもたってもいられず半ば無理矢理に腕の中に収めた。すぐに焦ったような怒号が飛んでくるかと思ったが、あったのは弱々しい抵抗だけだった。


「つるぎく」
「泣け」

「俺しか見てない」


短い沈黙の後抵抗が止んで、俯いたままの頭が胸の辺りに押し付けられた。


「…ムカつく、」


呟いて震え始めた蒼を、俺は成る丈優しく撫でた。
思っていたよりもずっと小さい狩屋の身体を、守ってやりたいと思った。そんなことを言ったら、狩屋はどんな顔をするだろうか。
















おわり
まとまらない




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