離脱と加入

「…来週にはもう編入学の手続きが済むそうだ。折角の契約を無駄にするような事はしてくれるなよ」
「………はい、父さん」

いつだってそう、敷かれたレールを辿っている。




南沢さんがいなくなった。

「辞めます」なんてさらっと切り捨てて、どっかに行ってしまった。
それでも平然と機能している部活に、オレも漸く慣れつつあった。
抜けた10番には元シードの剣城が入って、ああなんだそんなもんかって位にみんなあっさりしてて、南沢さんの事なんて忘れてしまったみたいだった。きっとオレも同じだ。

たまたま耳にした話だと、どうやらあの人はもう雷門中自体から去ってしまったらしい。
まああの人にとってはそんなもんだったんだなあ、なんて思いながら門を出ようとした時、剣城と会った。

「…お疲れ様です」
「おう、じゃーな」

頭を軽く下げる剣城に手を振り通りすぎる。

「あ、ちょっといいですか」
「…何だよ、なんか用か?」
「…俺もこっちなんで、歩きながらでいいです」

一人分くらいの距離を開けて並んで歩く。呼び止めたくせになかなか話し出さない剣城と無言の空間に少しイラついたので、オレの方から持ち掛けた。

「で、何だったわけ」
「ああ…その、倉間センパイって…雑草、食べるんですか?」
「はあ?!」

真面目な顔して何の用かと思ったらとんでもない事を口にしやがった。

「図星ですか…」
「ちげえよ!お前失礼な奴だな」
「ならいいんですけど」

先輩相手によくもズケズケと言えるもんだ、って言おうと思った時に、同じ台詞を南沢さんに言われたことがあるのを思い出して腹の辺りが重くなった。
急に黙ったオレの心を読んだみたいに、剣城が口を開いた。


「雷門の10番は俺です」


顔を上げると、剣城はじゃあ、と言って角を曲がっていった。
そんなこと分かってる、と頭の中で何度も繰り返しながら信号が変わるのを待っていると、ボンヤリと眺めたままでいた紫の学ランの背中が病院に入っていくのが見えた。
オレは青に変わった信号に背を向けた。



兄さんの病室から出てロビーへ行くと、倉間センパイがぼけーっとソファに腰掛けていた。すぐに此方に気付いたらしく、立ち上がって近付いてくる。

「…何してるんですか」
「悪ぃな、そのー…出来心で」

バツが悪そうに苦笑してみせるセンパイを見ていたら怒ることも出来なくて、はあーと大袈裟に溜め息をついた。

「誰にも言わないで下さいよ」
「何を?」
「全部」
「分かった」

いやにアッサリとした返事に少し不安を覚えたが、まあこの人なら口外することもないだろう。

「しかしお前、あんな顔すんだ」

そんなところまで見られていたのか。そう思った途端に耳まで熱くなるのが分かった。

「ははっ、顔真っ赤」
「う、うるさいな」

センパイは俺を指差しながら笑った。そう言えばこの人の笑顔は初めて見た気がする。
何の屈託もなく無邪気に笑う人だと思った。

「お前、いいやつなんだな。ムカつくけど」
「何を…」
「だってさ、」


「オレが南沢さんの事引き摺ってんの分かってただろ」


隠されていない右目が少し揺れた気がした。でもすぐ元に戻る。

「あと兄貴思いだし?」
「ッ…その話はもういいでしょう!」
「ま、とにかくありがとな。お前のお陰で色々吹っ切れた」

じゃあお兄さんによろしく、と言ってセンパイは自動ドアの向こうへ消えて行った。


可哀想な倉間センパイ。何も分かってない。
あの人はもう帰ってこないって事も。
センパイは心の何処かであの人を待ってるって事も。
何も分かってないんだ。










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