源田がふにゃりと笑った。

『いままでありがとう、不動』
『すごく楽しかった』
『不動、大好きだぞ』



『ふどう、』



源田の足が無い。



屋上。馬鹿馬鹿しくなるくらい蒼い空。冷たい風。いつもと変わらない1時5分の街並み。
源田の足が無い。
オレに向かってぽつぽつと言葉を投げ掛け、名前を呼びながらふにゃりと笑う源田の足が消えている。


『ふどう、』


源田の手が伸びてくる。頬に触れようとする源田の指先が街並みに染まっていた。向こう側が見える。
心の何処かで待ち望んだ感触は、いつまで経ってもオレの頬に訪れることはなかった。
源田の手が消えた。


『ふどう、』


蒼色の街並みはいつの間にか源田の腰辺りまで食い込んでいて、それでも源田はオレの名前を呼んで優しく目を細めた。
冷たい風が源田のもさもさした髪を揺らす。
オレの身体は動かない。


『ふどう、』


オレは手を伸ばす。これで最後だと思った。何が最後なのかは分からない。ただ目の前の温もりをこの手でしっかりと感じたくて、源田の背中に腕を回した。源田はただただオレに向かって優しく笑って、


『ふどう、だいすきだ』


源田は馬鹿馬鹿しくなるくらい蒼い空と冷たい風になって、オレの腕には一人ぶんの空間が残った。
空を切って、誰かを抱き締めるように伸ばされた両腕が妙に虚しくて、悔しくて、それでいて滑稽で、オレはそこでずっと、源田がいたはずの場所を見つめていた。







ジャー。
トイレの方から音がする。
淀んだ紫色の空が覗く、半分だけ開いたカーテン。いつもより早い4時50分。
ベッドの上にひとり。

ドアが開いて、馬鹿みたいにでかい口を開けながら入ってきた姿を見たら、なんだか喉の奥が熱くなって、柄にもなく飛び付いて、わんわん泣いた。

源田は一瞬驚いたけど、黙ってオレを抱き締めた。










おわり
便利な夢オチに頼る




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