あいつは最近よく憂いのある顔をするようになった。

というより、単純に下を向く回数が増えた。

あんまり感情を顔に出すようなやつじゃないから、変化は分かりづらいものだが、ほぼ無表情で下を向いたとき、


(あ、こいつ今感傷的になってやがる)


と、直感で分かる。
付き合いが長いわけじゃないが、あいつのことに関しては他の奴等よりは理解してると自負している。


それもこれも、あいつが俺の目を奪って行ったからだ。
と思うとどうもやるせない。


女々しいのだ。


あいつは他の女子と比べたらそれはサバサバに出来上がってるし、それを見つめる俺も、見つめて葛藤する俺も、何もかもがやるせない。


自転車中心に回ってきた俺の人生が、急によそ見をするようになった。



俺をそんなにしたやつが、俺の隣で睫毛を下ろす。
なんてやるせないのだか。




「靖友」


今日も視界の端に映るあいつは友達と楽しそうに笑っている。
それに悪態をついてから教科書を机に押し込んでいると、見慣れた赤髪が前の席に無断で腰を下ろした。


「新開…何か用か」
「靖友、最近よく下を向いてるな」




…は?


相変わらずのキメ顔で何をほざい
てんだと机から新開に目線を移す。



「なんだ、気づいてなかったのか?靖友イライラしてんなぁ、と思ったらなんか思い立ったように俯くからさぁ、悩み事かなぁ、と思って来てみたんだけど」


新開はいい顔で微笑んで、それからお決まりのパワーバーを咥えた。



「べっつにィ……なんもねェけど」
「ほんとか?」


「ねェようっせェな。もう用ねェなら帰れバァカ!」


新開は表情を崩さずに無言で立ち上がると、バキュンポーズを俺に決めて帰って行った。


…俺に撃ってどうすんだっての。
気持ち悪ィ奴。



…だが、新開に少しだけ、ほんっとに少しだけ感謝しようと思う。


視界の中心にあいつを捉えガタン、と席を離れる。


俺はここ最近俺が下を向いてるのなんて、気づいちゃいなかった。
新開に言われて初めて気づいた。



「ぷぎ」



それなら、こいつは、こいつももしかして、気づいてねェんじゃねえの?



「…え、靖友……何?」


友達と談笑してたぷぎは、突然なんの脈絡もない相手に話しかけられて目を見開いた。

その声で、その瞳で、その名前を紡がれるのが最高に心地いい…。



…じゃねェ、違くて。


「ちょっと今から時間つくれ。お前ら次移動教室だからこいつ置いてけ」

「は?え、何言ってん、」


有無を言わさずぷぎを立たせて、真広の机に群がってた女子共に一言そう言って教室を去った。


ぷぎの友達は全員が全員、訳が分からないといった様子で焦っていたが、たぶん、俺のこと怖がってるから何も言ってはこない。
ぷぎが以前、そう言っていたから。




『靖友、全然怖くなんかないのになぁ。騙されてるって感じだよなぁ。もったいないねぇあの子たち』




「……………………」



適当に向かってた足は、中庭を選択したらしい。

白いベンチに腰掛ける。
ずっと引っ張ってたはずの手はいっこうにそのベンチの前から動こうとしないから、面倒にも引っ張って座らせた。



「何……突然どうしたの」


若干距離を置いて顔を覗き込まれた。
その汚れのない目が時に黒を映すのなんて、想像できなかったのに。
そうだからなぁ…。


「おめェ、……最近自分が、よく下向いてんの気づいてんのか」


ぷぎは、無表情のまま動きを止めた。
分かりにくくも、目を少しだけ見開いて。



「な、に……?どういうことそれ」


目線を泳がせ、ふと俺から目を外した。

やっぱりこいつ、気づいてなかった。
動揺してるのはそういうことなんだろ。



「そりゃおめェが1番知ってるんじゃねェの。俺はそれを吐かせに来たんだよ」

「なんで靖友が……」

「ンなの………気になるからだろうが」



自分で言ってて照れた。
普段ぷぎに自分の感情を思ったまま言うことなんてない。
蓋をしてきたんだ。



「………」



…まただ。
また、ぷぎはあの顔をした。
伏目がちに自分の足元を見て、口を少しだけ開いて、何か言いたそうなのに、何も言わない。


今日はほんの少し、眉間に皺を寄せた。




「靖友……私、す、すきなひとがいて」


頭をガツンと鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

ぷぎに好きな人?


そんなの今の今まで聞いたことねェ。



嘘だ、誰だ?
俺の知ってる奴なのか。




俺以外から理解されようってのか。




「その、人部活ですごい忙しくてさ、今きっと私なんかと向き合うことないと思うんだ。それに、ね、けっこーモテたりすんだ、だから割と敵多いし、自信はないんだよね」


はは、と渇いた笑いを無表情で流す、ぷぎ。


あぁ、なんて愛された野郎だ。
なんだよそいつ、部活なんかにかまけてねぇでこいつに構ってやれよ。
モテる?だからなんだよ、こいつを見ろよ。



俺が見れないものを、なんで見ないんだよ。



「お前…そん、なことでずっと悩んでたのかよ?嘘だろ?お前もっと割り切ってただろ」



俺の疑問はそこに集中した。
相手は誰だとかどんなクソ野郎だか見極めようとか思ったが、その前にこいつらしくない言動を受け止めるにはこう聞くしかなかった。



「いや、そんなわけないだろ。私が」


自嘲ぎみに俺を叩く。
この状況で触られた、その事実だけに心臓を収縮させる俺を殺したくなった。




「ね、これね、人に初めて言うんだけどね、私、………引っ越すんだ」


「…………………………え」











最初は、それしか出なかった。


引っ越す?

誰が?
こいつが?
どこに?



「だから…最後に伝えようかどうか悩んで…こんな時期になっちゃった」

「…ぁ、おい待て。引っ越すって…バカ、いつだよ、どこに」

「来週」



は?
来週?
ふざけんなもう時間そんなにねェじゃねェか。



「自分がこんなに女々しいと思わなかったよ」



女々しい?
そりゃ俺だ。
こんなに焦ってやがる。
汗が止まんねェ。


あぁ、嫌だ。
こいつが隣からいなくなるなんて、そもそも俺だってまだ気持ち伝えてねェ。
フられるって確定しててもこのままは俺の中の野獣が許さない。
待ってくれ。
俺はまだ何もこいつに言ってない。


「ぷぎ……」

「靖友にしか、言ってないから…まだ人に言わないで。頼む」

「ぷぎ」



俺の目を見たぷぎは、無表情に涙を流していた。
吃驚した。
ぷぎが泣いてるのを初めて見た。


…のにも、俺の前で泣くのにも。


「…なんで泣いてんだ」

「泣いてない」


なおも無表情に雫を垂らすぷぎは、それでも俺の次の言葉を待っていた。

だから、本題を、俺の想いを、過去の笑い話にはしねェ。



「ぷぎ……、お前が、どこの馬の骨とも知れねェクソみてェな男を好きだとしてもだ。それでも俺はお前といた1年で、お前をバカみてェに好きになった。普段そういうこと全く言わなかったけど、俺はお前を俺以外に渡すつもりは、…ねェ。引っ越す前に返事くれ。…そんで、お前も勇気出して、当たって砕けるでもくっつくでもしてこい」




…言い切った。
向き合ってたつもりが、最後には俯いてしまった。
クソ、かっこわりィ。女々しいなァ、俺。


数秒たって、何も言ってこないぷぎをチラリと見てみる。



今度は俺が目を見開いた。



ぷぎ、…なんでお前、



なんでそんな顔真っ赤にしてんだ。




「…………ぷぎ?」

「……………ッ」



なんでお前がンな顔してんだ。


状況的に、



なァこれ、
期待してもいいのか?


俺だってそんな鈍感じゃねェ。
ここでその赤面の理由は分かる。
じゃあ、男慣れしてないからとか、単純に照れたとか、そんな理由じゃなかったら…そのときは






やめろ俺。変な…期待すんな。



「靖友………」


ついにぷぎが口を開く。
あぁ、耳を塞いじまいたい。
でもそれだとぷぎのソプラノの声が聞けねェなァ、そんなバカな俺を殴りたい。



「ぁ、やす…、私、今返事してもいい……?」

「え、いやおい、さすがにもっと考えてくれよ…傷つくぜ」



心の準備が、
急がなくていいっつーのに。


「あのさ、靖友、私が好きな人、靖友なんだよ…………」


ぷぎはただ重力の赴くままに頭を下げた。




「……………はァ?」




待て。
待て待て待て待て。


一旦落ち着け。
俺は荒北靖友…

恋する女々しい自転車乗り…

おいふざけんな誰だこんなん考えたの。



…俺か。


ぷぎが好きなのは……?

荒北靖友…?




「…………ッはアァア!!!?」



「ゆ、夢じゃないよな。靖友…私、靖友のことがずっと好きだったんだ」

「……な、にそれェ……」




…は、じゃあ待てよ。
俺はずっと自分に対して喧嘩売ってたってのか?




…勘弁しろ。


「ンだよォ…そうならそうと早く言え…」

「い、言えるわけないだろぉ!私案外女々しいんだぞ…」


表情の灯ってきたぷぎを見て、無性に愛しさが増して、抱き寄せて耳元を唇で擽った。


「…じゃあ、もう俺のモンでいーんだな」

「うぁっ…はい」


あ、やべェなんか幸せかも。
幸せってこれか。
やらけェあったけェイイニオイ。


これから俺が独り占めできんのか………




「……待て。お前、引っ越すんだったよな…」

「…あ、うん」


途端に寂しそうな顔をする(たぶん)ぷぎに生きててよかったとか思う自分を蹴り上げたい衝動は前より幾分か収まってきた。




「……ぜってェ浮気すんな、ボケナス」



これしか言えない自分を呪った。
今度は本気で。
監禁しちまえ、とか囁くな悪魔な俺。



「…あ、でもね、行くとこ総北だからさ、大会とかで会えるよ、きっと!それに、総北と箱学ってよく合同強化練習やってるでしょ?私向こうでマネージャーやるからさ、会おうよ!」



「…………」




速攻で総北のクソ野郎共全員に布石を働かなくては、と冷静に作戦を練る自分を今度は褒め称えようと思った。




ーーー
どうでもいいけど、名前変換しないと
荒北さんがめっちゃ鳴いてる小説。







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