起きたとき、隣に誰もいないのを確認して、当たり前だと冷静に考えながら、そこに空虚感を覚えた。
さっき夢で見た、そこにいたのは誰だったか。
いなくなったのは誰だったか。
初めから誰もいなかったシーツを眺めながら、瞬きを忘れながら、寝ぼけながら、まだ暗い部屋の中で充電中と存在を主張する携帯を弄って、誰かに電話をかけていた。
ツーコール、僅かに頭が冴えてきて、私は何をしているんだと我に返る。しかし、もうワンコールを許してはくれずに、その主は通話ボタンを押した。
『もしもし…………』
「…………」
いなくなったのは誰だったか。
声が詰まった。
『…もしもしィ?ぷぎだろ…………?ンだよこんな時間に』
声の主は至極眠たそうで、若干声は掠れていて。
「あ……あら、きた…」
自分の喉から出てきた声は、声と呼ぶには小さすぎた。
それでも、彼はそれを拾った。
『何……』
時計は4時を指す数分前で、荒北が起きる時間より1時間以上早い。
私が起きる時間なんて、2時間は後だ。
どうして起きたんだったか。
「あらきた…」
誰かがいなくなったんだったか?
そうだとしたらそれは、
『なァんだよ………言わないなら寝ちまうぞ?』
空が白み始めるのと同時に、脳みそがドクン、と骨を揺らした。
消えてしまったなら、それは彼だ。
「あらきた………しなないで」
『………ハァ?何言ってンノォ?』
気の抜けたような素っ頓狂な声が聞こえたと思ったら、今度は電子機器越しに大きなため息が聞こえた。
『どんな夢見たか知らねェけどよォ、俺が最後まで福ちゃん引っ張り終えずにいなくなると思ったかァ?』
「……………」
なんて彼らしい答えだ、と思った。
主将を引っ張り続ける役目を全うするという、自転車中心の生き方もそうだが、私が死ぬなと言うのに荒北は、「いなくならない」と答えた。
私がどんな夢を見たのか、本当は分かっているんじゃないのか。
「じゃあ、…まだ走るの?」
『ったりめェだろ』
ようやく安心を得られた気がした。
午前4時、太陽がカーテンの隙間を縫って光を注ぐ。
寒さなのか、それとも別の理由か、震えていた私の指は何もないシーツを撫でた。
「うん…こんな時間に起こしてごめん。じゃあ、」
『空…』
「え、」
『明るくなってきたし、どーせ1時間くらい起きるの早くたって変わんねェだろ。自主練でもしてよーぜ』
「………私ロード乗らないよ」
そう言うと、荒北は短く笑って、
『だァから、後ろ乗っけてやる。おめェのママチャリで散歩という名の自主思考整理練習』
そんなことを言われて、可笑しく思えたのが嬉しかった。
「思考整理は練習するもんじゃないよ」
心臓がちゃんと脈打っているのを感じて、私は壁の制服に手をかけた。
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