外に出られなくなったのは、本当に突然だった。
朝起きたとき、今まで自分がどうやって起き上がって、どうやって学校に行っていたのか、全く分からなくなった。
その日学校を休んでから、毎日意味のない生活を繰り返した。


何度も、自分が休んでいることに理由はないし、とってつけたとしてもそれは甘えになって、自分がどうしようもないダメ人間になったと実感した。
そう思ってもまだ現実を見たくなくて、問題提起をしたところでそれを解決しようとしないのは、生きてる価値もないわけで。




しかし世界は寛容でありながらシビアで、私が立ち上がればきっと救われるし、私が沼地に堕ちていくなら誰の助けも得られないことを知っていた。




それでも私は何かを信じる気持ちに欠けていて、





「どうせやっても」





変わらないんでしょ?






そういう目線しか世間に向けなかった。
本当は知っている。
私がどうして動けなくなったのか。
どうして外に出られなくなったのか。






コンコンー

ドアが数回ノックされる。
私が許可しないのを知って無断で入ってくる。
そんな輩は家族か、この人だけである。



「…靖くん」

「……今日晴れだぞ。何頭から布団被ってんだヨ」

「…別にどうだっていいじゃない」




靖くんは幼馴染で、引きこもるようになった私をなにかと気にかけてくれるけど、いわゆる「外の人間」なわけだ。
私からしたら彼は眩しすぎる。
太陽そのものなんだ。




「なァお前さァ…………」





靖くんは、光ってる。





「いつまでそこにいるわけェ?」







暗い部屋に立って、靖くんは冷ややかな瞳で私を見下ろす。
知ってる。
靖くんがここに来るのは、私のお母さんに懇願されたからで。
別に私が外に出なくなったことにはなんの興味もない。
母親同士の仲を取り繕ってやる、世間体を気にした行動で。




だって靖くんには私に構うことより大事なものができた。




中学のとき野球ができなくなってグレて、そのとき私がめげずに彼を支え続けたことには何も関係ない。
彼がここに来るのは、自己満足でもない。
私のためでも彼のためでもない。





世間から見て至極倫理的なこと。





「幼馴染が引きこもってしまったから明るい世界に引っ張り出す」





部活で忙しい靖くんはそれを母親に持ち出されたから仕方なく居る。






「…靖くんには関係ない」






靖くんには関係ない。






「…なんで」

「靖くんだって、関係ないって思ってるくせに」




そう言ったら、靖くんはひくりとして動かなくなった。


ほら、ね。
図星じゃない。




「俺が…」

「え?」

「俺がここに来るのは、親がどうしてもって言ったから?」



涼しい目元で、靖くんが言いたいことが分からない。


「『幼馴染が引きこもりになってしまったから仕方なく明るい世界に引っ張り出す』?」



靖くんは意味が分からないという顔をする私に一歩ずつ近づいて、見下ろす。



靖くんの言葉は、私が思ってたことそのもの。




「なァお前……そう思ってんの?俺が、お前に関係ない、『外の人間』だと思ってんの?」

「…………………」

「だったらなんでお前は俺の側にいたんだよ。俺がグレたとき、なんで変わらず俺の隣にいたんだよ」


「だってそれは、靖くんが」







…靖くんが?



私のあれは、倫理的だったからじゃないの?
靖くんだから支えてたの?





でも私は靖くんを元には戻せなかった。
靖くんを救ったのは福富くんと自転車だ。






「お前はどうでもいい人間のためにわざわざ休み時間のたびにクソ遠いクラスまで足運んでどうでもいい話聞かせんのかよ。毎日家に来て今楽しいもんとか流行りもんとか教えに夜中まで居座んのかよ。ずっとバカみてェに笑顔で接して、それでも変わってくれなくて1人で泣いたりすんのかよ。なァ、お前にとって俺ってなんなの?なんだったの?」





靖くんは一息で言い切った。
次第に表情は険しくなって、怒ってるみたいだった。






なんで、怒るのよ。



なんで、私がずっと辛かったこと知ってるの?
私がどんな気持ちで靖くん励ましてたか知ってるの。



「これでもわかんねェの?お前のこと知ってんのに、お前はわかんねェの?お前マジで救いようねェやつ、って、切り捨ててもいいの?」


「…………………や、……だ」






靖くん、私は、靖くんがいなかったら、ほんとは今日まで生きてなかった。



靖くんは眩しい。




靖くんはいつも合ってた。
間違えたのは野球をやめてから。



それから私が靖くんの前に立ってみて、それじゃ駄目だった。





それでも、少しでも靖くんの胸に響いてたなら、私は、




「靖くん、ごめん………ごめんね、ごめん靖くん」




私は靖くんの気持ちに応えなきゃいけない。
靖くんがそうしてくれたように。




「ほんと、は、知ってた。靖くんがどんな気持ちで私に接してたか。靖くんも知ってたんでしょ?私がどんな気持ちだったか」


「うん。…うん、俺馬鹿だからよォ、分かってて無視しちまって、お前傷つけてんの気づかないふりした。…俺はちゃんと知ってたから。ちゃんと聞いてた。ちゃんと見てたから」




だから動け。
俺が横に立ってるから。





「靖くん、……私が、なんで外に出なくなったか、分かる…?」

「…………何?」


「靖くんが眩しかったから」



靖くんが更正して、正直悔しかった。
私じゃ出来なかったことを、いとも簡単に福富くんが成し遂げて、光るようになった靖くんが憎かった。

私を1人置いて靖くんはたぶんそのまま走っていってしまう。
靖くんは風を受けて強くなれるけど、私は風を受けたら折れてしまう。



貧弱すぎるって分かってた。知ってた。





靖くんが遠かった。





「靖くんが側にいてくれなくなったら、私生きていけないと思った」

「……バッカじゃないのォ?俺置いてくつもりなんてさらさらなかったし、お前はずっと俺を支えるんだろォがよ………」

「…うん、今度はちゃんと支える」





(お前が支えててくれるなら、俺はお前をどこまでも連れてってやる)





もう、動けないなんてことはない。
私の我儘だけでは世界は回らない。
世間は寛容でありながらシビアで、そして立ち向かう勇気を生む。




外は、明るかった。




ーーー
…ん?なんか意味の分からないことに…。
脱線こわ。







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