「紗々!あぶねぇ!!」
ガンッ
「いっ………たいわ……………!」
マネージャーってもっと楽しいものじゃなかったのか。
好きなテニスをそばで見れて。
お手伝いして。
なんで人間離れしたテニヌ飛び交うコート脇でボール拾いしてて殺人アタックを頭に受けなければならん。
痛いので寝る。
「悪ぃ大丈夫か紗々!おい紗々!意識あんなら目ぇ開けろ。歩けねぇなら運ぶから返事しろ」
ぺちぺち頬を叩く跡部が霞んで見えるのであまり軽傷とは言えない。
みんなが心配そうに見下ろすけど私は仰向けの自分の鼻が広がっていないか気になる。
頭を打ったのでお言葉に甘えて運んでもらう。
当てたのが跡部だから跡部に運んでもらうのは理屈に合うが、すごく申し訳なくなった。
「跡部…」
「…なんだ。あんま無理して喋んな」
「やっぱり…ラケット持つの許可してもらえないですか」
運んでもらってる最中、死にそうになりながら跡部に訴えかければ、罪深そうな表情の跡部と目が合った。
「ああ…そうだな、この間は適当にあしらって悪かった。最低限身は守れたほうがいいな」
「ウッス…。助かるッス兄貴…」
「余裕なのか無理してんのかどっちなんだ。言動が心配だ。平気でも今日明日は無理すんなよ、いいな」
あの跡部が心配をするので悪寒が止まらない。
熱が出た跡部のせいで。
保健室に着くと先生を通して寝かされたが、ベッドが、硬くて安心しない。
跡部が心底心配そうに見下ろすので申し訳なくなった。
跡部、もういいから帰れ。
「…いてぇか」
「くそいたい」
「…1人で平気か」
「ダメだからがくとくん連れてきて。それかジローちゃん」
「余裕なのか無理してんのかどっちなんだよ。部活もそろそろ終わるからまた様子見にくる。それまでいい子で寝てろ」
「わかったからはやく行けよ」
いい子で寝てろとかよくシラフでそんなこと言える。
こんな硬いベッドで寝れるわけない。
保健室の先生は症状を細かに聞いてくるが自覚ありで脳みそに別状ないので話しかけないでほしい。
寝たい。
「…………ん」
「あ、お嬢ちゃん起きはった?」
起きて早々エロい人のヴォイスで耳がレイプされたので慰謝料を請求したい。
どうして忍足がここにいるの。
「起きれる?もう部活終わったんやけど」
「紗々!起きたかー!よかっよかった!」
のそのそと上半身を起こしてみるが、若干後頭部がズキズキくる。
がっくんやジローちゃんやその他いろいろ、私が目を覚ましたのに合わせてわらわらとベッドを取り囲みはじめた。
怖くてチビった。
「みんな待っててくれたん?寝てるの見たの?ブスだった?」
「そこ気にすんじゃねぇよ…。普通だったよ、普通」
「宍戸さん!デリカシー足りないッスよ!可愛かったって言っとかないと…!」
聞こえるように打ち合わせてたら意味ないけどね。
「クソ部は?帰ったのか」
「随分な言い草だな。部活の終了を報告しに行ってただけだ」
最後に跡部がにゅっと入ってきたので完全に取り囲まれ、逃げ場はなくなった。
逃げる必要はないが、逃げたい。
お年頃ゆえ男子に囲まれて少しの優越感と恐怖。
みんなもういいから帰れ。
「まだ痛むか」
ベッド脇に腰掛けて私の後頭部をさする跡部。
罪深そうに私の目をまっすぐ見る。
「くそいたい」
さっきよりはだいぶマシだけど、跡部なんかクソ部だからちょっと困ればいいと思う。
「くそて…。言い方もうちょい可愛くせぇよ」
出しゃばんな忍足。
実は痛み止めがあればぜんぜん平気そう。
あのわけわからない殺人アタックを受けて生きてるのだから案外私は逞しいのかもしれない。
「…送るか」
「え、いいよ歩けるし。おそらく」
「樺地。車を保健室前につけさせろ」
「ウス」
跡部おぼっちゃまは人の話を聞きません…。
ここが彼の低評価ポイントです。
リムジンで送ってもらうなんて絶対に無理なので必死に拒否した。
リムジンが来る前にこいつを止めなければならない。
「いいってほんと!私歩くの好きだし」
嘘だけど。
「あーん?強がってんじゃねぇ。俺様が送ると決めたんだ。口答えするな」
なんだこいつすごい腹立つ。
俺様振りかざすおぼっちゃまって嫌い!
「それがボール当てた相手に対する物言い?」
「……………」
「それに私日吉と付き合ってるから日吉と帰る」
チラッと周りを見渡してたまたま目が合った日吉を釣って跡部を退散させることにした。
日吉には申し訳ないがリムジンは嫌なのでしょうがない。
日吉は目に見えて狼狽えたが、すぐさま睨まれた。
嫌われたかも。
「あーん…?…………それは本当か、日吉」
跡部の纏う雰囲気が変わって、途端に空気が重くなった。
他のみんなは空気を読んだのか少し遠巻きに私たちを見ていた。
助ける気がないなら帰れ。
「いいえ、真っ赤な嘘です」
日吉は跡部の目をしっかり見据え、ハキハキと答えた。
今後日吉を頼るのは止めることにした。
「だそうだ。もう文句はねぇだろ。車も着いたころだ。行くぞ」
「え、…あの、本当に嫌なんだけど」
「なにがだ」
「リムジンが」
「…じゃあ何ならいいんだ」
「歩き」
「……お前歩けるのか」
おそらく。
ベッドを降りてヒョコヒョコ歩いてみたが、平衡感覚に問題はない。
少し頭が痛むがおよそ気にするほどのものではない。
その旨を伝えれば、跡部はフゥとため息をついて、私の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
「…じゃあ本当に大丈夫なんだな?歩いて帰るぞ」
みんなが安堵の息をついたのが分かった。
私ごときで心配をかけさせてしまって申し訳ない。
みんなは一人一人私に労いの言葉をかけて帰って行った。
跡部、もういいからお前も帰れ。
「さて、帰ろ」
「おい何1人で行こうとしてんだ。手ェ貸せバカ」
「えっなに?手汗かいてるんだけど…」
「気にしねぇから貸せ。俺様がお前を送るんだろうが」
「え、ほんとなんだ」
跡部が私の手をとって歩き出したが私は驚きで足が止まってしまった。
跡部は罰が悪そうに振り向くと、
「お前だからここまで心配してんだ」
一言呟いて前を向いた。
自分が当てた負い目に私を気にかけたのかと思ったが、違うらしい。
悪寒が駆け抜けた。
いや、違う。
単なる鼓動だ。
ちゃんと反応していたらしい。
跡部の優しい言動に。
「跡部、ありがとう」
「…なんだよ、素直じゃねーの」
「跡部いい奴だね」
「お前だからだ」
「…それやめて」
ドキドキしちゃうから。
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