1月29日。今日はあいにくの曇り模様。午後からはチラホラ雪も降るらしい。
コート越しからも伝わってくる寒さに、気を紛らわすように臨也はほうっと息を吐いた。吐いた息は白くなり、すぐに消える。

行きかう人間はやはり寒そうにマフラーに顔を埋めていた。


(もうそろそろ暖かくなってきてもいいものだけどなあ)


前に落ちてきてしまったマフラーを後ろへと巻きなおしながらそう考える。
これだけ寒くては携帯を打つ手が悴んで、仕事に支障が出てしまう。


臨也は今、昨日断った四木の依頼を果たすために池袋へ来ていた。
依頼と言っても、頼まれた情報を入れたUSBメモリを渡しただけですぐに終わってしまったのだが。
少し街を歩いてから帰ろうかなどと考えて足を進め続けている。


(……昨日は)


この街はどうなっていただろう。

そんなことを考えてしまう自分に、臨也は一人苦笑した。
1月28日は奴の前に現れない――それは高校の時に自分が決めたルールなのに、今更気にしてしまうとは。

あの天敵は、きっと上司や職場の人に「おめでとう」と声をかけてもらえたのだろう。
弟の幽君は忙しいからメールかもしれないけど、ドタチン達も遭遇したのだとすれば祝ってくれただろう。来良の後輩の彼らも、きっと。
そして夜には新羅の家で旧友と親友が人を呼んで祝ったに違い無い。

そのことを想像しただけで、苦笑だった表情が純粋な笑顔に変わる。

彼は――平和島静雄は、その祝いの言葉に少し照れながらも喜んでいたことだろう。
どんな一日を過ごしていたのか、昨日は一切情報を集めていない臨也は知らない。だが“静雄は喜んでいただろう”と言うだけで、臨也は心から喜んでいた。


できることなら、その喜ぶ姿を真正面で見てみたいけれど――

そんなことを考えていた時、臨也の後ろを何かが通り、そして斜め後ろで何かが地面に勢いよくぶつかった。


「……ゲ」


振り返り見ると、地面に横たわっているのは大きな店看板。
こんな物を投げるのは一人しかいない。投げてきた方向を向くと、予想通りの人物がいた。


「……やあシズちゃん」
「テメェ…何しにきやがった…!」
「嫌だなあ、お仕事に決まってるじゃない」


殺気を飛ばしてくる静雄に、臨也は笑顔を浮かべながらナイフを取り出す。
今は静雄の手には何も握られていないが、彼にかかれば周りにある全ての物が凶器に変わる。

いつ来てもいいように、臨也は戦闘体勢に入った――だが


「………」


一向に静雄は動かない。ただただイラだったように臨也を睨んでいるだけだ。


「……シズちゃん?どうしたの?何か悪い物でも食べた?ああ、ケーキでも食べすぎてお腹でも壊したの?わあ、シズちゃんでも内部は普通の人間なんだね憎たらしい!」


そう言って挑発してみるものの、静雄は物を手にしない。
何なんだと臨也が首を傾げたところで、ようやく静雄が口を開いた。


「…一応、俺の誕生日だったってことは知ってんだな」
「は?…あー、そりゃ、まあ」


どこか真剣な顔で言われて、臨也にしては珍しく歯切れの悪い返事をしてしまう。
誕生日に池袋に来なかったことを突っ込まれる前に、と先に口を開いて口実を喋る。


「いやあ、誕生日にかこつけて嫌がらせしようと思ったんだけど、粟楠会からの依頼が入っちゃったんだよねえ。本っ当残念だったよ。誕生日が命日になったらおもしろかったのに」
「嘘ついてんじゃねぇよ。テメェ俺の誕生日に来たこと一度もねぇだろ」
「そうだっけ?俺多忙だからなあ」


ハハッと笑って誤魔化す。

――まずいなあ、シズちゃん気付いてきてるよ。

流石に毎年会わないと気付いてしまうだろう。だが気付かれるわけにはいかないのだ。


「そんなに俺を祝うのが嫌かよ」
「…何言ってんのー?そんな次元の話じゃないじゃん。俺は仕事があるだけなの」
「舐めんな。他の奴に通じても、俺がテメェの嘘に気付かないわけがねぇ」


そう言った静雄のその言葉に少なからず喜びを感じてしまう臨也。
だらしなく緩みそうになった頬にハッとして、慌てて笑顔を作りなおす。


「わあ、そりゃすごい。じゃあ俺が祝うのが嫌だって言ったからって何?別に良いじゃん。誕生日くらいお互い会いたくないでしょ?」
「勝手に決めてんじゃねぇよ。俺はテメェに祝われたい」


は、


何気なく言われた言葉に目を丸くしてしまう。

――何。コイツ、なんて

何も言えないでいる臨也に、静雄は不機嫌そうに眉を寄せて言葉を続けた。


「テメェが来ないってわかった途端につまんなくなったんだよ。せめて今日祝ってけ」


ふん、と偉そうに言われて、臨也は呆気にとられてしまった。
俺が来なくてつまんない?…それは何と言うか知ってるんだろうか。


(…知らないだろうなあ)


知っていたとしたらこんな風に口にするはずがない。

臨也は目を細めて、自分の過去を振り返った。
高校の頃から嵌めて刺して轢いて撥ねて。気付けば顔を見た瞬間に殴られるようになってしまっていたけど。


(結局は自業自得なわけで)


気付いた時には後には戻れなかった。
もう好きにはなってもらえない。

ならばこの関係だけは壊さないように、自分の気持ちは押しこめて、誕生日は平和な日常をプレゼント。
自分は祝ってはいけないのだと言い聞かせていた。


(何この棚ボタ…いや、棚ボタとはちょっと違うか…)


頭が回転しない。その程度には焦って、浮かれている。
これじゃあどっちのプレゼントだかわからないな、と心の中だけで呟く。

緩んでしまう頬はもう仕方ないだろう。酷く穏やかな顔をしている自覚なんて、したくも無いのに。



きっかけの日




「……誕生日、おめでとう」

生まれてきてくれてありがとう。



▼あとがき
ありがとうは流石に口に出さない臨也。

シズちゃん誕生日おめでとおおお!!!
祝ったのは結局29日になってしまいましたが、一日後ぐらいがこの二人にはちょうどいいんじゃないかとかそんな言い訳じみた寝言言ってみる←
間に合わなくてこんなストーリーにしたとかじゃ…ないんだからね…ッ!

今回は第三者目線にしようと思っていたのに、気付けば完璧臨也視線。
そのせいで臨也が一体どこの乙女なのかと言う感じになってしまったorz

サイト開設当時と比べて文字数が増えてるんですが、これは進化なのか退化なのか。←