※「お姫様は王子様」の続き













臨也によって新しく入れられた日々也という王子様は、正直面倒臭い。


素直ではないし、生意気な口を利く。
意地っ張りなくせに失敗続きで見ていられない。

俺は男には基本興味が無いから最初こそあまり気にしなかったが、日々也はよく俺の横にいるから、嫌でも徐々に気になってくる。
一緒にいるのは別に嫌ではない。サイケ兄さんは津軽とべったりしていて、あの二人から俺たちが取り残されてしまうだけなのだから仕方ないと思う。
今だって、臨也の仕事用フォルダに二人きりだ。


「…今度は何したんだよ」
「まるで僕がまた何か失敗したみたいだね」
「したんだろうが。顔に出てんだよ」


俺と向かい会い、しかし目を合わせることはせずザバンザバン泳がせながら冷や汗をかく日々也の様子に、小さくため息をつく。
嘘をつけない性格なんだろうが…これはわかりやすすぎる。

あのな、と声を出した。


「何したかはしらねぇけど、悪いことしたら謝るのが普通だろうが」
「…何もしてないし」


冷や汗をかいたままぷいっとそっぽを向いてしまった日々也。

こうなってしまってからの日々也は強情だ。暫く何も言わないだろう。
まいったな、と頭をかいていたとき、違うフォルダから兄さんが移動してきた。


「デリックー!」


元気に名前を呼ばれ、兄さんのほうへ向きなおる。


「兄さん?珍しいですね」
「珍しいのはデリックだよ!デリックのフォルダのファイルがごちゃごちゃになってたじゃない」


びっくりしちゃったーと首を傾げながら言われ、は?と間抜けな声をあげてしまう。
その声に、日々也がビクリと肩を揺らした。


俺のフォルダは、言ってしまえば俺の部屋のような物だ。
好きな音楽や、画像や動画を保存してある。臨也に頼まれる仕事だって置いてある。
自分のスペースは大事にしたいし、仕事が混ざってしまっては大変だから、いつも整理をしている。
もちろん今日出てくる時だって綺麗にしていたのだが――


「…日々也」
「……な、何」
「お前か?」


その部屋がぐちゃぐちゃになっている。
肩を揺らしたのだから、間違いなくコイツが犯人だ。
現に今俺が視線をやっただけで、コイツは顔を真っ青にしてしどろもどろに声を出していた。


あの部屋には大切なデータがたくさんの入っている。
なにより大事な画像を残してある。見られたくもない画像を、コイツが見ていたらどうしよう。

だいたい、人の部屋に勝手に入るってなんだよ。


不安からイライラとストレスが溜まっていく。
日々也は何も言えなくなってしまったのか、眉を寄せて俯いてしまった。いつもは「仕方ない」と思えるその様子も、今ではストレスにしかならない。


「デ、デリック〜。そんなに怒らなくてもいいじゃない」


見かねた兄さんに言われ、自分が余程不機嫌な顔をしているのだと自覚する。
だが自分でも不機嫌な顔を直すことができなくて、しかも発した声すら不機嫌なそれになってしまっていた。


「…何か言うことあんだろ」
「…………」


謝ることもできない日々也のプライドの高さは知っているが、今回ばかりはムカついた。
ごちゃごちゃになったこと、勝手に部屋に入ったこと、今謝れないこと、ああもう全て全てイライラする。


俺と日々也の間で兄さんがおろおろと俺達の顔を見比べている。


「やめようよ、ケンカ、よくない。実によくない!」


臨也の真似だろうか。兄さんがそんな口調で仲介に入ろうとするが、ムカムカは治まらない。


「ぼ、僕悪くない…っし…!」


仕舞いには目を逸らして意地を張った日々也に、ブチンと堪忍袋の緒が切れた。


「…謝ることもできねぇのかよ…!いつもいつもくだらねぇ意地張りやがって、付き合ってらんねぇ!もう俺の部屋にも俺にも近付くな!!」


だが、怒鳴った瞬間にハッと理性を取り戻す。
取り戻したからこそ、目を見開いて眉を寄せ、絶望したような日々也の表情が正確に視界に入ってきた。

一瞬罪悪感に駆られるが、そのまま謝る気にはなれずに日々也と兄さんに背を向けてフォルダから出た。












――あああああ、クソクソクソクソクソクソ!!
イライラしているせいで自然と広がる歩幅でパソコン内を歩き、自分のフォルダに入る。

中に入れば、確かに部屋がごちゃごちゃになっていた。
だが散乱しているというだけで、どうやら物は壊れていないようだ。

そのことにホッと息をついて、しゃがみこんで整理に取り掛かった。


『――デリック、今朝渡したデータ纏めてある?…って、何この惨状。日々也のフォルダみたい』


ふいに聞こえてきた臨也の声に顔を上げると、画面越しにこちらを見てくる臨也が見えた。


「…日々也がめちゃめちゃにしたんですよ」
『あー…そう。じゃあデータは見つけたら返してね。こっちで纏めてあげるから』


呆れたようにため息をつく臨也に、小さく「はい」と返事をする。
臨也に気を使われたことは気に食わないが、この状況では仕方ない。とりあえず整理をしながら言われたデータだけ探す。

部屋を片付けていたら、うつぶせに倒れているフォトフレームに気付いた。
散乱させている間に倒れてしまったんだろう、どうやらこの中身は見られていないようだ。そのことに一人ホッと息を吐く。


『それなんの画像だい?』


聞こえてきた声に、臨也がまだ見ていたことに気付く。
臨也を見上げながら、フォトフレームを胸に抱えて画像を見えないようにしてみるが、『見せて』と命令されては逆らえる訳も無かった。

画像を臨也に向けて見せると、臨也の目が僅かに見開かれる。


『…日々也じゃないか。馬に乗れた時の?』


飾っていた画像は、日々也が初めて馬に乗れた時の物だ。
嬉しさを隠そうとして、でも隠せていなくて嬉しそうに僅かに頬を染めている日々也の姿が映っている。


「……記念にと思って」
『ただの記念の品なのに、見られるのが嫌なんだ?』


ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべる臨也に舌打ちをする。

そうだよ。ただの思い出の品を見られるのが嫌だった、それだけだ。
日々也が俺を好きなのは知っているし、こんなもの見られて勘違いでもされたら……。


『日々也は、君は日々也のことを好きではないと思っているよ。それでも見られたくないわけ?』
「……ええ」
『勘違いされる不安要素が、何か他にもあるのかなあ』


意地の悪い質問ばかりしてくる臨也を睨みつけると、『怖い怖い』と更に笑われた。

だが、その笑顔はすぐに温かい物に変わる。元々臨也の笑顔は嫌いだが、この笑顔はひときわむず痒くて嫌だった。


『いい加減正直になればいいのに』
「何にですか」
『全部さ。君、あの子が好きだろう』


正直シズちゃんの顔した奴が他の男に惚れるなんて腹立たしいけど、事実だろう?

言われた言葉に目を丸くしてしまった。
俺が日々也のことが好き?…とうとう馬鹿になったのかこの男は。


「まさか。俺は女性が好きなんですよ」
『好きでもない奴の画像を飾るの?』


その言葉に、何故かギクリとして目を逸らしてしまう。


「これは…だから記念に残してあるだけで」
『それを日々也に見られたくなかったのは、日々也に君の想いがバレるのが怖かったからじゃないのかな』
「俺は…」
『女性が好きだって?俺の目を見て言ってみなよ』


言われて、言ってやろうじゃないかと臨也のほうへ視線を戻す。
だが、真っ赤な目に見られて口が開かなくなってしまった。

――女性が好きだ。それは間違いないのに、この後ろめたさはなんだ?

ふう、と臨也が呆れたようにため息を吐いた。


『なんでそんなに頑なに否定するのかなあ』
「あんな意地っ張り…好きになる訳ないでしょう」
『シズちゃんは本当にどうしようも無いくらい意地っ張りでツンデレさんで、俺のことを全力で殴って殺しかけるけど――俺はシズちゃんが好きだよ?』


肩をすくめ言われる言葉に、また俯いてしまう。
頭上から降ってきた臨也の言葉に、下唇をかみしめた。


『意地っ張りはどっちなのかな』

















――思わず逃げるように自分のフォルダを飛び出した。


俺が意地っ張り?何を言って………


そう思うものの、前のように完全否定できない自分に愕然とした。


仮に、仮にだ。
俺が日々也を好きだとして、今のこの状況はどうしたらいい。
好きな奴を自分から切り離してしまったこの状況は。

…仮にだと言っているのに、思わず泣きたくなってきた。

気にしていないと謝ろうか。いや、俺が謝る必要なんてかけらも無いのに、なんで俺が動かなくちゃいけねぇんだよ。
そんなことを思いながら歩き続ける俺は、やっぱり意地っ張りなのかもしれない。

意地っ張り同士が喧嘩してたんじゃ、一生終わらないよな――寂しく思いながらもそう考えた時、後ろから聞きなれた声が聞こえた。


「デ、デデ、デデデディック!イタイ!舌噛んだ!」


声だけでなく、その口調や噛みっぷりで誰だかがわかってしまった。
一瞬振り返ることを躊躇するが、また意地を張ろうとしている自分に気付いてバッと勢いよく振り返る。


「……は?」


振り返った先にいたのは日々也だった。間違い無く日々也だったのだが――その姿は、金色のマントを上から被っているせいで見えなかった。

大きなマントの下でウゴウゴと動いている日々也に、こいつは何を遊んでいるんだろうかと思う。
だが、もごもごと喋る日々也にすぐに真意がわかった。


「ぼ、僕の顔見たくないかと思って…は、配慮してあげたんだがら、近付いたのは見逃してよ!」
「…はあ?」


どうやら、俺が顔も見たくないほど日々也を嫌ったと思ったらしい。
それに加えて、日々也自身が顔を合わせづらいのだろう。配慮でもなんでも無いじゃないか。
しかしそうまでして俺に近づいたのは何の用なのか。首を傾げた俺の姿は見えていないはずだが、日々也はまた声を発した。


「………ご、めん…」


聞き逃してしまいそうなほど小さい声で言われた謝罪の言葉に、目を見開いた。

誰よりも意地っ張りで、プライドが高くて、今まで謝ったことなんか一度も無かったのに、と心中でかなり驚く。


「臨也から仕事渡されたって知って、デリ、仕事すると僕のこと放っとくから、でも、データ探してたらフォルダが」
「…仕事?」
「僕が、手伝ったら、日々也の仕事減るかと思ってっ」


金色のマントが小さく震えているのが見えた。それに気付いて、心臓が締め付けられたように痛んだ。

俺を手伝おうとしての結果を、知らなかったとはいえ酷く怒ってしまった。
コイツの性格なら「僕だって頑張ったのに、怒るとか意味わかんない」とか言いそうなのに、今どれだけ頑張って言葉を発していることか。


「でもよく考えたら、僕本当に、王子のくせに何やってもダメだしっ、馬だって、デリックいないと乗れなかったし、フォルダめちゃくちゃにして怒らせるし…っ!」
「そんな…」


馬は乗れるまで努力していたことは知っているし、他のことだって努力している。
それに今ままで、ダメだということを認めなかったのに、それなのにここまで言わせるなんて――ここまで言ってくれるなんて。


「でもまだ頑張るから…近付くななんて言わないで…!!」


今どれだけプライドがズタズタになっていることだろう。


気がつけば、俺は震えている日々也の体をマントごと抱きしめていた。
ビクリと驚いたように日々也の体が震える。
安心させるように背中を叩いてマントを取ってやったら、その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「…ひっでー顔」
「う、るさいよバカ…!!」


ごめんな、と小さく謝って、落ちつかせるためにポンポンと背中を叩き続けた。



落ち着いてきたのか日々也の涙が止まったのを見て、改めて口を開く。

――俺も意地を張っている場合じゃないし、な。


「……怒鳴って悪かった。傍にいてくれよ。俺は、お前が――ムガッ!」
「!ダ、ダメだよ!」


告白をしてやろうと思った俺の口を、日々也は慌てたように両手で塞いだ。

折角覚悟を決めたのになんてことをするんだと、口をふさがれたままジロリと睨む。 だが日々也は怯むことなく、顔を真っ赤にして「君が言ったらダメなんだよ!」と叫んだ。


「君が何言おうとしてるかは分かったし、…なんでそんなこと言ってくれるのかわかんないけど、嬉しい。…嬉しいけど、君がどんなにかっこよくても、王子は僕だ、その言葉は言わせない!」
「………」


必死になっているその顔とその言葉にポカンとしてしまうと、日々也が口から手を外した。

何も言えないでいる俺の前で、バサリと音を立ててマントを羽織る日々也。
そしてその場で片膝をついて俺を見上げてきた。


「……!」


そっと手を取られて、真っ直ぐに金色の目で見られて、思わず体がこわばる。

こんな――本当に本物の王子のような日々也は初めて見たから、驚きもあって無意識に息をのんでしまう。
ドクドクと心臓がいつもより早く大きく脈打っているのがわかった。

ねえ、と発せられた言葉に、カッと耳まで熱くなる。


「僕は君が好きだよ。だからずっと傍にいてほしいんだ――デリック」


その言葉に俺は、まるで魔法にでもかけられたかのように素直に頷いた。





意地っ張りなプリンセスの呪い


それを解くのは王子様だけ



▼あとがき
40000HIT味噌さんリクエストで「お姫様は王子様の続き」でした。
日々也とデリックの性格が固定されていない感じがありありと表現されてしまいましたが…ど、どうでしょうか。

意地っ張りな子が、特定の相手には素直になる感じっていいですよね。
ヘタレな子が、いざという時には頑張ってくれる感じも大好物です。だからって詰め込めばいいってもんじゃn(ry

最近の日々也君は更に敬語紳士キャラがネット上で固定されてきていて若干焦っています。
べ、別に萌えてなんか…あるんだからね…!
でもこのヘタレ子供っぽ日々也を突き通す私もよっぽどの意地っ張り←
可愛いって言ってくださったのが更に決意を固めさせました←←

リクエストありがとうございました!