Tell me why./前






「おはよう、新羅」
「………」
「何、その顔?」

実に爽やかな声が背中越しに聞こえてきて、新羅は疲れたような顔でその声の主を振り返った。余程自分の顔が暗いのか、臨也が嘲笑を浮かべたような顔で「病んでる」と指摘してくる。

――…何て言うか…

「……今後臨也とは余り…関わらないようにさせて貰うよ」

先日の光景をまざまざと思い出して、新羅は更に表情を暗くしてそう言った。流石に驚いたような顔の臨也が、首を傾げて問う。

「俺、何か悪いことしたかな?」
「いや、それはいつもだけどさ……」

はぁ、とついため息が漏れる。

――ていうか、あんなのを見たあとでいつも通りに接しろっていう方が無理だよ

新羅が途方に暮れている傍ら、臨也は真意の読み取れない微笑みを顔に貼り付けている。
そんな臨也に、何もかも見透かされているような気がして、少しだけ気味が悪く感じられる。

「あ、そういえばさぁ」

教室に続く廊下を、新羅のあとについて歩きながら、臨也が思い出したように声を上げた。新羅は反応せずにただ歩き続ける。
「俺――彼女出来たんだよね」


――キュィイッ

瞬間、内履きの先が廊下の床に突っかかって摩擦で引き止まり、上体がつんのめった。真横から臨也の高らかな笑い声が響く。

「あはは!そんなに驚かなくても」
「――驚いたも何も!……やっぱりあれは現実か……白昼夢じゃ無かったんだ…」
「ん?」
「いやっ、何でもないよ!!」

新羅の脳内に、昨日の光景がリプレイされる。

――「好きだ」
――「シズちゃんかわいい!」

「……お、おぞましい」

ぶるり、と寒気が走って腕をかき抱く新羅。しかしそれらは全て彼の勘違いなのだが――新羅自身は、その過ちに気が付いていない。

「おい、さっきから様子が変――」
「そそそ、そんな事ないよッ!至って普通だよ?!」
「まぁ、新羅が変態的なのはいつもの事として……」
「………」

(セルティに言われると嬉しいのに…変態に変態と言われるのってやっぱりムカつくな…)

一瞬沸き起こった怒りのようなものを押し込んで、新羅は臨也の言葉の続きを待つ。

「新羅にお願いがあるんだけどさ。」
「何?嫌な予感しかしないけど。」
「俺に彼女が出来たって、シズちゃんに伝えて欲しいんだよ。『だからもう君の喧嘩相手をしてられない』って」
「………え?」

――な、なんだ…。どういう経緯であんな会話になったのかは解らないけど、取り敢えず二人は何でもなかったんだな……

と、ほっと胸を撫で下ろす新羅。どこか引っ掛かる物言いではあるし、わざわざ静雄に報告しなければならないものでも無い気がしたが、今の新羅にとっては、二人が"そういう関係"にない事を確信出来た事が一番大きなポイントだったために、特に疑問も持たずに頷いた。

「ああ、別に構わないよ」
「本当?…助かるよ新羅、じゃ」

こちらに手刀を切って、臨也は直ぐに姿を消してしまった。

――家に帰ったらセルティに報告だなあ……


  ・・・・・

昼休み

女子高生たちの嬌声が響き、何が面白いのか固まって爆笑している男子たち――そんな午後の喧騒に包まれた教室の隅で、静雄は弁当箱を机の上に広げた。

「――…ピーマン入ってるし」

ぽつり、と呟いた時、弁当箱の上に影がかかって顔を上げた。

「静雄、ピーマン苦手なの?」
「……なんだ、新羅か」

教室で食べるの珍しいね、等と喋りながら、静雄の数少ない友人と呼べる人物の一人が目の前の席の椅子を引いて座った。
静雄の机の上に、新羅も先程買ったらしいパンを置く。どうやらこのまま一緒に食べるつもりのようだ。

そのとき何気なく見やったパンの袋。

「あ、それ…」
「ああ、これ好きだったっけ?」

そう訊かれて、少し恥ずかしくなって思わず「別に」と否定した。

臨也にからかわれてから一度も口にしていなかったお気に入りのイチゴクーヘン。バームクーヘンの生地に苺の果汁を練り込み、層の間に挟んである苺ジャムと苺クリームが美味しい、この高校の購買の人気商品だ。直ぐに売り切れるので、間に合いそうに無いときは教室の窓からこっそり飛び降りたりして、いつも一番に駆けつけていた。

今となっては懐かしい。

「…………あげようか?」
「え、……ぁ、いい!」

思わぬ言葉に心臓が跳ねた。
うん、と喉の奥まで出かかって、しかし我慢する。余りにも子供っぽい気がしてならなかったからだ。新羅は、そう?と返しつつ袋をびり、と開いて、それを食べ始めた。

「………」
「………」

特に気にはならないが、周りの喧騒とは対極的に無言の二人。ピーマンを避けつつ、静雄もぱくぱくと弁当を食べていく。

そんなとき、新羅が口を開いた。

「……あ、そうそう静雄。怒らないでね」
「あ?」

いきなりそんな事を言い出したので、訳が解らず新羅の顔を見る。イチゴクーヘンを半分程平らげた新羅は、気まずそうに視線を泳がせ、「臨也が」と口にした。

――バキッ

「……だから怒らないでってば」
「あ、ああ…悪い。」

折れて床に落ちた箸を拾い上げながら、静雄は軽く謝罪する。何となく後味が悪くてペットボトルのお茶に口を付けると、ゴホン、と新羅が咳払いをして仕切り直した。

「…………臨也に彼女が出来たらしいよ」
「――ッ、ごほ!」

口に含んだお茶を吹き出しそうになり、慌てて飲み込んだ結果気管に入り込んでしまった。噎せて録に言葉を発せない。新羅が目を丸くして背中を擦ってくる。

「だ、大丈夫?!」
「っ…」

目に生理的な涙が浮かぶ。
それよりも、先程の新羅の言葉が静雄の脳内でリフレインしていた。

――臨也に彼女が出来たらしい

「……それ、本当か」

辛うじて出た第一声。
それは心からの疑問だった。
新羅は苦笑しながら、「本人が言ってたんだ」と、さすっていた手を離して立っていた席に再び着いた。

「それじゃ嘘かもしれねーじゃねえか」

と、静雄は眉をひそめる。

「かもねぇ」

と、新羅。
彼は再びイチゴクーヘンを手にした。箸が無くなった為に、残り半分の弁当が食べられなくなった静雄はため息を吐いて、不貞腐れたように机に肘を突く。

――あいつに彼女、か

もやっとしたものが、胸の中で渦巻く。お腹がまだ空いているのだと思った。

すると唐突に、眼前に何かが突き出された。

「自分に嘘を吐くのは良くないよ、静雄」
「……」

新羅の食べかけの、イチゴクーヘンだった。

「一つだけ質問に答えてほしいんだけど、」
「…なんだ?」
「君たちってさ、ホントのとこは仲良いんじゃななななな―――ぁああごめんなさいっ!!!」

一口かじったけれど、味がしなくなってその後は止めた。



  ・・・・・

「彼女……か」

ふと、何ヶ月か前の事を思い出した。自分がある女子生徒から告白を受けた日の事だったが、その日、臨也がその女子と連れだっているのを見た事を覚えている。

―――まさか

あの女子が今の臨也の彼女なのだろうか、と静雄は考えてしまう。

すると、再び胸の中をもやっとした塊が渦巻いて気分が悪くなってきた。関係ない…そう、関係無いことなのだ。臨也に彼女が出来ようが出来まいが、自分には全く関係の無い話ではないか。

――関係ない

忌々しい。
人の思考にまで入り込んで来やがって、本当にムカつく奴だ。思い返してみても、本当に録な思い出がない。いつだって静雄は臨也に振り回されてきた。

「……あぁあ…やっぱムカつく…」

大人しく授業を聞いてられる自信が無くて抜け出してやって来たこの来神高校の屋上。明らかに不機嫌なそれと分かる雰囲気を撒き散らしながら、静雄は、取り敢えず何処かで日向ぼっこでもしようと辺りを見やった。
すると、水道タンクの裏の方に何かが蠢いたのが見えた気がして、そっと近付いてみる。


少し好奇心が湧いて、静雄は物陰に隠れながら徐々に歩み寄っていく。遂にタンクの真下の、その人物にとっては死角になる所にしゃがみ込んで、そっと耳をそばだててみた。

すると、何やら声が聴こえてくる。どうやら独り言のようだ。……癖なのだろうか?

――て、いうかよ…

「これ…ノミ蟲野郎の…」

何となく。

初めからそんな気はしていたが、頭上から漏れ出てくる声が紛れもなく仇敵のそれだと静雄は確信した。
――瞬間、

静雄は壁に手を掛け、タンクのある上に駆け上がろうとした。しかし、その動きは、恐らく臨也なのであろう人物の盛大な独り言によって阻まれる事となる。

「――…なんであんな奴の事なんか好きになっちゃったんだろ…」






  ほんと

   何でだろう




溜め息混じりに呟かれた言葉に、身体が固まって動かなくなった。それは――それはまるで、今までのあの男を感じさせる嫌味が何一つ籠っていない、純粋な、恋慕のそれのようだった。



『臨也に彼女が出来たらしい』


――…そういうことか


性格悪いのに、あんな奴と付き合えるような物好きも居るのか

そう思っただけなのに、何故か息が苦しくなった。










***
「miserablE」のテルルさんに、相互記念にリクエストさせていただきました「臨也に彼女ができたという噂に、無意識に嫉妬する無自覚臨→←静」。

連載の一部に組み込んでいただきまして…!(よろしければ見ていただけたらと思います)
これから二人がどうなっていくのか、とても楽しみです。そして何よりシズちゃんの心の動きにキュンキュンします!
来神時代の連載は大好きなので、凄く嬉しかったです。

では、リクエスト消化&相互ありがとうございました!!