太陽が真上に来ている時間、俺は池袋にいた。
昨日までずっとまとめていた情報を、やっと今日取引先に渡したのだ。


(……疲れた…)


ただそれだけを思う。

長年シズちゃんの相手をしていたとはいえ、シズちゃんとは違って俺の体力には限界がある。


今回の仕事はお得意様への、いつもの何倍もの報酬での情報提供。
その提供が期限付きだったせいで、しばらく徹夜が続き、飯も簡易食しか食べていない。

本当に、人間が好きでなければ辞めていると思う。こんな仕事。

しかも情報の引き渡し場所に池袋を指定されるなんて最悪だ。

池袋にいると、8割シズちゃんに見つかる。
ああ面倒だ。願わくば残りの2割が今日であってほしい。


今日シズちゃんに出くわしたら、俺死ぬんじゃないかな…

ぼんやりとそんなことを思う。なら、彼にあってしまう前に早く帰ろう。


いつもより重い足を引きずりながら駅へ向かう。
人通りが多いが、今は人間観察をする気にもなれなかった。
この俺が、だ。本気で疲れているのを実感してしまった。


早くマンションに戻ってベッドで寝たい…思わず出てきた欠伸を噛み殺していると、運の無いことに、背後から聞きたくなかった声が聞こえてきた。



「いーざーやーくーーん」



…やっぱ、日頃の行いが悪いのかなぁ。

自嘲気味に振り返ると、そこには青筋を浮かべてこちらを睨んでいるシズちゃんの姿があった。


「…シズちゃん…」

小さく名前を呼ぶ。呼んだからって彼が反応するわけもないが。
シズちゃんは吸っていた煙草を携帯灰皿に入れると、ふぅっと煙を吐き出した。


「池袋にはくんなっつったよなァ?」


言われた言葉に、今日は別に悪さをしに来たわけではないことを、一応告げてみる。


「…今日は本当に仕事に来てただけなんだよ?見逃してくれないかなぁ」


言ってみてもやっぱり俺の言葉に耳を傾ける気は無いらしく、相変わらず殺気を飛ばしてきた。

その様子に肩をすくめて「…くれないよねぇ」と苦笑する。
それからシズちゃんにいつもの笑顔を向ける。


「悪いけど、俺はシズちゃんほど暇じゃないんだよね。…だから、今日は相手にしてらんないや」


それだけ言うとシズちゃんに背を向けて走る。

このまま運よく早々に逃げられればいいんだけどなぁ。逃がしてはくれないだろうなぁ。

まあ走るだけなら、と気力を振り絞る。

だが背後から、俺の気も知らないで「逃げてんじゃねぇぇええ!」という叫び声が聞こえてきた。


逃げるよ、疲れてるって言ってんじゃん。これだから単細胞は!


チッと舌打ちをすると、背後から今度はゴゴッと重い音がした。
まさか、と首だけで振り返ると、見えたのはコンビニのゴミ箱を持ち上げているシズちゃんの姿。


「やば…」


足止め方法に“とりあえずめちゃくちゃ重い物”ってどうなの?平穏に過ごしたいんじゃないの?


こっちに向かって容赦なくなげられたそれ。
いつものように避けようと思ったが、今日は足が重くてうまく避けられなかった。

急接近してくるコンビニのゴミ箱に、もう一度舌打ちをする。
だからシズちゃんには会いたくなかったんだ。


ゴミ箱が体にぶつかったのを合図に、俺は意識を手放した。

















「−−…ん…」


意識が浮上してきて目を開けると、何度か見たことのある天井が見えた。


この天井は…ああ、新羅のマンションか。


自分の現在地を特定して、横になったまま首を動かす。
顔を横に向ければ、見慣れた新羅の家の部屋。やっぱり新羅の家だったか。


倒れてそのまま運ばれたのか。セルティがたまたま通りかかったりしたのかな。
心優しい運び屋を思い浮かべて、少し笑みを浮かべる。


(だとしたら、よかった)


心底そう思う。

何せシズちゃんの前で倒れたのだ。
…最悪、目覚めれない可能性もあった。


危ない危ない、と笑っていると、ドアが開く音が聞こえた。


「おや。…何笑ってるんだい?気持ち悪い」
「酷いなぁ。友人が生きている実感を噛みしめてるっていうのに」


部屋に入ってきた新羅は、俺を見るなり眉を寄せてそう言ってきた。

まったく、気持ち悪いなんて心外だ。


新羅がベッド横の椅子に座ったから、上半身を起こそうとした。
しかし、それを新羅に手で止められる。


「栄養失調と睡眠不足だ。もう少し安静にしていたほうがいい」
「…ああ、そう」


新羅の言うことを聞くのは癪だが、医者としての腕はいいので大人しく言うことを聞いておこう。
力を抜いて、体をベッドに預けた俺に、新羅がわざとらしく溜め息をつく。


「君が運ばれてきたときは驚いたよ。まさき驚天動地だ。
 どれほど根をつめたんだい?僕とセルティに迷惑かけるのだけはやめてくれないか」
「ごめんごめん。予想以上に面倒な件だったからさぁ」


せっかくセルティと2人っきりだったのに…と小さく愚痴る新羅。
相変わらず変な性癖を持ってるねぇ、と笑っていたら、「まあそれでも」と新羅が言葉を続けた。


「今回は見逃してあげるよ。静雄が運んでこなかったら危なかったかもしれないし」


「……え?」


言われた言葉に違和感があって、思わず声をあげた。

誰が運んだって?


「だから、静雄が君をここまで運んでくれたんだって」


何その冗談。
そう思って眉を寄せる。

恨んでいる相手を医者まで運ぶほど、彼は馬鹿だっただろうか。

俺の疑問に気づいたのか、新羅が少し楽しそうに口を開く。


「不思議かい?僕も不思議に思ったから本人に聞いたんだけど…静雄、なんて言ったと思う?」
「…?」



「『あいつが俺以外の理由で死ぬなんて我慢できねぇ』だってさ!」



伝えられた言葉に、「はあ?」と間抜けな声をあげてしまう。
だってそうでしょ。何それ。

理由なんて関係なく俺が死ねば清々するんじゃないかなぁ、と疑問に思っていると、新羅がふふっと笑った。


「死ぬときは自分の手でなければ許さない、なんて−−


ねえ、ちょっとした愛の言葉みたいじゃない?」










「…お」
「……あ」


俺は今、池袋に来ている。

体力も回復したから、久しぶりに純粋な人間観察に来たのだ。
そしたら、またしてもシズちゃんにばったり出くわした。

今日は二人とも予想してなくて、出会い頭で間抜けな声を上げてしまった。


「…やあシズちゃん。奇遇だね」
「おお」


今日はシズちゃんの周りの空気が穏やかなのを感じながら、試しに話しかけてみたら普通に返された。


わあ、まともな会話とか俺たち何年ぶりだろうね。一言づつだけど。
でもどうしたの、いきなり大人しくなって。


穏やか、というか、どこか安心したようなシズちゃんを疑問に思っていると、煙草に火をつけてからシズちゃんがポツリと小さい声で俺に訪ねた。


「…体、もう大丈夫なのかよ」


聞かれたことに、えっと驚きながらも言葉を返す。


「あ、うん。…もうすっかり」


そう答えたら、それを聞いたシズちゃんが心底安心したように微笑んだ。




「…そうか」




「−−−っ!」


今の顔は無意識だろうか。

あまりに綺麗だった笑顔に戸惑った。
全身の血液が集まったんじゃないかというくらいに顔が熱くて、酸素がまったく足りていないかのように心臓がバクバクと動く。

何故ここまで反応してしまうかと言えば、ここ数日ずっとシズちゃんのことを考えていたからだ。
そんなときに、見たことが無い笑顔なんて、見たから。


脳内に新羅の言葉が響く。




−−ねえ、ちょっとした愛の言葉みたいじゃない?




違う。違う。
愛の言葉なんかじゃなかった。あれは、そうだ


恋に落とす言葉

(ほら、俺はこんなにも簡単に落ちた)



▼あとがき
夜のテンション…駄目…絶対…!〈●〉〈●〉(カッ

最初こんな話じゃなかったのにな。あれれ〜?


シズちゃんは臨也が倒れたら普通に心配してくれると思う。
臨也はシズちゃんが倒れたら内心で気にすると思う。

話変わるけど、これ臨静でいいのかしら←