「――君のことが好きなんだけど、付き合ってくれないかな」


いつもの喧嘩を始める前に、突然臨也はそう言った。
幸い大通りではなく人気のない場所だったから、他の人に聞かれることはなかった。


「……え…」


臨也の言葉。真剣な表情。真っ直ぐ見つめてくる瞳。
それを真正面から受けて、鼓動が速く大きくなって、標識を掴んだまま体が動かなくなった。

正直混乱してしまった。元から遅い頭の回転が更に遅くなってしまった。


…だが、ずっと好きだった相手に告白されて、付き合おうと言われて、喜ばない奴がいるだろうか。


高校時代から、俺は臨也が好きだった。
コイツは俺の力を受けても逃げないから、多分それで惚れてしまったんだと思う。自分でも自分の感情はなんて単純なんだと呆れてしまう。

だけど好きで、どうしようもないくらい好きで、いつも化け物だと言ってくるその言葉に傷ついて――だけど、今日は俺に好きだと言ってくれた。

これに喜ばない奴はいない。縋らない奴はいない。

もちろん頷いた俺に、臨也は心底嬉しそうに笑った。


「本当?…嬉しいよ、ありがとうシズちゃん」


お礼を言うのは俺のほうなのに、と思いながらも、嬉しそうな臨也の表情に幸せな気持ちになった。



――だがその日、臨也と別れて家に帰りふと思った。


(…本当か?)


突如浮かんできてしまった疑問。

俺のことを化け物だと呼んで、ナイフを向けて、振るいたくもない暴力を振るわせていた。
そんな奴が、俺を好きだなんて言うのか?
いきなりこんな幸せが降ってくるものなのか?


(…普通…ない、よな)


アイツは何度も俺を嵌めた。今度の言葉が罠じゃないなんて、そんな保証はない。

もしかして、俺が臨也のことが好きなのだと気付いて、騙して、最後に裏切って捨てて傷つけるつもりなんじゃないのか。

俺は臨也のことが好きだけど、臨也の酷い性格は誰よりもわかっていた。


――ああ、ダメだ。こんな気持ちでは付き合えない。


不信感を抱いたままでは付き合えない。捨てられることを恐れたままでは付き合えない。
明日、「やっぱり無かったことにしてくれ」と言おう。それは俺にとってかなり辛いことだし、無責任だと罵倒されるかもしれないけど、言わなくちゃいけない。
















――そう思っているのに、結局言いだせずに3ヶ月が経っていた。


「シズちゃん、プリン買ってきたんだけど食べる?」
「…いや、いいよ」


新宿の臨也の事務局兼自宅にて、そんな会話をする。
笑顔で問い掛ける臨也に素っ気なく答え、ソファに座ったままテレビから視線を外さない。そんな俺にも、臨也は「そっかあ」と明るい声を出す。

臨也のことだから、きっと無駄に高いプリンなのだろう。
本当はすごく凄く食べたいが、そんな気持ちは必死に隠した。

臨也は自分と俺の分の紅茶を持ってきて、前にあるテーブルに置き俺の横に座った。
だが俺はその紅茶に手を付けず、タバコを取り出す。


――ダラダラとこの関係を引きずってしまっている俺は、二人きりになっても臨也に隙を見せることをしなかった。

出された物は口には入れないし、貰った物も包装紙を開けることなく家に置いたままだ。臨也に触れる行為だって一切しない。

それなのに臨也は、そんな俺に何も言わずに微笑んでいるだけだった。
さっきみたいにプリンを断っても、目を合わせなくても、キスを拒んでも、臨也は何も言わない。
何を考えているのかはわからないが、その笑顔が更に俺に罪悪感を与えていた。

臨也は俺を騙してるんだ。
プリンにも紅茶にも、毒が入っているかもしれない。キスなんかしたら、後からそれで何か言われるかもしれない。

そう言い聞かせて、本当は臨也に触れたいという衝動をグッとこらえていた。


「…シズちゃん」
「え…あ、なんだ?」
「いや、大したことじゃないんだけど…」


もごもごと口ごもる臨也に首を傾げる。
臨也は少し照れたように苦笑して、「本当に大したことじゃないんだけどさ」と言葉を発した。


「今日で付き合って3ヶ月なんだけど…これ、プレゼント」


手渡された、綺麗にラッピングされた箱を受け取る。
どうしたものかと戸惑ってしまっていたら、臨也はそれを察したのか慌てたように言葉を付けたした。


「3ヶ月でプレセントって女々しいっていうか、大げさって言うのはわかってるんだけど。シズちゃんが3ヶ月も俺の横にいてくれたのが嬉しいからお礼っていうか…いらなかったら、後で捨ててもいいから」


せめて今は捨てないでよ、と悲しげに微笑まれて、思わず胸が痛んだ。
捨てる訳が無い。本当は捨てたほうがいいプレゼントだって、未練たらしく捨てられていないのに。

何も言えないくせに臨也の顔が見ていられなくなった俺は、立ち上がって小さく「帰る」と呟いた。


「え、あ……わかった、また来てね」


引き留めない臨也に、やっぱり俺のことは好きではないんだなと感じて、無言で臨也の事務所を出た。

















新宿駅へ向かう途中で、自分のポケットの中に入っていたはずのタバコが無くなっていることに気付いた。
臨也の事務所に忘れたのだろう。舌打ちをしてから、取りに行くために来た道をもう一度引き返した。


――臨也の事務所が見えてきたとき、一人の女性も目に入った。


(…波江さん?)


臨也の秘書である波江の姿を見て、臨也が仕事を開始したんだろうと察する。
俺と付き合うようになってから、波江さんは俺が帰った後に臨也に呼ばれて仕事をするシステムに変わったのだと、彼女自身に言われていた。

仕事中なら入らないほうがいいだろうか。いや…でもこれはチャンスかもしれない。

波江さんと二人の時に、もしかしたら俺を騙す計画の話をしているかもしれない。
確かめるチャンスだと思った俺は、バレないように波江さんの後から事務所へ入った。

なるべく音を立てないようにドアを開けて中の様子をうかがうと、二人の話声が聞こえてくる。


「…あなたね…いい加減止めなさいよ」
「…嫌だよ」


止めろ、というのは計画のことだろうか。なるほど、波江さんはいい人だから、時折止めてくれているのかもしれない。
臨也の返答に、呆れたようにため息を吐く波江さん。


「泣くほどつらいのなら、別れればいいのよ」


――泣く…?

あの臨也が泣いているというのだ。それも辛くて。
俺と一緒にいることがそんなに辛いのだろうか。そんなに俺が嫌いなのだろうか。
だったら本当に、波江さんの言うとおり別れてくれたら――


「嫌だよ。俺はシズちゃんが横にいてくれるだけでいいんだって」


え、と思わずこぼれそうになった言葉を慌てて堪える。
ぐす、と鼻をすする音が聞こえてきて、心底困惑した。だが俺に見られていると思っていない臨也は口を閉じることをしない。


「シズちゃんは優しいから、俺を付き離せないだけだってわかってる、わかってるよ…。料理も食べてもらえないし、贈った物も、つけているところを見たことがないし」


確かに付き離せないでいるが、それは俺が優しいからなんかじゃない。俺がずるいからだ。


「それでも、隣にいてくれるのが嬉しいんだ。ずっと愛していれば、いつか振り向いてくれるかもしれない」


臨也の中の俺は、臨也が嫌いなようだった。
それは杞憂だとなぜ気付いてくれないんだろう。俺はこんなに臨也が好きで、愛しているのに――

そう考えて、それは俺のせいだったことを思い出す。
付き離して苦しめていたのは俺だ。


そっとドアを閉めて、その場を離れた。
ドアの前で臨也からのプレゼントを開けたら、そこには高そうな腕時計と、小さなカード。


『俺と付き合ってくれてありがとう』


その文に、じわじわと胸が温かくなった。臨也に告白された時と同じ感情が溢れてくる。

箱をポケットの中に入れ、腕時計を左腕に付けてから歩き出す。

家に帰ったら臨也からのプレゼントを全部あけよう。
全てに言葉が入っていたら、臨也の気持ちを信じてみよう。そう決めて、池袋を目指した。




そしてもう一度恋に落ちる




次の日、腕時計を付けて臨也の事務所へ行ったら臨也が驚いた顔をして、それからすぐに嬉しそうに笑った。


「…これ、ありがとな」
「ううん…!つけて来てくれて嬉しいよ」


その笑顔に微笑み返してからソファに座る。
それから「なあ」と臨也に声をかけた。


「昨日のプリンってまだあるか?」
「え…あ、ある、よ」
「よかった。一緒に食おうぜ」


そう言ったら、臨也が戸惑いながらもプリンを用意してくれた。
どうやら俺のいきなりの変化に驚いているようで、プリンを口に運ぶ俺をまじまじと見つめてきていた。
視線がくすぐったくて苦笑したら、顔を赤くした臨也が熱に浮かされたように顔を近づけてきた。

だが直前でハッとしたように動きを止めたから、申し訳なくなって「ごめんな」と小さく謝って目を閉じる。
暫く「え」だの「ぁう」だのという声が聞こえてきたが、決心したように肩に手を置かれて、唇に柔らかな感触が降ってきた。


「…ど、どうしたのシズちゃん…今日」


すぐに離れた感触に目を開けると、臨也が顔を赤くして首を傾げていた。
戸惑い続けている様子がおかしくて笑ってしまったが、込み上げてくる幸福感に耐えきれず、臨也の肩に頭を乗せた。


「…今まで悪かった」
「ぇ、え、いや…何が…?」

「ちゃんと俺も、お前のこと愛してるから」




▼あとがき
最後のシズデレば一時の気の迷い←

「臨静のすれ違い切甘」とのことでしたが、切甘が…表現できなかった…orz
タイトル前が切ない(?)すれ違いで、タイトル後が甘…足して2で割ってすれ違い切甘!…あ…すみません反省してます…←

過去のことがあって臨也を心底では信用できない静雄と、自分のやったことが分かってるから愛されてないと思う臨也。
こんな感じの二人って萌える!とか思ってたんですが、自分で書くと萌えないマジックが(´・ω・`)

リクエストありがとうございました!!