※医学部臨也×花屋静雄パロ













『シズちゃん花屋になるんでしょう?そのわりに知識無いよね』
『うるせぇな。…覚えるのは苦手なんだよ』
『わかってるよ。でもさあ、花束作るのに花言葉とか覚えておくと便利だよ?』









「愛は永遠に」
「心に秘めた愛」
「貴方を愛します」
「私を想って下さい」
「貴方を大切にします」
「豊かな、愛――」


臨也に勧められて必死に覚えた花言葉も、今では覚えなければよかったと後悔した。


自分の部屋のベッドで寝転がり天井を見上げがら、今まで臨也が買っていった花の花言葉を口にしていく。
この花言葉を持つ花が、誰かの手に贈られる――そう考えるだけで、チクリと胸が痛くなった。


「もう来るな」と行ってから2週間が経った。
俺のいうことを気にしてか、臨也はあれ以来花を買いに来ない。

自分で言ったことだと言うのに、俺は後悔していた。


――顔が見たい。声が聞きたい。


今までこんなに長い間会わなかったことなんか無いから、こんなに苦しいなんて思わなかった。
これじゃ、卒業後なんてどうなることか。


卒業試験の結果も聞けていない。
…そもそも、俺に教えてくれただろうか。
卒業試験がある、と言ったのだって、単なる話題作りだったのかもしれない。


一度考えてしまえば、負の思考は止まらずに更に考えてしまう。


会えなくて寂しいなんて思っているのはどうせ俺だけだ。
アイツは「いきなりなんなの?」と腹を立てて、俺を嫌ったかもしれない。

そもそも好かれていたのか?
ただ幼馴染みだから仕方なく相手をしていただけで、頭が悪くて人間離れした力を持つ俺を嫌悪していたかもしれない。

花だって、どうせ他の店で買っている。困っているわけがない。
アイツは俺がいなくても、きっとちっとも辛くない。


――アイツと俺じゃ、釣り合わないしな。


頭の良いアイツに感じる劣等感。
アイツが悪いわけじゃない。出来の悪い俺が悪い。


(…もう少し)
出来が良かったら。


きっと臨也も好きになってくれたのに。
そんな風に思ってしまう。

そんな自分に嫌気がさして、もう寝てしまおうと横を向き体を丸めて目を閉じた。














――どんなに沈んでいても通常通り営業はしなれければいけない。
重いままの気持ちで、俺は朝、店を開けた。

入口のガラス越しに見える通行人中には、臨也のところの大学生らしき奴らもいる。
黒い服を着ている男が視界に入るたびに思わず目で追ってしまう自分が嫌になった。


気持ちを入れ替えようと、手入れの準備を始めたとき、外から声が聞こえた。


「――ちょっと、この間の資料そろそろ返してくれないかしら」
「なんのこと〜?」


聞こえてきた声に、反射的にそちらを見れば、そこには臨也の姿。
そして、臨也と一緒に歩いている黒の長髪が綺麗で、美人な女性が見えた。

仲良さげに歩く二人の姿に、頭が真っ白になってしまい、動きが止まってしまった。
目を反らせばいいのに、それが出来ない。


臨也が店の前を通り過ぎて、視界から消えたとき、動きの悪い頭が勝手に考えてしまう。

綺麗な女性だった。
アイツの横にいても遜色のない、知的な雰囲気の美人だった。


――あの人に、花をあげているのか。



ドクドクと心臓の音がうるさい。
それをかき消すように聞こえた大きな音に、ハッと我に返った。


「……あ…」


目の前にある、カウンターだった物――カウンターが砕けてしまった物を見て、しまったと自分の右手を掴む。

無意識にカウンターに八つ当たりをしてしまったことを情けなく思う。
好きな物が手に入らなくて物に当たるなんて、まるで子供だ。

付け替えるのにお金も迷惑もかかるのに、と沈みながらもしゃがんで破片を拾い集める。


(……なんか)


バカみたいだ。

カチャカチャと小さく鳴る破片の音にそう思って、涙腺が緩みそうになった。
泣いてもバカらしいと目頭を押さえていたら、入口のほうから声がした。


「――ちょっと、どうしたの?」


聞こえてきた声にまた動きが止まる。
聞き慣れた声は聞き間違えるわけもなく、自然に振り返ってしまう。


「……臨、也」
「どうしたの?カウンター壊れてんじゃん」


思わず掠れた声で名前を口にすると、臨也は眉を潜めながら店内に入ってきた。
臨也の問いには答えられずに、視線を外して俯く。

俺の様子を怪訝に思ったのか、臨也もすぐ横にしゃがんで俺の顔を除き込んできた。
その視線から逃げるために立ち上がり、背を向けて奥へ行こうと歩き出す。


「…どこ行くの」
「……………母、さんに、壊したこと、電話してくる」
「ねぇシズちゃん、俺なんかした?」


やっとの思いで言った言い訳の後そう言われ、言葉が出なくなった。

何か言わなければいけない。
明らかに避けている俺に、臨也が不快に感じている。

だが言葉を発したら泣いてしまいそうで、結局俺は何も言えなかった。


「何か怒ってるの?」
「………」
「…付き合い長くても、黙ってたらわからないよ」


はあ、とため息が聞こえてきて、今度こそ本気で泣きそうになった。
目が痛いくらいに熱くて、鼻の奥がツンと痛む。

こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。なんとか帰ってもらわないといけない。


――なんでも無ぇよ、手が滑っただけだ。
――怒ってねぇよ。ちょっと機嫌悪いだけだから。
――だから、もう


「…帰れよ」


よりにもよって最後の一言だけを紡いだ口に絶望を感じた。
これでは何かあって怒っているみたいだ。

臨也がムッと少し怒ったような声で「なにそれ」と呟く。
違う。怒らせたいわけじゃなくて。
ああ本当に出来が悪い。


「理由を聞くまで帰れないよ。入店禁止も解いてもらいたいんだから」
「……いいだろ、別に」
「よくないよ。花が買えなくて困る」


その言葉に、パッと先程の女性が思い浮かぶ。
あの女に贈る花だろう。わかっているのに、売る気になんかなれない。


「…っ!別に…!っ他の店で買えようぜぇな!!」


感情に流されて、怒鳴ってしまう。
「はあ!?」と臨也から怒った声があがる。

違う。違う。
こんなことが言いたいんじゃない。


勝手に寂しがって嫉妬して、他の奴にやる花なんか売れないと駄々を捏ねて。
それを言えもしないくせに内心で嘆いている。

――本当に、どうしようもない。


「意味わかんないよ。ねえ」
「……!」


腕を引っ張られて、無理矢理臨也のほうに体を向かされる。
見えた不機嫌そうな臨也の表情に、どこか他人事のように「あ、昔と表情変わんねぇ」と思った。

暫くその顔を見ていたが、腕を掴んでくる手の力が強くなって、逃げるようにまた顔を背けた。


「…なにそれ」
「………」


振り払うことも出来る。だがそうしたら、臨也に怪我をさせる可能性もあった。
動けないままの俺に、臨也が疲れたようにため息をつく。


「…嫌われる理由くらい、知りたいんだけど」


疲れたように言われた言葉に、何も言えない。

違うと言いたい。
だけど口を開いても、また余計なことを言ってしまいそうな気がして。


――違う。嫌ってなんかねぇ。


好きだ。好きだから、こんなに辛いんじゃないか。

でも好きだと言ったら、気持ち悪いと思われるに決まってる。
俺は釣り合わないほど頭が悪くて、化け物みたいで、何より男だ。
そんな奴に「好きだ」なんて言われて、気持ち悪くないわけがない。


「…えっ」


驚いたようにあがる臨也の声に何かと思ったら、自分の頬に一筋何かが伝う感触がする。
そこでようやく、自分が泣いてしまったことに気が付いた。


「……っ」


まずいと思い、すぐに涙を手の甲で拭う。
幸い涙は零れた一筋だけで、拭ったら消えてなくなった。
だが目頭が熱く、気を抜いたら泣いてしまいそうだ。

下唇を噛んで耐えると、臨也が先程とは打って変わって悲しそうな声色で声を出した。


「そんなに俺のこと嫌い?」
「……っ」
「…シズちゃん」


すがるような声につられて臨也のほうに顔を向けてしまう。
眉は下がり、情けないほど悲しそうなその表情に、息を呑んだ。


そんな顔すんな、と胸が痛くなる。
だが俺に嫌われることがそんなに嫌なのか――その事実に、少し喜んでしまう自分がいた。


(…どこまでも)
――浅ましい。


喜びに比例して自己嫌悪が膨れあがっていく。


好きな相手に悲しい思いまでさせて、いったいなんの意地を張りたいんだろう。

――好きだ。好きだ。好きだ。


心の中ではいくらでも言えるのに。

暴力を奮っても離れていかない臨也に安心していた。
誰よりも頭のいい臨也が誇らしかった。
俺のせいで怪我をしたのに、「怪我なんて、治療すれば治るじゃない」と言ってくれた言葉にどれほど救われたか――


考えれば考えるほど、好きだと言う気持ちが溢れてきた。
口に出してしまいたい。コイツはどんな顔をするだろう。
気持ち悪いだろう。だけどもう悲しい顔はしなくなるかもしれない。

でも、傷付くことはなるべく避けたいのが人間だ。
好きだとは言えない。だからせめて「嫌ってない」とだけ伝えようと思った。

今このタイミングで言うことがどれだけ無意味な行動かはわかっている。
きっと気を使っているのだと思われるだろう。

それでも、俺はお前を嫌っていないんだと。俺は、お前が、


「――…好き、だ」


目の前の臨也の目が驚きで見開かれる。
俺自身、自分が言ってしまった言葉に驚いて目を見開いた。

慌てて口を押さえるが、出てきてしまった言葉はもう戻ってこない。


――どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


焦りだけが胸を締めて、耐えきれずポロポロと涙が溢れてきた。

臨也が戸惑ったように俺の涙を指で拭ってくれて、そのことに更に涙が出る。


「シズちゃん…?」
「…臨、也…っ」


優しく名前を呼ばれて、その肩に頭を乗せて顔を埋める。

一度溢れた想いは止まることがなく、駄目だと思うのに、勝手に言葉が口から紡がれる。


「…好き、だ…!好きだ臨也…っ!
 俺、化け物…だし、お前と違…って頭悪ィ、し、お…っとこ、だし…っでも、ずっと、好きだった…!」

嗚咽混じりの言葉は聞きづらいだろうが、臨也は何も言わない。
ひっ、とひきつる喉を抑え込んで、溢れるままに言葉を発する。


「も、っすぐ、遠く行っちまう、の…わかってる、し……そもそも、釣、り合わねぇ…って、いうか…っ!でも、花…!他…の奴に、渡すなら、売りたくねぇ、し…!」


支離滅裂な文章になってしまいながらもそう言って、止まらない嗚咽を臨也の肩で繰り返す。

終わった、と諦めていながらも、長年の想いを告げられて、心はスッキリとしていた。


どう思われただろうか。
嫌われても気持ち悪く思われてもいい。純粋に反応が気になっていたら、臨也の手が俺の頭に触れた。
ぎこちなく撫でてくる感触に、驚いて目を見開く。


「…いくつか、いい?」


優しげな声に、ビクリと肩を揺らした。すると、頭を撫でていた手が背中に回って、両手でギュッと抱き締められた。

恥ずかしい。
そう思うのに、体が動かない。

いいかな、ともう一度訊かれ、控え目にコクリと頷いた。


「まず…俺は遠くになんか行かないよ?ずっとシズちゃんの傍にいる」
「…でも、教授が…大きな病院が臨也狙ってるって…」
「そんなこと言ってたの?」


困ったなあ、と笑う臨也に、顔を浮かせて首を傾げる。
嗚咽が収まってきて、呼吸が楽になった。


「大きな病院とか、上下関係とか派閥が面倒なんだよね。小さい病院に勤めて、自分の病院を建てるのが夢なんだ」


始めて聞かされた臨也の将来に少なからず驚いていると、臨也が「次」と話題を帰る。


「釣り合わないって何?」
「…俺、頭悪いし、ただの花屋だし…化け物だろ」
「バカだなあ。そんなの長所の違いじゃない。シズちゃんが勉強できないように、俺だって、花の世話なんか出来ないよ」


力も弱いしね、と決して嫌味ではない声で言われて、なんと答えればいいのかわからない。

そう言って貰えても、やっぱり世間的には釣り合っていないのだ。
現に教授だって、俺と臨也が知り合いだと言ったら驚いていた。


俺が戸惑っている間にも、臨也は次の言葉を紡ぐ。


「花は誰にも贈ってない」
「……え…?」
「自分の部屋に飾ってたんだ。…どれを贈ればいいのかわからなくて」


チクリ、と胸が痛んだ。

やっぱり誰か贈る相手がいるんだ。
わかっていたことだけど、また勝手に傷付いてしまう。


「どの花言葉なら伝わるのか…見た目も考慮して考えてたんだけど」
「…臨也、もういい」
「聞いてよ。でもどの花言葉も駄目なんだ、俺の想いには足りないんだよ」


もういい。やめてくれ。
好きなのはわかったから。凄く好きな人がいるのは、もうわかったから。
こんなのは酷すぎる。


聞きたくなくても、抱き締められているせいで逃げられない。


「もう…わかった、から」
「わかってない。悩んでたんだ、どの花を贈れば君に想いが伝わるか。そのせいで泣かせちゃったけど…」


ぎゅっと強く抱き締められる。


大丈夫だ。そんなに好きなら、きっと通じるから。

黙って臨也の言葉を聞いていたら、臨也が「…ねぇ」とどこか拗ねたような声をあげた。


「もしかして気付いてない?」
「…ぇ…?な、にが?」
「やっぱりかー。シズちゃんそんなに鈍かったっけ?いや、自信が無いからかな」


だから何が。
首を傾げる俺に、困ったように苦笑する臨也。

耳元に口を寄せられて、少し擽ったかった。


「わかりやすく言うから、心して聞いてね」


臨也の声が直接鼓膜を揺らしてきて、その心地よさに、俺はゆっくりと目を閉じた。直後に見開くことになるのだけれど。




言葉の花束




「俺も君が好きなんだ」



▼あとがき
すみませんでしたぁぁぁ!
「大学生(医学部)臨也×花屋のバイトくん静雄の臨(→)←←静雄の両片思いで最後は静雄がぐずぐず泣きながら告白してハッピーエンドなイザシズ」でしたが…

一度上げて暫くした後データ消滅とか…!自分無い…!!
時間が経っていたため復元できず、流れだけ同じにして完全に書き直してしまいました…orz
消滅前のほうが好きだ、となったら申し訳ありません(´・ω・`)

もう二度とこんなことは無いように致します。
本当にすみませんでした。

そして、リクエストありがとうございました!
苦情受け付けます!!