※医学部臨也×花屋静雄パロ













「え、お兄さん折原くんと知り合いなんですか?」


そう目を丸くした初老の男性客に、頼まれた花束を作りながら「まあ」と気の抜けた返事をした。


両親の代からやっている小さな花屋。俺が継いだその店の近くには、大きな大学が一つある。
そこの先生や生徒が買っていってくれるおかげで、ウチの店はなんとか潰れずにやってこれた。

目を丸くした客はあそこの大学の医学部の教授で、今は彼しか店内に客はいない。


「いやあ、それは知らなかった。彼も言ってくれればいいのに」
「…と言っても、知り合いなだけですから」


客の言葉にそう返すが、それは嘘だった。
医学部に行っている彼――折原臨也と俺は幼馴染みで、今でもアイツはよく花を買いに来てくれる。


「彼はね、ウチの大学始まって以来の天才だなんて言われているんですよ」
「へぇ…」
「今からも、いくつかの大きな病院が狙ってますし…お、綺麗ですね」


出来上がった花束を見てそう言ってくれた客に、思わず笑みが浮かんだ。
代金を受け取って花束を渡すと、嬉しそうな顔で花束を見つめる客。


「ここの花はいつも綺麗ですねえ」
「ありがとうございます」
「また来ますね、ありがとうございました」


軽く頭を下げて出ていく客に、俺も軽く頭を下げた。


誰もいなくなった店内で、小さくため息をつく。
裏に戻ろうと踵を返した時、ガラリと店の戸が開いた。その音に振り返ると、見慣れた顔がそこにいた。


「教授来てたんだねえ」


爽やかな笑顔を浮かべながら店内に入ってきた臨也に、体の向きを戻して「ああ」と返した。
臨也は店内の花を眺めて肩をすくめた。


「俺も今度から花束にしてもらおうかな」


そう言いつつも、臨也は花を一本だけ手にしてカウンターにやってきた。
今回買っていくのは赤いアネモネのようだ。それを受け取って、俺は無言で包装に取り掛かった。

カサカサという包装紙の音だけが響く。
臨也は口元に笑みを浮かべながら、上機嫌に店内を見渡していた。


コイツが買っていく花はいつも違う。
たまに連続で同じ花を買っていくこともあるが、それは本当に稀だった。


「教授、なんで花買ってったの?」


突如言われ、すぐに包装し終わったアネモネを渡しながら答える。


「奥さんにプレゼントだとよ」
「へえ、そう言えば結婚記念とか言ってたっけな…」


テメェは?


つい言いそうになった言葉を寸前のところで飲み込む。
臨也は気づいていないのか、花を受け取ると「また来るよ」と帰って行ってしまった。
その背中を見つめて目を細める。「誰に?」なんて訊けなかった。


臨也の買っていく花は、いつも違う。だがその花にもすべてに共通点があった。

今日買っていったのは赤のアネモネ。花言葉は「君を愛す」。
臨也の買っていく花の花言葉は全て愛や告白のものだった。


もはやこの店一番の常連になっている臨也。
その買っていった本数は凄いのに、愛の花言葉以外の物は一つも無い。

それを「誰に?」なんて、野暮にも程があるだろう。
何より、それで特定の誰かの名前なんか言われたら、立ち直れる気がしなかった。



俺は昔から臨也が好きだった。


小さい頃から、俺の力を恐れないアイツが好きだった。
最近は花屋をやっているおかげで暴力も振るわずにすんでいて、俺を恐れる人も減ってきた。でも、それでも臨也が一番好きだった。

俺は人並外れた力を持っていて、街のただの花屋で、何よりも男で。
頭がよくてこれから出世するだろう臨也に、俺のこの気持ちは邪魔なんだと、よく理解していた。
だからこの歳までズルズルと気持ちを引きずって。気付けば臨也はもうすぐ大学を卒業する。

これから更に世間に注目されるであろう臨也。それに比例して、きっと俺から離れていってしまうだろう。


(いっそ早く卒業して、遠くに行っちまえばいいのに)


姿を見なければ、きっと俺は諦められる。

そんなことを考えてしまっている自分に、呆れてため息をひとつついた。















「もうすぐ卒業試験だよー」


珍しく立ち話を始めた臨也に、花の世話をしながら「そうか」と短く答える。
好きだと自覚してからのこのそっけない態度も、慣れているのか臨也には意味をなさなかった。


「まあ受かる自信はあるけどね。元々合格枠は多いんだし、俺頭良いし」
「へえ…」
「わあ、興味なさそう」


肩をすくめる臨也。興味無い訳が無い、と臨也に背を向けたタイミングで眉を寄せた。
もう卒業を意識してしまう時期になった。遠くに行くのも時間の問題だ。

ジクリと胸が痛くなって、その痛みを抑えるために一度大きく息を吐いた。


「シズちゃん?」


息を吐いた俺に、臨也が彼だけが使う愛称を口にする。


「ため息?」
「いや、別に…」
「なんだ、心配してくれてるのかと思ったのに」


そう言って楽しげに笑われて、つい振り返って眉を寄せている顔を向けてしまった。
俺の表情に、臨也が嬉しそうに笑った。


「その顔久々。最近無表情だから」
「………そうかよ」


言われてパッと顔を逸らす。
少し不自然な逸らし方だったのか、臨也が近付いてくる気配がした。


「ねえシズちゃん、俺なんかしたかなあ?」
「別に」
「じゃあなんでこっち見ないの?」


不満そうな声。どんなに頭がよくなっても、不機嫌になった時の声色は変わっていないようだった。

顔が見たい。小さい頃から変わらない表情なのか、確かめたい。

そんな欲が湧いて来た時「ねえ」と肩を掴まれて、ビクリと体が跳ねた。
条件反射のように、振り向きながら拳を振う。

臨也はそれを間一髪で避けたが、そのせいで拳は店の壁を殴りつけてしまって、大きな亀裂が入ってしまった。
臨也は壁にできた亀裂に口笛を一吹きして、笑みを浮かべた。


「さすが。それも最近出さなかったよね?でも相変わらずみたい」


言われて、更に眉をきつく寄せた。
そうだ。最近は暴力を振わなくなったが、この力が消えたわけではない。
俺が化け物なことに変わりはない。そう痛感して、我ながら弱弱しく声を出した。「………もう来るな」


言った言葉に臨也は驚いたように目を丸くしたが、俺は無視して店の奥に逃げ込んだ。