※来神時代。








「祭りに行こうよ」


放課後のいつも通りの喧嘩の最中、向かい合い睨み合っていたら、臨也がいきなりそんなことを言ってきた。

「あ?」
「ほら、来週あるでしょう、神社で。一緒に行こうよ」


眉を寄せてさらに睨むが、臨也は気にする様子もなくナイフを俺に向けたままで喋る。
喧嘩の最中に何故そんなことを言うのか。だいたい、何故俺が天敵である臨也と祭りになんか行かなければいけないんだ。

どうせ俺の気を反らすための口実だろう。
「嫌だ」と短く答えたら、予想していたのか臨也が小さく苦笑した。


「いいじゃない。一日くらい休戦しようよ」
「だったらテメェが俺の視界に入ってこなければいいじゃねぇか」
「普通の友達になろうって言ってるの。一日くらい、ね」


冗談じゃねぇ。こいつと普通の友達になんかなれるわけがねぇ。
第一、こいつのこの発言が裏のない本心だとしても、その祭りには新羅とセルティと行く予定だったんだ。


「無理だ。そもそも俺は新羅達と行くんだよ」
「…そう。じゃあさ、もしも新羅と行けなかったら、俺と行こうよ」


一人で祭りは嫌だろう?と笑う臨也。
新羅が行けない、なんてことはきっとない。俺とセルティの浴衣まで用意して楽しみにしていたのだから。

このまま睨み合っていてもコイツはしつこく諦めないだろうな、と思った俺は、ため息をついて頷いた。


「…新羅が行けなくなったらな」















――そんなバカな。


『ごめん静雄!急な仕事が入っちゃって行けなくなっちゃった!』


携帯から聞こえた新羅の声に、怒りを忘れて愕然とした。


俺はもう神社の入り口まで来ていて、後は新羅達を待つだけだった。
新羅が用意してくれた紺色の着物を着て、ぼんやりと人ごみを見ていたときにかかってきた電話。

愕然とした俺も、ハッとして慌てて声を出す。


「え、な…っ!仕事ってお前…!普通空けんだろ!」
『そうしたかったんだけどさあ、今回は粟楠会からの依頼なんだよ。断るの怖いし、これからのコネにもなるからさあ…ごめんねっ』


さすがに将来に関わるような大きな仕事と聞いては、俺も口出しできなくなった。
ぐっと口ごもって、しかし諦めきれず口を開く。


「…セルティは?まだ来てねぇけど…」
『え?ああ…セルティも仕事だよ。朝から出掛けてるから、メールが出来なかったんだね』


なんということだ。
もう一度『ごめんね!』と謝って、新羅のほうから電話を切った。少し時間が無かったのかもしれない。

ツーツーとなる電話の音に、呆然としていたら、後ろから声をかけられた。


「じゃあ、一緒に行こうか?」


振り返った先にいた臨也に、俺は諦めてため息をついた。














おかしいだろう。俺達は昨日も普通に喧嘩をしていたし、今日だって特別何かあったわけでもないのに。

俺の手を握り隣を歩く臨也をチラリと見る。その姿はいつもの学ランではなく、黒い浴衣姿だった。
その表情は少し楽しそうで、反対に俺は酷く落ちつかない。

約束をした。だから一緒に祭りを回るのは仕方ないと思う。
だが、何故手まで繋がなければいけないんだ。

幸い、いつもの池袋の街よりも人の混雑が酷く、誰も俺達の手までは見ない。
俺達二人がいることに、俺達を知っている奴らはギョッと目を剥いていたが。


「シズちゃん、何か食べる?」


出店を指さして言ってきた臨也に、ついそっけなく「別に」と返してしまう。
本当は少し腹も減ってきているが、それを素直に言う気にはなれなかった。

だが漂ってくるソースや甘いクレープの香りに、空腹感が増してぐぅ、と小さく腹が鳴ってしまった。


「っ!」


カッと顔が熱くなる。
臨也はキョトンと目を丸くして俺の顔を見てきた。その視線に気恥ずかしさが込み上げてくる。

視線を泳がせていたら、プッと小さく笑い声が聞こえてきた。
「笑うんじゃねぇ!」と照れを隠すように怒鳴るが、臨也は変わらず笑っている。


「ごめんごめん。お腹空いてるなら言ってくれればいいのに」
「……べ、つに…」
「ちょっと待ってて」


すっと離れる手。臨也は人ごみをかき分けて出店のほうへと行ってしまった。
なんなんだ、と思わず言われた通り突っ立ってしまう。

あ、そうだ、今帰っちまおう。そう思い立った時、タイミング悪く臨也が戻ってきてしまった。
その手にあるクレープに、パチパチと目を瞬く。


「シズちゃん甘いの好きでしょ」


はい、と手渡されて、大人しく受け取ってしまった。
受け取ったイチゴと生クリームの入ったクレープに、どうしたものかとクレープと臨也を交互に見やる。

凄く食べたいが、何か裏があるのかもしれない。
俺のその考えに気付いたのか、臨也が少し寂しそうに笑った。


「奢ってあげるよ。裏とかなく奢ることもあるよ…友達なら」


その言葉に、まあ後で何か言われたら金だけ返せばいいか、と納得して一口食べる。
口の中に広がった生クリームとイチゴの甘みに、つい頬が緩んだ。やっぱりクレープはイチゴが一番だと思う。

俺の様子を見ていた臨也は、また俺の手を握ってきた。
俺は片手でクレープを持ち、引っ張られるがままに歩きだす。
クレープを貰ったことで、現金だが「一日くらいいいか」と思ってしまった。


「シズちゃんその浴衣似合ってるねぇ」
「ん?…ああ、新羅がくれた」
「へえ。新羅にしてはいい趣味してるね」


浴衣を褒めてくれた臨也は、じっと俺の姿を見てきた。
それこそ、つま先から頭の先まで見られて、なんなんだと眉を寄せる。
だが臨也はニコッと笑って、すぐに視線を逸らした。

それに更に何なんだ、と思いながらも、俺も臨也の姿をじっと見る。


「テメェ黒しか着ねぇんだな」
「……普通は褒めて返すものだよ」
















「――いやあ!シズちゃんが祭りの遊びがあそこまで下手だとは思わなかったよ!」


人だかりから外れた、人気のない神社の裏で座っている俺達。
満面の笑顔の臨也の横に座った俺は、繋がれていないほうの手で持っていた袋をどさっと地面に置いた。


「…テメェは随分上手いんだな」


臨也も自分の横へ袋を置く。

半分ずつに分けられている袋の中には、色々なものが入っている。
射的の景品であるゲーム機。金魚すくいの金魚。輪投げの景品のぬいぐるみ。くじ引きの景品の時計まで、全部臨也が取ったものだ。

型抜きなんて1分も経たずに完成させてしまった。
俺はどの遊びも不器用だし、途中でイライラしてしまってダメだった。
なんだか負けたようで悔しい。


「ふふ、器用だからね」
「うるせぇ。テメェ、帰りは全部自分で持てよ。テメェの家になんざ送らねぇからな」
「え?」


少し不貞腐れながら言った言葉に、臨也がまたキョトンと俺を見てきた。
その視線にこちらも「あ?」と返してしまう。


「なんだよ」
「いや、それ全部シズちゃんのだよ?」
「は?」
「あげるよ」


言われた言葉に「はあ!?」と大声をあげてしまう。
この中には結構高価な物も入っている。それなのに、「あげる」とはどういうことだ。


「いいじゃない。友達からのプレゼントだよ」


友達、と今日は何回も臨也に言われた。
確かに最初のほうは一緒に回っているだけで、普通の友達のようだったが、今は何か違うと思う。

友達だからと言って、こんなにたくさんの物をくれるだろうか?
考えてみれば、今日は俺は一円も金を使っていない。全て臨也が気付けば払ってしまっていた。

おかしい。これは友達ではない。

現に、今この座っている状態でも手は繋いだまま。


「…いらねぇ。おかしいだろ」
「何が?」
「テメェ友達作ったことあんのかよ」
「失礼だなあ」


苦笑する臨也。ギュウッと握っていた手に力が込められたことに、何故かビクリと震えた。

違うだろう。友達だからって、男同士でずっと手なんか繋いでいない。


「これじゃ、」
「――恋人みたい、かな?」


言葉を遮って、臨也がそう言ってくる。
まさに今言おうとした言葉を言われて、驚いて臨也のほうへ顔を向けた。

じ…っと、俺の顔を凝視してくる臨也。
凝視してくるというより、見つめてくるその目に思わず動きが止まってしまう。


「何…」
「実はさ、新羅と運び屋に仕事を回したの、俺なんだよね」


口を開いて喋りながら、徐々に顔を近づけてくる臨也。
いきなりのことに驚きながらも、近づいてくる顔から逃げようと上半身を傾かせる。


「まあ、新羅のほうは粟楠会の知り合いに『若い闇医者志望の奴がいるんですよ』って話しただけで、ほとんど賭けだったんだけど」


「なんでわざわざ」と小さくなってしまった声で問うたら、臨也が目を細めた。
愛おしいものを見るかのような目に、熱が顔に集中するのを感じる。

なんでって、と掠れそうな声で囁かれる。
その声から逃げるために、思いっきり後ろへ体を傾かせたら、いきすぎてドサリと倒れてしまった。
起き上がろうにも、覆い被さるように臨也が俺の顔の横に空いている手をついて、俺を見下ろしてきたため動けない。

見下ろしてくる臨也の顔は、今まで見たことのないほど真剣なものだった。


「君と、祭りに来たかったから」


何故。
多分どんな答えを聞いても、今の俺は訊き返してしまう。「何故」と。

なんで俺なんかと来たがったんだ。
俺と、臨也は、天敵で……。

いきなりの事態に、ドクドクと心臓の音が早く大きくなってうるさい。
目の前の臨也から視線が逸らせなくなって、その赤い目をまっすぐに見つめてしまった。赤い目に映って見える自分は、酷くうろたえた顔をしている。

サラりと髪の毛を撫でられて、思わずビクリと体が震えた。


「…っ」
「浴衣似合ってる。――凄く、綺麗」


うっとりと言われて、どうしようもなく顔が熱くなった。
臨也の赤い目を通してでは確認もできないが、きっと今の俺の顔は真っ赤に違い無い。


「本当は、本当に、友達として一緒に回れたらいいなと思ってたんだけど。でも、だって、あまりにも綺麗だったから」


綺麗ってなんだよ。女に言うならまだしも、俺は男で、これは男物の普通の浴衣で。

更に臨也の顔が近づいて、ついに額同士がぶつかった。
間近に見る臨也の顔は、変わらず愛おしい物を見るようで、どこか余裕がなかった。

ギュウッと、握られたままだった手が更に強く握られる。


「一日くらいさ、手とか繋いで、一緒に歩きたかったの。それだけだったのに、…どんどん欲張りになっちゃった」
「臨…っ」
「ねえ、このまま今日だけ俺の恋人になってよ。一生なってくれなくてもいいから、今日だけ。良いでしょう?」


酷く必死に言われてまた、なんで、と心の中で問うた。


「………わかった」


なんで、一生ならなくていいなんて言うんだよ。


頷いた瞬間に勢いよく口づけられて、俺はゆっくり目を閉じた。




一日限定。





▼あとがき
記念すべき20000HIT!怜さんリクエストで「夏祭りなどの和服使用イザシズデート」でした!

…あれ?デート?あ、そう言えばデートでしたね…。
あとがき書いてリクエスト内容を思い出すという←
和服!祭り!しか頭に無かったです…これはデートと言っていいのでしょうか。

私は型抜き苦手ですが、きっと妖怪カマイタチさんなら高速で型を抜いてくれるに違いない←
シズちゃんは金魚すくいも射的も輪投げも苦手そう。食べる専門みたいなイメージ。
クレープをもふもふしてるに違いない。たこ焼きももふもふしてるに違いない。
ちなみに私はクレープはバナナチョコ生クリーム派です(`・ω・´)←

こんな小説ですが、よろしいでしょうか…?
何せリクエストに沿えているのかが不安なので、苦情も甘んじて受けましょう。
臨→(←)静だったので、「私は甘甘ラブラブなイザシズデートが見たいんじゃああ!」という文章を送って下されば書き直します←

リクエストありがとうございました!