俺は人間ではない。
臨也君が作ったボーカロイドだ。

臨也君に似せた外見で、臨也君とは違う白いコートを着ている。
俺はこの外見が好きだった。


パソコン内で小さく歌を歌っていたら、仕事をしていた臨也君に呼ばれた。


「サイケ、このファイルのデータをこっちに移動しといて」
「うんっ」


満面の笑顔で頷く。


歌を歌うだけではなく、パソコンの管理もできるようになっている俺は、今みたいにファイルの整理を頼まれることもある。
機械だから疲れることもなしい、マスターである臨也君には逆らおうとは思えない。

いつも通り仕事を終えて、臨也君に報告をする。


「できたよ!」


俺が笑って告げたら、臨也君も笑顔になって「ありがとう」と言ってくれた。

毎回その言葉だけでほわほわと体が温かくなる。


温かい、という感覚すらデータと辞書から引いて知った感覚なのだけれど、他にも変な感覚を感じていた。


(なんだろうなぁ…)


臨也君を見るとシステムがドキドキする。
ちょうど胸のあたりで鳴る音に、俺は手を当てて首を傾げた。


「サイケ?どうしたの?」


俺の様子に気付いた臨也君が眉をひそめて尋ねてくる。

心配をかけてしまって、慌てて笑顔で「なんでもないよっ」と返した。


俺のデータに異常があるのかもしれない。
でも、それは別に不快ではないし仕事にも支障をきたさないから、臨也君には言わないでおいた。


「そう?ならいいんだけど…あ、シズちゃんの様子どう?」


俺の答えに、臨也君はすぐに違う話題を口にする。
それは、常に情報を集めている“平和島静雄”について。

一応、集まってくる情報の状態は俺は把握できる。だから訊かれたのだろうが、俺は「え?」と返答ではない言葉を口にしていた。

そのことに臨也君が首を傾げる。


「え?」
「あ、なんでもない!ええっと、今は西口で仕事中みたいだよ!」


慌ててすぐに最新の情報を伝えたら、臨也君は満足そうに目を細めた。


なんでそんなに静雄さんを気にするんだろう。


ドキドキという音が、ズキズキという痛みに変わる。
なんだろう、とデータを探してみるが痛みの原因はわからない。


データや辞書を探して原因を探していると、臨也君が独り言のように悩み始める。


「…会いに行こうかな…いや、昨日行ったし、あからさますぎるか?」


悩んでいるが、どこか楽し気な声の臨也君に、痛みを堪えながらも声を発する。
 
「な、にが?」
「俺がシズちゃんのことが好きだって、バレちゃうかもしれないじゃない」


その言葉に、痛みがより大きくなった。

ギュゥッと胸の辺りを強く握る。


「…静雄さんが好きなの?」
「まあ、ね。サイケにはわかんないか」


インプットしてないもんね、と苦笑されて、「そうだね」と笑顔を返した。
その間も、ずっとずっと痛みが続く。


苦しい、気持ち悪い。

痛みを言葉にするのなら、多分この言葉だろう。


胸が苦しい。息ができない。
頭と胸の中でいろんなものがぐるぐるしていて、気持ち悪い。


思わず顔をしかめたら、臨也君が心配そうな表情で液晶に顔を近付けて俺を見た。


「サイケ?やっぱり調子悪い?」
「…大丈夫」
「正直に言いなさい」
「…苦しい。痛い。気持ち悪い」


命令されてしまえば、俺の口はそれに答えるしかない。

言われた通り正直に答えたら、臨也君が「うーん」と顎に手を当てた。


「バグかな?修理してあげる」


その言葉に、瞬時に「嫌だっ」と叫んでしまう。
臨也君が驚いた顔をするけど、この感覚を消してしまうのは嫌だった。


消したくない。消してしまえば、痛みと同時に心地よいシステムのドキドキも消えてしまう。


そう思った俺は、必死に臨也君に「嫌だ」と言いつづけた。


「嫌だ!直さないで!消さないで臨也君!」
「ちょ、サイケ?痛みを取るだけだよ?いい子にしなさい」
「嫌だっ!!」


今度は臨也君だけでなく俺自身も驚いた。


俺、今、命令に逆らった?

ありえない。プログラムされていることに反するなんて。


「…本格的にまずいね。サイケ、暫く寝ててね」


キーボードを叩いて、俺を休止させようとする臨也君に、いよいよ危機を感じた俺は必死に臨也君に止めてくれと訴えた。


「やだ!やだやだ臨也君!!消さないで!大丈夫だから!!」
「ごめんサイケ。黙って」
「…っ」


命令されてしまえば、俺は口を閉じるしかない。
逆らえるはさっきの一度きりのようだ。


臨也君が、俺を休止させるためのコマンドを打ち始める。

徐々に襲ってきた睡魔に、少しだけ泣きそうになった。


起きたら、きっと痛みは消えてしまう。
それと同時に、ドキドキも消えてしまうだろう。


臨也君。臨也君。

ドキドキするたびに、機械の俺が「生きている」と感じるんだよ。
温かくなるたびに、自然に顔が綻ぶんだよ。


ねぇ消さないで。消さないで。
お願いだから。もっともっと働くから。



音にはせずにそう考えていたが、臨也君がエンターキーを押した瞬間、俺は意識を手放した。



それはきっと恋だった






「――サイケ、おはよう。調子はどう?」
「凄くいいよ!すっかり直っちゃった!!」





▼あとがき
臨也の片想いを書いたので、サイケの片想いを。
ボーカロイドが感情持ったっていいじゃない…!←