※来神時代
まず整理しよう。
今日はいつもより早く起きた。
まだ外が暗い時間で――ああ違う、朝のことなんてどうでもいい。
落ち着こうと一度、目を閉じる。
――いつものように火種を撒いて、彼が喧嘩をしている姿を見ていた。
風に揺れる綺麗な金髪も、砂ぼこりのせいでくすんでいて。
それが少し勿体無いなあ、と思ったのは覚えている。
彼――シズちゃんは、喧嘩をふっかけてきた相手を一人残らず気絶させると、息つく暇も無く俺のほうへ走ってきた。
ナイフを取り出し応戦するが、日々強靭になっていくシズちゃんの体にはあまり傷がつかない。
それをつまらなく思いながら、ひとまず背を向け逃げた。
暫くたってからシズちゃんの様子を見に戻れば、シズちゃんは保健室で新羅の治療を受けていた。
開いたドアの隙間から見えた二人に、からかってやろう、そう思ってドアに手をかけた。
「臨也も、なんでこんなことするんだろうねぇ」
聞こえてきた新羅の言葉に、ドアに触れていた手が止まった。
「さあな。あんな奴の考えなんて知らねぇよ」
答えるシズちゃんの言葉。
いい迷惑だ。と続いたその言葉に、ズキリと心臓だ傷んだ。
なんだこれは。――この俺が、罪悪感?ありえない。
傷んだ心臓は無視することにした。
だが、何故か体は動かず、二人の会話を盗み聞いてしまう。
「臨也がここまでちょっかい出すのも、珍しいんだけどね」
「…じゃあ単に俺が嫌いなんだろ」
嫌い。
まあ、そうだけど。
そう考えたはずなのに、心がもやもやとした。じんわりと、心に鉛が落とされたかのような重さを感じた。
人間観察が趣味の俺だが、こんな感覚は初めてだ。
何故か知らないが「違う」と叫んでしまいたくなった。
違う。俺はただ、君に言うことをきかせてやりたいだけで――
「嫌い…一度、仲直りでもしてみればいいのに」
「ああ!?冗談じゃねぇ!あんな奴大嫌いだ!!誰が仲直りなんかするか!!」
――――…っ!!
気付けば、走ってその場から離れていた。
ガタン、と音がしたのか、新羅の声が聞こえた。
「誰かいたのかな?」
――整理してみてもわからない。
なんで俺は走り出した?何故逃げた?
逃げついた場所は誰もいない校舎裏。
はあはあ、と、未だ乱れる息づかいだけが響く。
聞こえてくる野球部の掛け声も、吹奏楽部の練習の音も、どこか遠くに聞こえてくる。
――嫌い、だと言った彼の声が何度も脳裏に過る。
そしてその度に、心臓が痛くなった。
あまりに痛くて涙腺が緩みそうになるが、目頭を押さえて耐えた。泣くなんて、情けなさすぎる。
嫌いだと言われたからなんだ。そんなことは知っていた。
嫌われるようなことをしたじゃないか。アレで嫌っていなかったら、それはそれで問題だ。
わかっているが、ズキズキと痛みは止まらない。
胸が苦しい。視界が狭くなって、音が遠くなって、世界から孤立したような感覚がする。
「……っ!」
なんだ、これは。
こんな感情は知らない。
こをな痛みは知らない。
嫌いなんて言わないで、なんて
笑顔を向けて、なんて
ありえない
君に愛されたいと望むなんて ありえない。
俺は化け物に恋をした
それを自覚するのは、まだずっと先
▼あとがき
臨也くんの切ない片想いっていいと思う←