俺には兄が一人いる。

昔から問題沙汰を起こしてしまう、優しいが少々感情の起伏の激しい兄が一人。


そして兄貴には天敵がいる。
その人の名前は折原臨也。兄貴を何度も嵌めている男だ。

この二人は仲が悪い…と言っても俺は、兄貴が苛立っている姿を見てそう思っているだけだが。



(いったいどんな人なんだろう…)

「この間だってあのノミ蟲がごちゃごちゃと屁理屈コネやがって――」


仕事の空き時間で久々に会った兄貴は、口を開けば臨也さんの愚痴しか言わなかった。
俺の仕事の話とかも聞いてくれるが、俺が黙れば愚痴をこぼしている。


場所を西口公園にしたのはまずかったかな。

俳優である俺と、苛立ちを表に出している兄貴が一緒にベンチに座っているせいで、好奇と恐怖の視線がチクチクと刺さってきていた。まあ、兄貴は気づいてないけど。


兄貴は愚痴りながらタバコを吸っていき、チラリと見た携帯灰皿はいっぱいになっていた。

体に良くないなあ。そんなに臨也さんにイライラしているのだろうか。


彼は本当に謎だ。俺は直接喋ったことなんか無いし、彼の性格も良くしらない。

だけどそう言えば昔、臨也さんを調べようと思って後をつけたことがあったっけ…。


あの時は、兄貴を商売に使っていたり、俺を盾にしようとしたりと、やはりいい印象は受けなかった。
その時は少しの嫌悪感と、「ああ、なるほど兄貴がイラつくわけだ」と言う感想を持ったのを覚えている。


だが、もう高校を卒業して8年経つ。
お互い嫌いなのならば、社会人になったのをきっかけに離れて、金輪際関わらなければいいのに。

やはりどこか運命のようなものでもあるのだろうか。それが兄貴を苦しませていると思うと、少し嫌だ。


黙っていた俺の顔を見て、兄貴が「あっ」と声をあげた。


「わ、悪いな…久々に会ったのにこんな話ばっかして」
「別にいいよ。それで、臨也さんになんて言われたの?」
「あ?ああ…ノミ蟲の野郎、俺に『そんなんだから彼女の一人もできないんじゃないのー?』なんてほざきやがって……」


折角謝ったのに、また愚痴が再開される。話を繋げたのは俺だが。


陽は少し傾き、池袋の空にはうっすらと星が見えてきた。
最近少し気温が落ちてきた。コートの前を開けている俺は、少しだけ肌寒さを感じた。
なのに横にいる兄貴は、俺が上げたバーテン服以外着ていないようだし、今度何か贈ってあげようか。
そんなことを考えながら兄貴の話を耳に入れる。


本当、昔から愚痴と言えば臨也さんのことばっかりだな…。


昔を思い出して、ため息をついた。
「嵌められてトラックに撥ねられた」と言われた時は、本当に驚いたものだ。


昔の兄貴の愚痴を思い出して、おや、とあることに気付いた。
兄貴の言っている愚痴の内容だ。

昔は臨也さんの策略に嵌められた、とかそう言う被害系が多かった。だが今の兄貴の愚痴は


「この間は仕事中にいきなり現れて――」
とか
「またムカツクこと言ってきやがって――」

とか……直接的な被害の愚痴が無い。

もしかしたら俺に心配をかけまいとして言わないだけなのかもしれないが、苛立っている兄貴がそんなこと気にするだろうか。


臨也さんの行動が落ち着いてきた…?


そう考えるが、実際確認する術がない。
俺は臨也さんと関わりがないし、調べる暇もない。気になるが、様子を見ているしかないようだ。
――少し暗くなってきて、今何時だろうと腕時計を見れば、そろそろプロダクションに戻らなくてはいけない時間だった。

兄貴は俺が時計を見たことに気付いたのか、「悪い」とまた謝った。


「もう行かなきゃいけない時間か?」
「うん。そろそろ行くよ」
「悪いな…今度は飯でも一緒に行こうぜ」
「そうだね…。冷えてきたから、風邪ひかないようにね」


立ち上がり、コートの前を閉めながらそう言ったら、微笑みながら「ああ」とだけ返された。


兄貴が風邪を引いたことなんかあったっけ…。

言った直後にそう思ったのだが、兄貴もそう思っていたらしく「大丈夫だよ」と言葉を付けたされた。



「それじゃあ、また」と別れの言葉を口にしながら手を振って、少し離れた場所に置いておいた車へ向かう。


次に兄貴に会えるのはいつになるかな、と思いながら車に乗り込んだとき、後部座席に置いておいた紙袋が目に入った。
そう言えば、この間気に入ったマフラーがあったんだった。

身を乗り出して紙袋を手に取り、中に入っているマフラーを取り出す。
青のチェックのそれは、兄貴にも似合いそうだなと思った。


…兄貴は今バーテン服だけで、俺はコートを羽織っている上に車移動だ。

必要性を考えて、兄貴に貸してあげることを決めて、もう一度車を出て兄貴の元へと向かった。



















「――あっれー?シズちゃんこんなところで何してんの?」


兄貴の座っているであろう場所に近づいた時、聞いたことのある声が聞こえてきた。
その声が言ったニックネームにも聞き覚えがあって、なんとなく物陰に隠れて兄貴のほうを見た。


「……臨也」


兄貴に声をかけたのはやはり臨也さんで、真っ黒なファーコートに、ジーンズに、真っ黒なVネック、それから真っ黒なマフラーをしていた。真っ黒だ。

さっきまで兄貴が愚痴っていたこのタイミングで来るなんて、と思ったが、意外にも兄貴は怒鳴ることもなくその場に座ったまま臨也さんを見上げた。


話で苛立っている割には、随分穏やかだな、と思っていた時、臨也さんが驚いたように眉をあげたのが見えた。


「ちょっと、この時間にそれしか来てないの?さすがに寒いでしょ」
「別に…」
「見てるほうが寒いよ。ほら」


自分の格好にどうでもいい、と言った返事をした兄貴に、ため息交じりに首に巻いていたマフラーを外し、兄貴の首に巻き始める臨也さん。

その優しい行動に俺は驚いたが、兄貴は当然のようにそれを受け取っていた。

真っ黒なマフラーが兄貴の首に巻かれ、兄貴はそっとマフラーに触れた。


「ああ、ありがとよ」
「こんなところで何してるの?」
「さっきまで幽と話してたんだよ」


喧嘩もせず、臨也さんと会話を始める兄貴。

なんだ、言ってるより仲いいじゃない。
あの愚痴はきっと、癖のようなものなのだろう。


俺が少し安心していると、臨也さんが兄貴に微笑んだ。


「へえ?…何話したの?」
「…テメェの愚痴だよ」
「どうせなら惚気ればいいのに」


肩をすくめる臨也さんに、兄貴の顔が少し赤くなった。

慌てたように少し口調を荒くして臨也さんを怒鳴る。

「バ…ッカか!何を惚気んだよ!!」
「何って、俺とのこととかさー。弟君まだ知らないんでしょー?俺達の関係」


関係?聞えてきた言葉に首を傾げる。

二人は天敵のはずだけど、惚気る…?何のことだろう。


俺が理解できない間も、兄貴の顔はどんどん赤くなっていった。

真っ赤になった顔を隠すように、マフラーに顔を埋める。
恥ずかしそうに言われた言葉は、やっと聞き取れる大きさだった。


「…言えるわけねぇだろ。兄貴が男と付き合ってる、なんて」


兄貴のその言葉に、臨也さんは「それもそっかあ」と笑った。
だが、俺は固まってしまった。

脳内で今の言葉がぐるぐると回る。


――付き合っている?もしかしなくても、兄貴と臨也さんが、だろうか。

昔の天敵と?
…いや、でもさっき愚痴の内容が変わっていたのには気付いたしし。現に今、二人は穏やかに話している。

嫌いだと意識しすぎて?

数少ない離れていかない人だから?

嫌よ嫌よも好きの内ってことかな?


だんだん理解してきた。

元々、俺は兄貴が選んだ人に文句を言うつもりはない。



兄貴は、臨也さんが好きらしい。様子を見ている限りなら、臨也さんも兄貴を大切にしてくれている。
…もし万が一騙しているのなら、俺の力で後悔させるとして――今は、兄貴に恋人ができたことを祝福するべきだろう。







物陰から出て、二人に近づく。
兄貴は俺が姿を現したことに驚いて、慌てて立ち上がった。


「か、幽!?いつから…」
「臨也さんが来たくらいから。マフラー届けに来たんだけど、必要無かったね」


紙袋を持ち上げて示すと、兄貴は羞恥でか体をわなわなと震わせた。

打ち明けるつもりの無かった相手にバレて、心底慌てて、恥ずかしいことだろう。


そんな兄貴のことはほっといて、少し目を丸くしている臨也さんに向き合った。

「お話するのは初めてでしたっけ」
「え、あ、うん」
「付き合ってるんですか?」


直球で訊いたら、臨也さんの顔が真っ赤になった。


それに思わず笑って、臨也さんに頭を下げた。

まあ色々不安はあるけど…。


「俺の兄貴をどうぞよろしく」





悲しませたら、怒りますけど。



▼あとがき
オチ?俺の横で寝てるよ!!←←

なちさんのリクエストで「臨静+幽」でした。
シチュエーションはお任せということでしたが…うん、よくわからなくなってしまいましたね←
凄く…乱文です…orz

幽君はきっとシズちゃんが選んだ相手なら、どんな最低な人でも認めてくれるよ!!てことです!!
何が書きたかったんだこの小説!そうかこれがスランプか…

リクエストありがとうございました!