高らかに宙に舞う自販機に、池袋の住民は「おお」と恐怖と興奮が混ざり合った声を上げる。
池袋に住む者ならば知っている男――平和島静雄が、また暴れているのだ。


静雄からは離れた位置にいる人たちは騒動を想像し、静雄の近くにいた人たちは静雄から距離を取って、相対している相手を見やる。


「いざやぁぁあ…!また性懲りもなく来やがったのか!」
「あっは!シズちゃんは今日も元気だねぇ!」
「うぜぇえんだよ死ねぇええええ!!」


静雄に挑発するような笑みを向けた臨也。

ビキッと静雄のこめかみに青筋が浮かんだのを見て、人の群れは更に離れ、静雄の上司である田中トムはため息をついた。 
走って逃げだす臨也に、「待て!」と吠えて後を追いかける静雄。

二人が走っていく方向は人が道を開けていき、二人の姿はすぐに見えなくなる。
仕事の途中なのに、とトムは更にため息を重ねた。














池袋の中を走る二人は、池袋では有名人となっているが、臨也の住む新宿で知っている者はわりと少ない。


追いかけっこが新宿に移ったとき、二人は足の速度を落とした。

背を向けていた臨也が振り返り、静雄に笑顔を向ける。
それに気まずそうな表情を作り、歩き出した臨也の後を静かについていく静雄。

ついた先は臨也の事務所で、殴り込むでもなく、静雄は臨也に招かれて中に入っていった。



「さてと、今日はどうしたの?」


部屋に入るなり、そう尋ねる臨也。
慣れた手つきで紅茶を淹れながら、静雄にソファに座るように促す。

静雄の前に紅茶を置き、自分は仕事用の椅子に座る。

暫しの間、室内に沈黙が落ちる。紅茶の香りが広がるが、手をつけているのは臨也だけだ。



「…さっき仕事で、」


ポツリと声を出す静雄に、臨也が手に持っていたカップを置く。


「うん」
「また取り立て相手殴っちまった…すっげー呆れた顔された」
「あー、まあ呆れたくもなるよねぇ」


臨也が思わずそう言うと、目に見えて落ち込む静雄。
しまった、と口に手を当てて、慌てた様子で臨也が言葉を紡ぐ。


「でも、いつものことだし大丈夫だよ。俺も協力するしさぁ」



――静雄がここに来ているのは、想い人である田中トムについて、臨也に相談するためだった。

元々人間の心理を理解している臨也に、こうして愚痴を加えた相談をしている。


静雄が新宿まで臨也を追いかけたときは「相談がある合図」であり、臨也も承知で静雄を事務所に入れる。

何年か続いているこの関係が池袋の住民に知られたら、きっと誰しも驚くだろう。
だが今二人の間に流れている空気は、ただただ穏やかなものだった。


「何年も一緒にいるトムさんが、それしきのことで君を嫌いになるなんてこと無いと思うけど」
「…そうかな」
「シズちゃんはトムさんだけは傷つけないように頑張ってるじゃない。きっと伝わるよ」


優しい笑顔で励ます臨也に、静雄の顔にも微笑が浮かぶ。
「それよりさぁ、そろそろ何か行動しないと」


臨也の発言に静雄がキョトンとした声をあげる。


「行動?」
「そうだよ。一生ただの後輩でいいの?恋人とかにはなりたくないの?」


恋人、

その単語に静雄が顔を赤くする。可愛いなあ、と思いながら臨也は続けた。


「君だって愛されたいでしょう」
「そりゃあな。…でもトムさんはノンケだし」
「諦めちゃダメだよ。性別なんて関係ないって、シズちゃんが証明してる」


その言葉を聞きながらも迷った顔の静雄に、ふぅ、とため息をつく臨也。

「ああ、そうだ」と言葉を続けて、静雄に一つ提案をする。


「今度、弟君が主演の映画が公開するでしょう。一緒に行ってきたら?」
「…あ?そ、れって、デ」
「デートだよ!誘いなよ!」


臨也の提案に、静雄の顔がまた赤くなる。


行動をしなければいけないのだ。
行動すれば、静雄の可愛い部分も見てもらえるはず。

初めてのデートで幸せそうに微笑む静雄を想像しながら、臨也は半ば強引に静雄に言い聞かせる。


「トムさんと仕事抜きで一緒に歩いたり、映画観たり、ご飯食べるんだよ?行きたくないの?」
「い、行きてぇけど」
「じゃあ今からでも戻って、今日中に誘いなよ!決定!誘わなかったら、二度と相談聞かないからね!」


ふふ、と優しく笑いながらそう言われ、少し考えてから立ち上がる静雄。
その姿に、臨也は満足そうに目を細めた。


「…なるべく頑張る。ありがとな」
「ううん、頑張ってね」


自分に背を向け出ていく静雄に、ヒラヒラと手を振って笑顔を送る。














静雄が出ていってドアが閉まり、先程まで静雄が座っていた所に移動する。


「…彼、また来てたの」


静雄が出ていったドアから入ってきた波江が開口一番そう言った。


「うん、今日も相談にね。あ、これ飲む?」
「いらないわ」


静雄が手をつけなかった紅茶を指差され、ピシャリと断る波江。
それに肩を竦めて、臨也が紅茶に口を付けた。


「淹れなきゃいいのに。毎度毎度、どうせ貴方が飲むんじゃない」
「首なしライダーだろうと記者だろうと池袋最強だろうと、お客様にはお茶を出すよ」


シズちゃんが飲まないのは、それだけ必死だからさ。 笑顔を浮かべてそう言う臨也に、波江は呆れたように笑う。


「その必死さが無くなるのを望んでいるのかしら?」
「君の言うそれは、一体どちらかな。
シズちゃんがトムさんを諦めたとき?それともトムさんと結ばれたとき?」
「前者でしょう」
「君はまだ俺を理解していないようだ」


心底楽しそうに笑う臨也。

カチャ、とカップを置いて、窓の外へと視線をやる。


「俺はシズちゃんの幸せを願っているんだよ」


珍しく裏の無い、素直な声色に、波江は理解できない、とため息をついた。少し不機嫌そうに。


「そのために、好きな人の恋を応援するの?健気ね」
「おやぁ?見返りを求める愛は不完全だと、君も前に言っていたじゃないか」
「貴方はそんな性格じゃないじゃない」


波江の地味に酷い言葉に、臨也は苦笑するだけだ。

本当に自分がわかっていない。


「シズちゃんの悩みを知っているのは、この世で俺だけなんだよ?これ以上の幸福があるかい?」


窓から視線を外して、カップを見つめる臨也。

紅茶をシズちゃんが飲んでくれるのは、一体いつになるだろう。


「なんだか納得できないわ」と言いながら仕事に取りかかる波江。

臨也は波江に言うのではなく、独り言のように口を開いた。


「シズちゃんのことは俺だけが知っていればいい。でも、シズちゃんが俺について知る必要は無いさ」


ただ好きな人が幸せで、その幸せを祝福できればいい。

ふふ、と目を細めて、臨也が笑みを溢した。



「俺の愛は、一方通行でいいの」




片道恋愛



「臨也、…誘えたぞ」
「そう、よかったね!」







▼あとがき
DVD8巻の付録小説の臨也さんのセリフで、片想い臨也の萌えを再確認した←