カタカタと、臨也がキーボードを打つリズミカルな音だけが響く。俺はそれを聞きながら、黙ってソファに座っていた。
臨也がこちらに顔を向けることはなく、パソコンや携帯の画面に楽しそうな視線を送っている。

楽しそう、というより楽しいのだろう。
人間愛を叫ぶこいつからすれば、仕事として触れる情報さえも愛しくて仕方ない筈だ。

…俺のことは、どう思っているのだろうか。


週1で臨也の事務所に来るが、臨也は毎度仕事をしていて、仕事が終わるまで待機。
早く終わるときもあるが、朝方までかかるときだって少なくない。

仕事が終わったらシャワーを浴びて早急に抱いてくる。朝起きるとすでに服を着てベッドを出ているか、最悪また仕事をしている。


毎度毎度思うわけだ。

「何故そんな態度なんだ?」
「本当に俺が好きなのか?」
「仕事がやりたいのに、無理してるんじゃないか?」


仕事と俺のどっちが好きなんだ、なんて面倒なことは言わない。
仕事をしたいなら俺を帰して仕事をしてほしい。


『今日は忙しいんだ、ごめんね』


そう言われたほうがどれだけ楽か。
どれだけ寂しさが軽減されるか。


そこまで考えて「ああ、」と気付いた。俺は寂しかったのか。


一緒の部屋にいるくせに一切会話はしないし、恋人らしいこともしない。


性欲処理だけなのではないか。
自分の恋慕に付き合ってくれているだけなのではないか。


一度考えてしまえば不安は収まらなくて、どんどん心の中に積もっていく。

忙しいのなら、無理をさせているのなら、それなら俺は帰ったほうがいいだろう。
臨也には聞こえないようにため息をついて、ソファから立ち上がった。臨也は気付いているのかいないのかわからないが、こちらを見ることはない。


「今日は帰るわ」
「…?どうしたのいきなり」


俺の言葉にやっと顔をあげた臨也。眉が寄っている表情は、少し不満そうだ。


「別に。忙しそうだし」
「……そう、わかった。じゃあまた来週ね」


すんなりと俺の言葉を受け入れて、ヒラヒラと手を振ってくる。それに眉を寄せつつも背を向けて、俺は臨也の事務所を出た。



駅までの道を歩きながら、「やっぱりな」と呟く。新宿の賑やかな音にかき消されて他人に聞かれることはなかった。

やっぱりこの程度か。

忙しいのも否定しない。俺を引き止めもしない。別段一緒にいたいというわけじゃないようだ。
少し沈んだ気持ちを抱えながらも、なんとか足を進めた。












それから1週間が経って、俺は迷っていた。

今週も行くべきだろうか。行ってもいいのだろうか。
いやしかし、いきなり行かなくなったら疑問を与えるだろうか。


会社の事務所のソファでタバコをふかしながら悩んでいたが、気持ち的にはどちらかと言えば行きたく無かった。

行ってもまた放っておかれて抱かれるだけなら、別に行かなくてもいいだろう。行ったところでまた寂しいだけだ。
だが行かなくてグチグチ言われるのは嫌だ。


要するに臨也が仕事をしていなければいいのだが、そんな日は今まで一度も無かった。


だがもし、もしも今日、アイツの仕事が無かったら――そう考えて、よし、と携帯を取り出した。

タバコを灰皿で揉み消して、アドレス帳から臨也の番号を探し出す。
発信してから数コールで臨也は電話に出たが、その間が随分と長く感じた。それなりに緊張しているようだ。


『シズちゃん?どうしたの?』
「ああ…あのよ、今日も仕事か?」
『え?ああ……』


まあね、と言われて、自分が酷く落ち込んだのがわかった。

なら今日行っても、また寂しい思いをしてしまう。
部屋に誰もいないのをいいことに、俺は顔を歪めて「そうか」と返した。


「じゃあ今日は行くの止めるわ」
『…は?なんで?』


すぐに了承されると思っていたから、聞き返されたのが予想外で、口調に若干の戸惑いが入ってしまう。


「え…なんで…って、仕事あるなら行っても暇になんだろ」
『…何を今更』
「前から思ってた。仕事空いたら行くから連絡寄越せよ」


それだけ告げて一方的に通話を切った。
ソファの背もたれに頭を乗せて天井を見つめる。目を閉じてため息をついた。

本当は会いたい。女々しい考えだが会いたくて仕方がない。
だがあまりにも不毛だ。


「…帰るか」


ポツリと呟いて立ち上がる。
このままここにいても仕方がない。家に帰ってさっさと寝てしまおう。

事務所の戸締りをして、電気を落とす。
真っ暗になったから出て、俺は家へと足を進めた。





▼あとがき
続きます