何気なく店内を覗き込んだ花屋で、綺麗に手入れをされている薔薇を見つけた。
これでも花を綺麗だと思う人並みの感性はあるので、手にとってみた。一般的に眉目秀麗と言われている外見のおかげで、男が花を愛でている状況を訝しむヤツはいないようだ。逆に女からの視線が鬱陶しい。
真っ赤な色にくすみは無く、茎もしっかりとしている。
甘い匂いを放ちながらも凛としている薔薇に、ああ奴に似合いそうだな、と無意識に考えてしまった。
あのバーテン服でこの花を持ったら、それはそれは絵になるだろう。…少しかっこつけすぎかもしれないが。
少し考えて、俺は店員に花束を作ってくれるよう注文した。
道行く人たちが振り返って俺を見てきた。
それが決して馬鹿にしている類ではなく、むしろ真逆の、見惚れるような視線だということには気づいてる。
一歩歩くたびに手に持って肩に乗せている薔薇の花束がカサカサと音を立てる。その音を上機嫌で聞きながら、コツコツと足音を鳴らした。
(たまには悪意0のプレゼントってのもいいよねえ)
それが受け取ってもらえるかは別として。
まあ受け取ってはもらえないだろう。天敵である俺からのプレゼントを受け取るはずがない。
だがそれならそれでいい。こんなのただの自己満足だ。
さてそろそろ本腰入れて彼を探すか、と携帯を開こうとしたら、後ろから声をかけられた。
「折原臨也だな」
聞き覚えの無い声に名前を呼ばれ振り返るが、そこに並んでいたのは見覚えのない顔ばかり。
俺を囲んで立ち並んだ男達は、表情を見る限り俺に恨みがあるようだ。
(…まったく覚えてないけどね)
昔からいらない情報は消去してきた。きっと消去した情報のなかの一つなのだろう。
袖の中に隠していたナイフを取り出しながら挑発のための笑顔を向ける。
人数的に明らかにこちらが不利なため、相手は余裕で勝てると口元を歪めていた。
各々武器を持って俺に向けて構える。
なんて馬鹿なんだ、俺が勝算のない挑発なんてするはずがないのに。
どうやらこいつらは、俺が長年「平和島静雄」と渡り合っていることを知らないらしい。
「――あーあ…」
無事にその場をやり過ごした俺だったが、一つだけ失敗してしまった。
手の中には、花弁が取れ、茎が折れ、無惨にボロボロになった花束。
(しまったなあ)
花束にまで意識を回せなかったのはらしくない失敗だが、それを今とやかく言っても仕方ない。
ぼんやりと、花束を見つめながら「どうしようかな」と考える。
これじゃあシズちゃんにあげるなんてできない。
折角似合うと思ったが、この状態じゃ雑草押し付けるようなものだ。残念、とため息を一度つく。
シズちゃんに会ってこれを尋ねられる前に帰ろう、と駅の方向に爪先を向けた。その瞬間
「いざやぁぁああ!」
鳴り響く怒声。横を通過していった置き看板。
日頃の行いがでるらしい悪運に、正直うんざりしながら振り返った。
「…やあシズちゃん」
「テメェ今日は何してんだアァ?」
凄みのある声を発しながら俺を睨んでくるシズちゃん。その視線に、思わずサッと花束を自分の背に隠した。
シズちゃんはそれが疑問になったのか、少し首を傾げて覗き込もうとする。
「…なに隠したんだよ」
「べっつにー?」
とぼけた顔で答えると、シズちゃんの眉が少し寄る。
疑問というより疑惑を持った視線に、まずいなぁと感じる。
「テメェ、また何か企んでんじゃねぇだろうな」
「冗談!そんなしょっちゅう企んでらんないよ」
実際、今日は純粋な気持ちだったし。
「じゃあ背後に隠したもんを見せやがれ」
「…嫌だよ」
「なんでだよ」
「見られたくないからだよ」
駄々っ子のような理屈の俺に、シズちゃんの不機嫌さが上がったのが分かった。
チッ!と盛大に舌打ちをして、歩幅を広くして近付いてくる。
「見せやがれ!」
若干意地になっているシズちゃんは俺の腕を掴んで無理矢理前に出させる。
目の前に現れたボロボロの花束に、シズちゃんが目を丸くした。
「…なんだこれ?」
なんと答えたものか、とバツの悪い気持ちになって顔を背けた。
自分の手に取って花束だったものをまじまじと見るシズちゃん。よほど良からぬ物だと思っていたのか、その顔はキョトンとしている。
あまりに首を傾げるので、仕方なく笑いながら話した。どうせ元々受け取って貰えないと思っていたし。
「シズちゃんに似合いそうな薔薇だったんだけどねー?さっきちょっと乱闘してたらボロボロになっちゃってー」
「…俺に?」
苦笑しながら頷いたら、シズちゃんが「ふーん」と珍しく大人しい声をあげた。
こんなに会話が続いていること自体が奇跡だが、ボロボロになったプレゼントを凝視されるのはなかなか恥ずかしい。
今日はいっそ殺し合いのほうがいいな、と思ったとき、シズちゃんが声をあげた。
「じゃあ貰うわ」
「は?」
「俺に似合うんだろ」
バサリと花束を肩に担いだシズちゃんに、思わず間抜けな声が出てしまった。だがシズちゃんは何食わぬ顔で俺に背を向けて立ち去ろうとする。
「ちょっと待って!」と呼び止めた。
「な、何帰ろうとしてんの!」
「あ?なんだよ」
振り返ったシズちゃんの顔はまた不機嫌なものになっていて、眉間に皺が寄っている。
ボロボロの花束にでなく、純粋に、呼び止めたことに怒っているようだ。
何故持っていくのか分からない俺は、不機嫌な顔にも反応を示さずに口を開いた。
「何って、そんなボロボロなやつどうすんの!?捨てるから返してよ」
「アァ?残ってる花びら押し花にすりゃあまだイケんだろ。もったいねぇ」
予想外。予想外だ。
彼が押し花なんかやるなんて――てことでなく、俺の物を受け取って、それを大事に残そうとするなんて。
綺麗な花だったときならまだしも、ボロボロに折れた花に。
受け取ってもらえたことは嬉しいが、だがあんな物貰っても嬉しくないだろう。
戸惑う俺に、シズちゃんがため息をついた。
「テメェが珍しく俺に用意したんだろ」
「いや…したけど…っ」
「だから貰ってやるっつってんだ」
「な、なんで?俺からの、そんなボロボロな花」
ありえないじゃない、と言えば、シズちゃんは不機嫌な表情を緩め、ニッと笑った。
「そりゃ、嬉しかったからな」
今まで真正面から見たことは無かった笑顔が、言葉を失うくらいかっこよくて、俺は間抜けに口をパクパクと開閉した。なんと言葉を返したものか。
嬉しかった、という言葉は、俺がシズちゃんのためにプレゼントを用意したことだろうか。贈り物は大事に受け取るのか。…くそ、カッコイイ。
ボロボロな花束すら、そのかっこよさを際立たせているようで、本当にシズちゃんは予想外の動きばっかりするな、と思った。
君に花束
次は絶対に満開の花束を贈るから
また受け取ってくれるかな。
▼あとがき
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贈り物を大事にする心、プライスレス