※来神時代。シズちゃんと臨也が仲良し











臨也の昼飯はいつも買い弁だ。
購買での争奪戦は悠々と乗り越えてくるが、毎回毎回1階の購買から俺達と昼飯を食べる屋上までくるのはなかなか面倒そうだな、と思う。

だいたい、あれだ。臨也が昼を買ってくるまで弁当を持ってなきゃいけねぇのが面倒だ。
先に食うのはアレだし、俺達の飲み物も買ってきてくれるから待たないわけにもいかない。


だからアレだ。臨也も弁当にすればいいのに。

そう言えば、臨也は「母さんが面倒がって作ってくれないんだよねぇ」なんてありがちなことを言う。妹達は給食だから、弁当の機会は少ないのだと。


だったらアレだ。まあ作ってみてやろうじゃねぇか。
俺もいつか一人暮らしをするわけだし、料理の勉強もしなきゃいけない。毎日お袋に作ってもらうのも悪いと思ってて、自分で作るののついでだ。
そう、ついでだ。俺は俺自身のために弁当を作るのであって、決して臨也のために作るわけじゃない。


「誰かに作ってもらえればいいんだけどねえ。いいよね手作り弁当」


決してこの言葉に影響を受けたわけじゃ、ない。













――いつもよりも3時間ほど早く起床して、お袋が用意してくれた材料を元に弁当を作り始める。外に出ると喧嘩三昧の俺のために材料を買ってきてくれたお袋は気が利いてると思う。

まだ外が薄暗い中、エプロンをつけキッチンでレシピを広げる。家族はみんな寝ているから、できるだけ静かにやろう。


唐揚げと卵焼きとサラダ…だけ、でも、まあ。初めてだし。男が男に上げる弁当で細々してるのも変だし。


自分に言い訳をしながら、とりあえず唐揚げから取りかかる。鶏肉をパックから取り出して、そこでふと首を傾げた。


(…これ、このまま揚げるのか?)


切るっけ。このままだっけ。
いきなり躓いてしまったが、ううんと顎に手をあてて考える。お袋の作るのはどれくらいの大きさだっただろうか。
一応切っておこうか。いやそれでもしも小さかったらどうしよう。


…うん、まあ、デカイにこしたことはねぇだろ。

その結論に至った俺は、そのまま鶏肉に片栗粉を振りかけて油の中に放り投げて揚げた。
放り投げた勢いで跳ねて手のひらについた油に眉をしかめる。お袋は毎回こんな危険な目にあっているのか?もっと上手くやっていた気がするが、その上手いやりかたも思いつかない。

とりあえず自分にとっては痛くも痒くもないので今は置いておいて、表面が唐揚げの色になったから油から取り出した。
皿の上に置いておいて、次は卵焼きに取りかかる。


まず卵をとかないといけないな、と卵を取り出してまずヒビを入れようと机の角に卵をぶつけた。


ペキョ


「……」


軽い音を立てて潰れる卵。手にまとわりついた黄身が気持ち悪い。
力の入れかたを間違えたらしい。…そう言えばお袋はいつも俺の分は割っておいてくれた。我が母ながら有能だ。

感心している場合ではなく、次はもっと力を抜いてみた。
今度は上手く入ってくれたヒビに、よかったと胸を撫で下ろす。あとは指を入れて割るだけ――


バキョ


俺の両手によって潰された卵。
…うん、とりあえず手洗ってリベンジしよう。






しばらく卵と格闘して、なんとかボールに卵を入れることができた。何個もの卵を代償にしてだが。
ともかく割れたもんは割れた、と卵をといてフライパンに入れた。周りが固まったのを見て、フライ返しでめくろうとする。だが、卵がフライパンに引っ付いてしまっていてはがれない。

ガイガイとはがしているうちに卵は固まりすぎてボロボロになってしまった。明らかにダメになってしまった卵の現状にため息をついて、なんとか剥がして三角コーナーに捨てた。


(折角割れたのにな…)


スクランブルエッグにすら見えない悲惨な卵を見て、これからまた割るのかと気が重くなった。普通の人ならこんなことで悩まないだろう。卵が焦げるのはともかく、卵すらうまく割れないなんて。
やっぱり俺は料理なんてできない。できるわけがなかったのだ。

何してんだろうな、と自嘲気味に笑う。だいたい臨也が俺の弁当を食ってくれる保証もないのに。

やめようか、と悩んだが、それでは材料を用意してくれたお袋にあまりに申し訳ない。
せめて自分の分だけでも作ろう。笑われるだろうか――火を見るより明らかだ。

ため息をついてまた卵を格闘する。それでもさっきよりは早くにボールに入ったことに喜んでる自分がいた。


















「じゃあ、俺購買行ってくるからー」
「うん、先行ってるね」


昼休みに入って、手を振って教室から出ていく臨也を無言で見送った。新羅は笑顔で手を振り返していたが、俺の様子に気づいて怪訝そうに俺を見てくる。

屋上に行くために教室から出て、隣のクラスの門田を誘って廊下を歩いた。最中女子の「今日お弁当作ってきたんだー」と言う会話が聞こえてきてため息をつく。


「…どうしたんだい静雄。なんだか様子が変だね」


新羅の言葉に小さく「…ああ…」と返事をする。


「……今日自分で弁当作ってきたんだよ」
「へえ!凄いじゃないか!」
「材料がもったいないから食うだけで、明らかに失敗した。…今日は俺一人で食ってきていいか?」


新羅はともかく門田は人の弁当を見て笑うことはしないだろうが、それでもこの失敗作を見られるのは恥ずかしい。誰よりも臨也の野郎に見られたら何を言われることか。

新羅は少し眉を寄せて、「なんでだい?」と首を傾げた。


「…見られたくねぇんだよ」
「別に笑わないよ?初めてのことで失敗するなんて当たり前じゃないか」
「努力してたやつのことは笑わねぇよ」
「………」


そう言ってもらえても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

だが引く気は無い様子の二人にため息をついて、結局一緒に屋上に来た。
屋上はいつも俺達が昼に使っているせいで、他に寄りつく生徒はいない。ガランとした屋上に置かれたベンチに腰掛けた。

いつも通り臨也が来るまでは雑談をして時間をつぶす。このときはまだ弁当の恥も忘れられて気が楽だった。




「お待たせー」


声がしてチラリとそちらを見ると、パンと牛乳を持った臨也が屋上に入ってきた。
「今日は人が少なくて楽だったよー」なんてことを言いながら同じベンチに座った臨也に、自分の気分が酷く沈んだことが分かった。
自分の膝の上に乗っている弁当箱を睨みつけても、それが消えることなんてないが、それでもしばらく往生際悪く弁当を開けずに睨みつける。


「あれ? シズちゃん食べないの?」


俺だけが弁当を開けていないことに気付いた臨也が声をかけてきて、ギクリと肩がはねた。


やっぱり駄目だ。


「……今日は食欲がねぇ」
「へー、シズちゃんでもそんなことあるんだね」

「静雄」


もったいないがこのまま持って帰って捨ててしまおうと考えたら、門田が厳しい声で俺の名前を呼んだ。
ジッと俺を見てきて、う、とひるんでしまう。

折角臨也がなんのことかわかっていないのに、新羅は肩をすくめて軽く俺を咎める。


「ダメだよ静雄。そんな嘘ついちゃ」
「………」


咎められても「そうだな」と弁当を開ける気になれず、ただ黙りこくってしまう。
臨也は自分一人だけ分かっていない状況に首を傾げるばかりだ。


「は?どうしたの?」
「自分で作ったら失敗したんだってよ」
「な…!新羅!!」
あっさりとバラしてしまう新羅に、やっぱりコイツとは一緒に食わなければよかったと後悔した。
キレるよりも前に焦る。臨也にそんなことがバレたら、一体何を言われるか。


「…自分で作ったの?」
「……………捨ててくる」


臨也が驚いたようにこっちを見てきて、その視線に耐えきれずに立ち上がった。
見せろと言われる前に捨ててしまえばこっちのものだ。元は臨也のために作ったのだが、そんなことを言う気は毛頭失せていた。

だが「あ、そうなの?」と平然と声を上げられて動きが止まってしまった。
…まあ興味なんかねぇよな。そう思ったのに、次に臨也は俺に笑顔を向けた。


「捨てるなら俺にちょうだいよ」


言われた言葉に、「え、」と戸惑ってしまう。

臨也はもうパンを買ってきてあるし、俺の作ったものなんか興味も示さないと思ったのに。戸惑っているうちにバッと弁当を奪われる。


「あ」


そう声を上げるときには、弁当は臨也の手の中で蓋を開かれそうになっていた。
止めようとしたときにはもう遅く、パカッと軽い音を立てて開けられる弁当。


「………」


弁当の中身を見て固まる臨也。それはそうだ。ボロボロな卵焼き、バラバラな形のサラダ、弁当に入れてデカかったと気付いた唐揚げ――明らかに失敗している汚い弁当だという自覚があった。だからこそ隠れて食べようと思ったのに。

恥ずかしさのせいで体が震えた。穴があったら入りたい、ってこういう心境なんだな。



「…あのさぁ、シズちゃん」


頬を引きつらせながら、臨也が俺のほうを向く。罵倒の嵐を予想していたのだが、俺の顔を見た臨也が目を見開いてまた固まった。門田と新羅も俺を見て驚いた顔をする。
だが三人ともすぐに戸惑った顔になって、立ち上がって俺の肩に手を置いて慌てたように声を出した。


「ご、ごめんよ静雄!でもそんなに気にすることないじゃない!」
「誰だって失敗はあるだろ!」
「食べる!責任持って俺これ食べるから!!」


気を使われているのだと気付いて、自分はそんなに情けない顔になっていたのかと頭の隅で思う。
だが気を使われたら余計にみじめになってきて、上手く出ない声をなんとか出して「いいっ」と言った。


「だから、捨て、るって…!」
「いや食べるから!俺食べるから!!」


奪おうとした俺の手を避けて、卵焼きをつまんで口に入れる臨也。


「あ…!!」


租借している臨也に、俺の顔がどんどん青ざめていったのがわかった。
まずいのに。絶対まずいのに。現に臨也の顎の動きがどんどんゆっくりになっていて、その表情は困惑していっている。


(…味がない…。パサパサしてるって言うかそれ以前にジャリジャリ言ってるけどこれ殻だよねぇ…)


ゴクリと飲み込んで、次は恐る恐ると言った感じで唐揚げをかじった。今度はその瞬間に顔が引きつっていた。


(生!!中に火通ってない!てかこれも味付けしてない…!)


臨也のつらそうな顔に、情けなくなって泣きたくなってきた。
てかなんでコイツ今日はこんな無理するんだよ。いつもだったら「まずいんだけど」とか言って馬鹿にしてきそうなもんなのに。

ジワリと涙腺が緩みそうになった俺に気付いたのか、新羅と門田が臨也に詰め寄る。


「僕なら愛する人が作った料理は何でも美味しくいただくけど、まさか美味しくないわけないよねぇ臨也?」
「食べるって言ったんだから責任もって全部食えよ」

「…シズちゃん、なんでいきなり自分で作ろうと思ったの…」


どこか疲れきっている臨也がそう聞いてきて、視線をさまよわせた後に正直に答えた。
自分のために作ったというには、ちょっと臨也に無理をさせすぎてしまった。


「……テメェが、いつも買い弁だから…上手くできたらやろうと思って…」


できなかったけど、と小声でつけ足せば、臨也は驚いたように目を丸くした。
「もういいから返せよ」と声をかける俺を無視して、視線を移して弁当を凝視する。

そして意を決したようにバクバクと弁当を食い始めた。


次々臨也の口の中に入っていく弁当の中身。さっきまで顔を真っ青にさせていたくせに、なんでいきなりこんな、と俺が驚きで呆然としていたら、あっという間に空になった弁当箱を俺に突き出してきた。
細かいカスとかはついているが綺麗に完食されている弁当に、俺は思わず目を瞬いた。


「ごちそうさまっ」


そう言われて、先ほどまであった恥が消えて、胸にブワッと感情がこみ上げてきた。

――嬉しい、かもしれない。呆然としながらも喜びながら、弁当箱を受け取る。臨也はどこかホッとしたように俺の顔を見て、俺に向かって微笑んだ。


「…また作ってきてよ、シズちゃんもたくさん作れば勉強になるだろうし」


思いがけず臨也から言われたその提案は、俺にとってはとても嬉しい提案だったが、だがこんなものをまた食べたら臨也はキツイんじゃないだろうか。

不安に思う俺をよそに、新羅と門田はその提案に賛同した。


「ああ!いいと思うよ!何事も積み重ねが大事だからねえ!」
「作ってやれよ、静雄」

「………でも」
「毎日シズちゃんの手作り食べれるなんて、幸せだよ!!」
「さっき顔真っ青だったくせに何を…!」


気を使ってくれるのは嬉しいが、お世辞を言われても何も嬉しくない。
ムッとした俺だったが、臨也が笑って「俺のために料理上手になってね!」と言ってきて、何も言い返せなくなってしまった。



愛情弁当



『シズちゃん今日のお弁当何?』
『…卵焼きと唐揚げ』
『初めての時と同じメニューだー!楽しみだなあ楽しみだなあ楽しみだなあ!俺のために料理上手になってくれてありがとう!』


▼あとがき
静雄の怪力だと卵も一苦労だなあ。

料理できる男の子っていいですね。でもできなくて恥ずかしがってる男の子も切なくていいですね。じゃあヘタなところから努力しちゃえばいいじゃない←