「人、ラブ!俺は人間が好きだ!愛してる!」


新宿の事務所で、そんな声があがった。ちなみに言うが突如だ。そして独り言だ。

秘書の波江は、二階の本棚から視線をずらして、臨也を冷たい目で見つめる。
上司の奇行に「またか」と呆れているのだ。いや軽蔑のほうが近いかもしれないが、一応上司である臨也を立てておこう。


回転椅子に座っていた臨也は、二階からの冷たい視線に気付き顔をあげて微笑んだ。


「本当に人間って面白いよねぇ!あ、もちろん波江さんのことも好きだよ?人間だし」
「貴方、その独り言体質どうにかならないの」
「つれないなぁ」


芝居がかった仕草で肩をすくめる臨也に、波江は付き合っていられない、とため息をついて本棚に視線を戻した。


それからも一人で何か喋っている臨也。

寂しい。寂しすぎる。
いっそ誰かに電話すればいいのに。

しかし彼のこれにも一応理由があるのだ。
それがわかっている波江は、臨也の独り言に堪えきれなくなってこう言ってやった。


「練習もリラックスももういいから、さっさと行きなさい」


波江のその言葉を聞いた臨也は口と体の動きをピタリと止めた。
波江のほうにばつの悪そうな顔を向けて、「…まったく」と声をあげる。


「…わかってるなら、水をささないでくれないかなぁ」
「鬱陶しいのよ」
「ズバッと言うなぁ」


波江の冷たい態度にため息をついて、立ち上がる臨也。
いつものコートに腕を通して、一度深呼吸をする。


「…ちょっと、出てくるから」


どこか緊張していてるその声に、波江は呆れてため息をつくばかりだった。














ラブ。

好きだ。

愛してる。


人間に向けて、臨也が何度も言った言葉。
だが毎度彼は思うのだ。――不特定多数だからこそ、叫べるんだよね、と。


池袋駅についた臨也は、情報を探すこともせず、とりあえずで歩き出す。


――本気で好きな人に、言うのは桁違いに緊張する。


不特定多数と特定単数では違いすぎることを、臨也はもう何年も前から知っていた。
でも毎回「次は言おう」と、毎回人間相手に練習しているのだ。無駄だとわかっているのに。不毛だ。


例えば、池袋に人間は山程いるわけだが、今この場で「人、ラブ!」と叫ぶことに、何の恥も緊張も無い。
だが特定の――平和島静雄に言うとなると、恥ずかしいし緊張もする。


(でも今日は…今日は!)

今日に何かあるわけじゃない。ただ前回失敗したから、というだけだ。
毎回同じ意気込みで、毎回同じ挫折。臨也は自分自身が一番つまらない人間なのではないかと思い始めていた。


(今日は…普通に喋って、嫌がらせしないで、ちゃんと言わないと)


進化しない人間はつまらないものだが、臨也の場合退化と言ってもおかしくない。
毎回緊張して、照れ隠しで静雄を怒らせてしまうのだ。


今日は、今日は。
明日こそは。

…いったい彼の言う「明日」とはいつ来るのだろう。


そしてついに、前方に静雄を発見した。後ろ姿なので静雄は気付いていないだろう。
目立つ長身に金髪を見つけた瞬間に、臨也の頭の回転が遅くなる。


(あ、あぁああぁあ!いた!)


いた!と、発見したことをまず喜んでしまい、すぐにハッと我に返った。

頭を冷静にするために、深呼吸をする。
心拍を四拍で数えて心音を押さえて、頭を回転させるために素数を数えた。ちなみに冷静になる効果がある。


素数の数が151になって、ようやく臨也は静雄に声をかけた。


「シ…シズちゃん!」

「…あぁ?」


臨也の声を聞いて振り返った静雄は、機嫌の悪そうな声を発する。天敵に声をかけられて機嫌が良くなるわけもないが。


「臨也…テメェまたノコノコと出てきやがって…」


近くに立っていた標識を掴んだ静雄は、すでに戦闘体制だということを身体中で現していた。

正面から静雄に見られて、また頭が真っ白になりかける臨也。
慌てて、真っ白になる前に声を出した。


「ちょ!今日は、普通に話をしようと思って…!」
「話だぁ…?テメェと話すことなんざ、何一つとしてねぇ!」

「勝手に決めないでよ!俺は話すことあるの!!」


思わずそう叫べば、静雄は驚いたようにキョトンと臨也を見つめた。

たしかに臨也がいつもと違うと感じたのか、舌打ちをして標識から手を離した。


「…なんだよ」


眉間に皺を作ったままの静雄に問われ、臨也は戸惑う。

――もう、後に引けない。

緊張する。ああ、しすぎて心なしか気持ち悪いよ。

だけどもう逃げられない。逃げなくてすむ。

やっと来たチャンスに、臨也はうるさい心臓を押さえつけて口を開いた。


「あのね、俺―――…」














明日=今




▼あとがき
私はこれでも臨也は攻めだと言い張る←
なんか受けっぽくで自分で驚いたんですが如何ですか←←

タイトルや一部文章は、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」参照。
「貴方の言ってる明日っていつよ?」って言うセリフが好き過ぎて使った。後悔はしている。ごめんなさいあんまりしてない←


多分初の第三者目線でしたが、思いの他楽しかったです^^