鬱血痕や打撲は勿論、脱臼や骨折、骨にヒビが入るのも日常茶飯事。
ボロボロなはずなのに、それでもアイツは俺の手を握って、そっとこう言うのだ


「ほら、シズちゃんも」


――意味がわからない。









手のひら










「やあ新羅」
「…今日はなんだい?」


俺と共に新羅の家に来た臨也が笑顔で挨拶をしたら、新羅が呆れ返ったようにそう尋ねた。
もう「普通に顔を見に来た」という予想すら立たないらしい。


「いつも通りだよ」
「ああ、はいはい」


部屋に入りながら、笑いながら臨也が差し出した左手を見て、新羅は心配するのではなくため息をついた。


「一ヶ月前も手を怪我してきたじゃないか。折角治ってきたっていうのに」


新羅の言葉に胸がキシリと痛む。
一ヶ月前も今回も、臨也の怪我の原因は俺だった。

視線を逸らした俺に気付いたのか否か、臨也はなんてことないように笑う。


「別に利き手ってわけじゃないし、一応治ってきたからチャレンジしたんだよ。それより早く治療して」
「はいはい。…毎回治療する俺の身にもなってほしいんだけどね」


ドッカリとソファに座った臨也に、新羅は向かい合うように膝をついて臨也の手を取る。
痛みを訊きながら触診をしていき、手際良く手当てをしていく様子を、俺は黙って臨也の後ろから眺めていた。


「前に入ったヒビが悪化したみたいだね。治りかけてたのに…」
「他は?」
「特に無し」
「聞いた?シズちゃん!」


新羅の診察結果に、臨也は嬉しそうな声を上げて背もたれに頭を乗せ、俺を見上げた。
その表情は、その声に伴って笑顔。


「今回怪我してないって!制御できるようになってきたじゃない!」


よかったね、と笑うその顔は、まるで自分が怪我したことを忘れているかのように見えた。

















――よくないだろう。


新羅の家から臨也の家に帰ってきても、俺は一人ソファに座って悶々と考えていた。
つけられているテレビに顔を向けてはいるが、内容なんかまったく頭に入ってこない。


――よくないだろう。
大なり小なり臨也は怪我をして、それは間違いなく自分のせいだ。攻め立てるどころか、笑顔で励ますなんて意味がわからない。

そもそも、俺は嫌だと言っているのに、臨也が何回も何回も「手を繋ぐ」ことを強要するのがありえないだろう。
怪我をさせてしまうから嫌だと言うのに、強引に手を取って「ほら、」と促してくる。結果、結局加減ができなくて傷つけてしまう。


確かに俺達は付き合っていて、恋人ならば手を繋ぐことも抱きしめることも普通だとは思う。
でも俺自身が普通じゃないのに、普通の恋人のようにするほうが間違っている。

握り返さなければいい。そんなことはわかっているが――好きな相手に促されて、我慢できる訳が無い。
だからもう俺に触れないでほしい。何度言っても頷いてくれないけれど。


「シーズちゃん。どうしたの?」
「!!」


ひょこっと俺の顔を覗き込んでくる臨也。
考えごとをしていたせいで狭まっていた視界に突然現れた臨也に、驚いて思わず顔を後退させた。そんな俺に苦笑する臨也。


「そんな反応されると傷ついちゃうなあ」
「…悪い」
「ま、いいよ。ケーキ買ってきてあったんだけど、食べるよね?」


そう言って、お盆に乗せたショートケーキと紅茶を机の上に置いた。
言ってくれれば自分で持って来たのに、と怪我をしている手を見て眉を寄せる。
そんな俺に気付いて、臨也はまた俺の顔を覗き込んでくる。


「?どうしたの?」
「どうしたのって…」


まるで怪我なんかしていないかのような臨也の質問に、更に眉を寄せた。
ただ、俺の視線に本気で首を傾げた臨也に我慢できなくて、恐々と口を開く。


「…怪我してんだろ。……言えば俺が運ぶ」
「恋人とはいえシズちゃんはお客様だよ?もてなすのは俺の仕事じゃない」
「俺のせいで怪我してんだから、そんな形式しらねぇだろ」


何故こうも頑なに俺に気を使うのかと、そろそろ苛立ってきたのに、臨也は眉まで寄せて「意味がわからない」という表情を見せた。


「なんでシズちゃんのせいなの?」
「…ッ!んなわかりきったこと訊いてんじゃねぇよ!」


思わず声を荒げてしまう。

気を使うにしても無神経だ。こんな、したことを思い知らせるようなことは言わなくてもいいじゃないか。
「俺が手を握ったから怪我をした」なんてわざわざ口にしたくない。

それなのに、臨也は更に首を傾げて声を出す。


「わかんないよ」
「………ッ俺、が…手、握ったから怪我したんだろ…!」


膝の上に置いてある拳を強く握りしめ、罪悪感でいっぱいになりながらも口にする。
やっぱり言った途端に辛くなって、泣きそうになった顔を見せまいと俯いた。


こんなに傷つけて何が恋人だ。こんなに気を使わせて――何が恋人だ。

もう別れたほうがいいのでは、と一体何度考えたことか。自分から言い出せたら苦労しないのけれど。


手のひらに爪が喰い込んでしまうほど強く握っていた拳に、臨也の手がそっと触れた。
持ち上げられ、ゆっくりと俺の拳を解いて、両手で包むように握られる。
驚いて顔をあげたら、臨也が困ったように苦笑していた。


「そんなこと?」
「な…!」
「俺が握り返してくれって言ったんだよ。握ったから怪我をしたって言うなら、悪いのは俺だ」


それは違うだろ。俺が加減ができないからで、本来握り返すことを求めるのは悪いことじゃない。
俺が普通であれば、なんの問題もなかったはずのことだ。


「…じゃあ…!もう握り返せなんていうなよ!」
「それは嫌だ」
「なんで…!こんな手、触んねぇほうがいいだろ!」
「それは違うなあ」


するっと手を撫でられて、爪が喰い込み切れてしまった俺の手のひらを見つめる臨也。
血が滲んでいる傷口に触れて、その血を軽く拭われた。


「君が何と言おうと、俺は触れてたいし、触れてほしい」
「……」
「俺はシズちゃんの手、好きだよ」


そっと傷口に唇が寄せられて、ちゅ、と口づけられる。
愛おしそうなその仕草に、俺は手を引っ込めることもできずに戸惑ってしまった。
臨也は俺がこの力を、体を、もっといえば自分の手を嫌っていることを知っている。
そんな手を「好きだ」なんて、おかしい。


「…なんで、こんな手…」
「臆病な君がゆっくり握り返してくれて、力加減の下手な君が、俺の手を握るときは精一杯制御しようとしてくれるから」


ぺろりと傷を舐められて、思わずビクリと肩が震えてしまう。
そんな俺の様子に、手に口づけながら楽しそうに目を細める臨也。


「自己嫌悪でこんな傷まで作ってさ。…愛してるって伝えてくれるこの手が」


だいすき、と告げられて、顔が一気に熱くなった。


この言い分だと、きっと臨也はこの先も手を握ることを促すだろう。
そしてきっと、俺はそれに逆らえずに握り返して、何度も何度も傷つけてしまう。


ボロッと目からこぼれた涙を、臨也が微笑みながら指で拭ってくれた。
困った子だなあ、とまるで小さい子供を相手にしているかのような言葉に、ボロボロと涙が溢れ続けた。


――だけど、いつか。
力の加減ができるようになって、こいつの手が傷つかなくなればいい。
唯一怖がらずに差し伸べられたこの綺麗な、大好きな手が、傷つかなくなればいい。




その時にはきっと、手だけじゃなくて全部で愛を伝えるから。








▼あとがき
55555HITりあさんリクエスト「甘いイザシズ」でした!
「俺はシズちゃんの手、好きだよ」というセリフを書きたかっただけです…ハイ。
臨也さんは手だけじゃなくて全部愛してるんですけどね!!

「甘い」と言われて迷走した揚句、これは甘いのかが自分ではよくわからなくなってきました←
愛云々言ってるので…なんとか甘いと言うことでここはひとつ…!←←

それにしてもこの話の臨也さん若干Mっぽい気が…ゲフンゲフン


リクエストありがとうございました!!