あの性悪な兄にチョコレートを渡さなくなったのは、一体いつからだろう。



「幽平さんを好きになってからはあげてないよね!確実に!」
「…肯…(うん)」
「てゆーかあげるの勿体無いよね!お金がっていうより気持ちが!」
「…少…酷…(ちょっと言い過ぎ)」


放課後、クル姉のクラスに来て、バレンタインについて二人で盛り上がる。

今年はバレンタインが平日なのもあって、今日一日はずっと皆少し浮かれた雰囲気だった。
だけど私達は最初から一人だけに渡すって決めてたから、そんな雰囲気はあんまり関係なかったかな。


「俺にもないんだ?」
「あるわけがないよね!ていうか貰えるって思ってた?思ってた??ウキウキわくわくしちゃった感じ?朝からそわそわして男子は大変だねぇ!」
「…待…(期待してた?)」
「君らね…」


青葉君が呆れたようにため息をついたけど、これはきっと残念がってるため息かな。

クル姉が鞄を持ち上がったのを合図に、教室を後にする。
今日は池袋で静雄さんを探さないといけないから、放課後にダラダラと学校に残るつもりはない。

後ろからもう一度青葉君のため息が小さく聞こえた。
あの様子だと今日の収穫は0個かな?あははご愁傷様!!












静雄さんを見つけて、幽平さんへのチョコレートを渡さないと。
事務所に送ればいいんだけど、その他大勢のチョコレートに埋もれるなんて嫌だし。


池袋の街はバレンタイン一色になっていて、カップル達が腕を組んで歩いている。爆発すればいいのに!

そんな中で、彼は物凄くわかりやすい目印を打ち上げた。


「臨也ァァアアア!」


ドォン!と怒声と一緒に宙に舞った自販機が少し離れたところに見えた。


「あ!静雄さんみーっけ!流石静雄さん!わっかりやすいよありがとうっ!」
「…行…(行こうか)」


クル姉と手を繋いで、自販機がうち上がった場所へと歩く。
目的地に向かう間、「それにしても」と口を開く。


「イザ兄、今年もチャレンジしてるんだねぇ」
「…懲…(こりないね)」


高校までは毎年バレンタインでは山のようにチョコを貰ってきては私達に与えていたイザ兄が、最近はぱったりとチョコレートを貰わなくなっていた。
モテなくなったわけじゃなく断っているなんて、全国の非モテ男君達に殺されればいいんじゃないかな。

曰く、「好きな人が出来た。一筋縄じゃいかないから、そいつから貰えるまでは誰からも貰わない」らしい。
私達はその前からあげてなかったから、あんまり関係ないけど。


でも毎年チョコ貰えなくてため息を吐いてるイザ兄を見ると、少しだけ、ほんの少しだけ同情してしまう。
可哀想だなって思ってしまう。


「今年も貰えないのかな」
「……」
「私達のも貰ってくれないよね」


慰めるためのチョコも拒否されてしまうし、家族愛の籠ったチョコも貰ってもらえない。
その状況を、少し寂しいと感じてしまったり。

ぎゅっと、繋ぐ手の力を強くしてしまう。
クル姉が慰めるように頭を撫でてくれたから、パッと笑顔を作った。


「ありがとうクル姉!まあ毎年のことだし、今更あげるのもむず痒いしね!」
「……真…(本当…?)」
「もっちろん!元気爆発で暴れ狂っちゃうよ!」


ぶんぶんと、繋いでないほうの腕を振り回せば、クル姉に小さく「止(やめて)」と注意されてしまった。

ちぇーっと唇を尖らせていたら、前方から見知った人影を見つける。
それは私達の目的の人で、ポケットに両手を突っ込んでスタスタとこちらに向かって歩いていた。


「あ!静雄さーん!その調子だとイザ兄退治し終わった感じ?」
「…労…(お疲れ様です)」


大きく手を振って声をあげたが、静雄さんは地面を見つめたまま歩いて、私達の横を通過してしまった。


「し、静雄さん!?スルー?スルーなの!?」


さらに背中に声をかけても反応は無し。
何なんだろう、と思っていたら、クル姉が「あ、」と声を上げた。


「…兄…(兄さん…)」
「え、何?イザ兄生き残ってるの?何それ奇跡…」


言いながら振り返って見たら、イザ兄は手に板チョコを持って呆然と立ち尽くしていた。


「…あれ!?あれチョコじゃない!?え、嘘貰えたの!?」
「…行…(行こう)」


クル姉に引っ張られてイザ兄の所へ行ったら、イザ兄はまだ少し呆然としながら私達を見た。


「九瑠璃、舞流…お前達いたのか」
「今さっきね!イザ兄、もしかしてチョコ貰えたの!?」
「…祝…(良かったね)」


心から祝福してあげたら、イザ兄が照れたように笑った。
――こんな顔初めて見るよ?超レアだよ?


「ようやくな。…ところでお前ら、どうせ羽島幽平宛てのチョコをシズちゃんに渡すんだろ?追わなくていいのか?」


そう言われてクル姉と顔を見合わす。
確かにそうなんだけど、静雄さんのあの様子だと追っても無駄な気がしてしまう。

そして何より、今日は記念すべき日で、チョコは一つしか持っていない。


「…んー。静雄さん、今追っても無駄だろうし」
「…再…(またの機会にする)」
「いいのか?なんなら兄ちゃんが事務所に送っておいてやろうか」


余程機嫌がいいのか、そんな提案までしてくる。
だけど私達は揃って首を横に振った。
イザ兄はそれに少し目を丸くする。


「なんだ、本当に渡さないんだな」


だってチョコレートは一つしかない。


さっきイザ兄は嬉しそうに笑ったけど、やっぱりそれは静雄さんからのだからだろうか。
あの人がそんなに特別なら、私達は?

少しドキドキしながら、鞄からチョコを出して二人で差し出した。


「お祝いにあげる!もう受け取ってくれるよね!」
「…贈…(どうぞ)」


私達二人からのチョコに、イザ兄は更に目を丸くした。
相当驚いたみたいだけど、すぐにフッと笑ってチョコを受け取ってくれる。


「ありがとう。貰っておくよ」


そう言って、さっきと同じ笑顔を浮かべて私達の頭を撫でてくれた。



特別な貴方に




撫でてくれた掌が嬉しかったのは、私達二人の秘密だ。



▼あとがき
新刊読んだら折原家が書きたくて仕方なくなった。

九瑠璃と舞流と青葉君と、妹に対する臨也の口調がわからない。
つまり全員わからなかった。キャラがブレブレだぜ!^q^アッー
九瑠璃の台詞の書き方が一番謎。