「泣くな……」


 そう言った彼の声が震えていることも、わたしの頬を伝う水が、わたしだけのものではないことも、もうわかっていた。いつもわたしを導いてくれた凛とした真っ直ぐなアイスブルーの瞳は、初めて見る色をして暗く翳っていた。
 無視できないくらい大きくなって、でも、そんなこと認めたくなくて。ただその熱い腕を、いつもの香水の匂いを感じたくて、子供みたいに首に縋った。それに応えるように強く引き寄せてくれた腕は、なんだかいつもよりぎこちなかった。


 自分の大切な人を家族に認めてもらえないということが、どれほどもどかしいことか、わたしは今ありありと実感させられている。そして、大切な人の家族に、自分を認めてもらえないということが、どれほど苦しくて悲しいことかということも。
 お互いが生まれた時から決められていた定めを、これほど憎んだことが今まであっただろうか。親の意向を受け入れること。家を守り抜くこと。そして、親の決めた、家に見合った人間と一緒になること。
 なかったということは、この人以上に愛した人が、今までいなかったということだろう。のらりくらりとかわしてきた、家の決まりが追い縋るようにわたし達に絡みついて離れない。今まで蔑ろにしてきたツケだとでも言うように。
 彼の家が我が家の格に合わないとか、そういうことじゃないのだ。ただお互いが違う方を見ているだけだ。家を継ぐ立場にあるわたしは、向こうの条件には見合わない。良家の子息なのに、弦楽をしながらも博打みたいなバンドをやっている彼を、うちの家族は快く思っていない。


 無邪気に将来を誓い合える程、わたし達は子供じゃなくて。今のこの状況を覆せる程、大人ではなかった。何もかもを捨てて逃げられたら、これ程楽なことはないのに、それすらも出来ない。やましいことなんて何もないのに、二人の将来は二人だけのものなのに、こんなにも後ろめたいのはどうしてなんだろう。


「っ……ねぇ、子供……作っちゃおう、か」
「馬鹿、そんなことしたって……」


 幸せになんてなれない。わかってる。わたしの家のしつこさなんて、わたし自身が一番良く、身にしみてわかってる。家から逃げ出すために二人の命を分け合った子供を利用するなんて、わたしの思考回路はいつからこんなにも汚れ落ちてしまったんだろう。そんな子を幸せになんてしてあげられる訳がない。それに、そんなことを知ったら、あの人達が何をするか。この世からなかったことにされるのなんて御免だ。


 嗚呼、どう足掻いたって上手くいかないな。どうして貴方は、なんて、まるでロミオとジュリエットみたい。そういえば、初めて合奏したの、プロコフィエフだった。あの時演奏したのはシンデレラ。でもわたしは、シンデレラにはなれない。ロミオとジュリエットのように死を選ぶ覚悟もなくて、二人の家の溝は永遠に埋まらないままなのだ。


 窓を叩く雨音が、より一層強くなる。どうしようもない不安と悲しみは洗い流してはくれないのに。



High and Dry.




20170220


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -