子供が産まれるまでの間は、想像していたよりもずっとあっさりとしていたものだった。なまえ自身の身体のことについてはきっと、病院なりなんなりで相談をしたりして、極力オレにそういう部分を見せないようにしているんだろうとは、薄々わかっていた。でもそのことについてどうこう言うのはなまえの努力を無駄にするように思えて、なまえから何か言われない限りはオレから特に何かを言ったり、アクションすることはなかった。なまえの身体が落ち着いてから、結婚することを正式に発表して、まあ多少のごたつきはあったけど、もう今までと変わらずに活動を続けている。


 今までと変わらないものと、変わっていくもの。その違いはなんだろうか。オレ自身の気持ちは、どこへ向かっていくのか。産まれるまでの間はそればかり考えていた。


 子供が産まれたら、たぶんなまえはオレだけのものじゃなくなる。初めて会った時、いや、初めて見た時からずっと執着し続けた『オレだけのモノ』という支配欲。それがこれから永遠に満たされることはないという事実に対する渇望感が脳裏を離れない。
 けれど、それと同時に湧き上がってくるのはもうなまえは永遠にオレの傍を離れることはないだろうという充足感だった。なまえが自分のために子供の人生を犠牲にすることはないだろう。そのためにずっと、じわじわとなまえの身体を、心を蝕むようにオレだけを植え付けてきた。あの日失いかけたものが、子供を理由に永遠に離れることはないと安堵してしまう自分は、正直狂ってる。


 汚いやり方だと、自分でも思う。でももう、こうするしかないから。こう思うしかないから。これだけ汚いオレを、オレですら持て余しているオレ自身を、なまえに愛させるにはこうするしかなかった。




 産まれたばかりの彩弥は、日ごとに顔立ちが変わっていくようで、日によってなまえに似ていたり、オレに似ていたりとまちまちだった。常に彩弥と一緒にいるなまえは、昼寝しただけで顔が変わるとまで言っていた。今ではもう、すっかりその顔の変化は落ち着いたようで、なまえは彩弥の寝顔を見ながらやれどこがどっちに似ているだのと言うことが多くなった。


「……彩弥、寝たかな」
「おつかれ」


 リビングの片隅、彩弥が昼寝をしているバウンサーをのぞき込むなまえの顔は、前に比べて少しほっそりとしたようだけど、そこに浮かぶ笑顔はただただ優しい。その笑みに思わずつられてのぞき込むと、さっきまで泣いていたのが嘘みたいな穏やかさで眠る彩弥がそこにいた。
 生まれたばかりの頃は、まだ顔も浮腫んでいてどっちに似ているとも思えなかったけど、最近は確かに似ている部分が見えるようになってきた。


「……なまえに似てる」
「え?」
「ここ」


 寝ている彩弥の頬をそっと撫でてから、小さな耳を指さす。全体的に小さくまとまっていて、耳たぶもあまり大きくない。その耳たぶはほんのりとピンクに色付いていて、いかにも赤ちゃん、という感じがした。耳の郭はあまり起伏が無くさらっとしていて、耳の内側に収まっている。


「えー、そうかなあ……」
「そうだよ、オレの方がなまえの耳よく見てるから」
「なんで?」
「そのピアス開けてやったの誰だか忘れたわけ?」


 彩弥とそっくりの小さなつるんとした耳に光るピアスのそのホールは、まだなまえが十代の頃にオレが開けてやったものだった。開けたいんだけど初めてで怖いと半泣きで相談してきた時には呆れたものだったけど、なんでそこまでして開けたいのかと問えばオレとお揃いにしたいなんて。更なる呆れと同時に、満たされていく支配欲をありありと感じたことを覚えている。
 まただ、こうしていつも汚い自分を実感させられる。なまえと一緒にいる限り一生拭いきることは出来ないこの感情は、陽の差し込むこのやわらかな空間にはあまりにも不釣り合いで、汚い。


「でも」
「……ん?」
「今は瞑っているけど、目はモモにそっくりで好きだなあ」


 こんな自分に、似ている部分があっていいのか。
 こんな自分が、この先傍にいてもいいのか。
 こんな自分を、オレは赦してもいいのか。


「モモの方がわたしより目、おっきいもの」


 暢気に笑うなまえの、細い身体を抱きしめる。なまえと一緒になってから、本当に弱くなった。何がとは言わない。鼻の奥が痛くなる。誤魔化すみたいにさらに力を入れて、悔し紛れにこう零すしか出来なかった。


「……オレの方が、睫毛も長いしね」





20170215


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