1月22日、兵庫県南部―最低気温2度、最高気温8度の予報。


 今日の神戸は普段と比べてほんのいくらか温かい。中に着ているのもコンプレッションと半袖のピステだけで、体が温まれば上を脱いでもいけるように感じる。と言っても今朝のニュースでは兵庫北部に雪マークが付いていたが。


 今日は午前からいぶきでの練習。アップでランニングをしている間、吐く息が白く霞む。芝生を踏みつけるスパイクの中で爪先が冷たくかじかんでいるのを感じる。……今日も東京は寒いのだろうか。




 俺が大学の2年に上がる頃、幼馴染みで1つ下のなまえは地方の医療系の有名大学に進学した。最初のうちは互いに連絡を取り合うこともあったが、次第にそれもなくなっていった。俺自身がサッカーを続けるべきか葛藤の中にいた時期だったし、なまえはなまえで専門的な実習が忙しく、自分たちで連絡を取り合うどころではなかったのが事実だ。


 あれからもう5年が経った。俺はヴィッセルでプロになり、なまえは大学を無事卒業できるようだと母親から聞いた。今年はプロ2年目、レギュラーを取れるか、チームとして安定していられるかが懸かってくる。前シーズンのような思いをサポーターにさせない為に、そして俺たち自身も上へと上がっていくために、やらなきゃいけないことは山ほどある。





 今日の練習は明日がオフで、来週からキャンプということも手伝って、いつも以上に厳しい引き締めの練習になった。それでも午前だけの練習だからか、みんな体力がありあまっていて、練習後には誰かが引いたクラッカーが顔面直撃したりと忙しなかった。



「大丈夫か?」



 乾いた笑いを浮かべて、ツネさんが近づいてくる。たぶん少し手荒だった誕生祝いのことだろう。



「まぁ、クラッカーだったんで。大丈夫っス」
「あぁ、せやな」
「監督日本人でよかった……」
「はは!ブラジル人やったら悲惨やったろうな!」



 ブラジル人監督のチームだと、結構な確率で生卵と小麦粉がお見舞いされる。ブラジルの伝統的な祝い方らしいが、やられる方の身にもなれ、と言いたい。鹿島のオリヴェイラはブラジルだから、渋沢あたりは卵食らってんじゃねえか。練習の汗をシャワーで流して、帰りの身支度をする。その最中にもチームメイトから祝いの言葉やプレゼントをもらった(プラシャツとかすげぇ有り難いのもあったけど、ワケわかんねぇガラクタみてぇなもの押し付けられた)。





 昼もだいぶ過ぎて、チームメイトとも別れて一人、帰路に就く。そして一人になると思い返すのだ。


 この5年、死にものぐるいでやって来た。高校最後の選手権は、俺たちのベストメンバーで臨んだ。一時は確執のあった水野もチームに加わって、俺も10番への馬鹿みてぇなこだわりを捨てた。言ってしまえば、完璧だった。



 だけど、負けた。掴みかけた優勝旗は、俺たちの指を掠めて、そのまま戻ってくることはなかった。


 渋沢には鹿島、藤代はヴェルディ、水野はマリノスからの誘いがあった。渋沢は大学との両立をしながらという決断だったが、全員が誘いを受けた。渋沢のようなビッグクラブからの誘いはなかったが、俺自身にも誘いはあった。俺は迷っていた。俺の中のサッカーは、武蔵森が全てだった。地域じゃ一番だった俺たちに挫折を、そこらのクラブチームにだって負けない自信を、サッカーの全てを与えてくれたのは武蔵森だった。俺たちのサッカーは、言わば武蔵森のサッカーだった。自分の中での最高の布陣が破られた。自分のサッカー人生を否定されたような気がした。そして何より、サッカー人生の半分近くを共に過ごしたアイツら以外と、これ以上のパフォーマンスを見せられる気がしなかった。



 考える時間をくれ、と言って、大学進学へと逃げた。


 大学に入ってから、サッカーをする気にはなれなかった。……する気になれない風を装っていた。本当は気になって仕方なかった。プロになった連中の動向も、武蔵森で奮闘しているであろう後輩も、そして自分の大学のサッカー部でさえも。


 もうあの頃のパフォーマンスは出来ねぇかもしれねぇ、でもあの頃に近づく事は出来る。そして何より、俺がプロになることは、なまえの夢でもあった。生まれついて体の弱かったなまえは小さい頃はあまり運動が出来なかった。俺が公園で練習するのを、何時間でも見続けて、そして言うのだ。



「亮くんはサッカー選手になるんだね」



 それは推量でもなければ願望でもなかった。なまえにしては力強い程の断定だった。その瞬間、俺のサッカーは俺だけのサッカーじゃないと思った。なまえのように事情があって俺に夢を託す者、俺が倒してきた全てのチームを背負って、俺のサッカーは成り立っている。それを思い出すと、俺の足は自然とサッカー部へと向かっていた。


 大学のサッカー部自体は、それなりに有名で実力もあった。高校時代の自分は無意識にこの学校を、このサッカー部があるから選んだんだろうな、と思うと少し笑えてくる。止めようと思った後も未練タラタラで、毎日ランニングだけは欠かさなかったが、やっぱりブランクが長く、技術を取り戻すのに時間がかかった。それでもこのサッカー部での自分の位置を見つけ、手に入れた。


 大学でのサッカーは、それなりの成績で自分自身もそれなり、だった。それでも声を掛けてきてくれるクラブがあった。高校時代にも声を掛けてくれ、俺の力が欲しいと、その考えは4年前と変わらない、と言ってくれたのが、ヴィッセルだった。


 不安もあった、ヴィッセルのサッカーに自分がフィットするのだろうか。低迷気味のクラブとはいえJ1だ、不安がないはずがない。それでも俺は、不安よりもヴィッセルに対する感謝の気持ちが強かった。サッカーを続けることが出来て、幸せだった。例えなまえに逢うことが出来なくても。




 強い風が俺の体へと容赦なく吹き付ける。濁った色をした雲が裾を拡げ始めた。そう言えば天気予報では夕方過ぎから雨か雪だと言っていた。これからまた気温が下がるのだろうか。朝の鋭い空気よりは緩やかになった空気を頬に感じながら、マンションへの角を曲がる。


 ふと、マンションのエントランスに、普段見かけない色が射し込んだような気がした。不思議に思って眉根を顰める。見慣れないピンクは、どうやら人がしゃがんでいるらしかった。近づいてくる足音に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げる。



「!なまえ!!」
「あ、亮くん」



 何でここにとか、そんなことどうでもよくなって、冷え切っているであろう体を思わず抱きしめた。案の定なまえの体は冷え切っていて、相当長い時間、外で待っていたことがわかった。



「おまっ、何で!?」
「だって、」



 そう言うと一旦俺から離れて、俺を見上げる。



「亮くん、お誕生日おめでとう」



 5年も連絡寄越さなかったクセに、こういうときは急に行動的になる。何をしでかすか誰も予測が出来ない。だから目を離せない。いや……、最初から離す気はなかったんだ。











「つか何でこっち来たんだよ」
「だから、亮くんのお祝い…」
「それだけじゃねぇだろ」
「……ほんと気付いてないんだね」
「は?」
「なんでもなーい!就職内定の報告です!」
「んなもん電話すりゃいいだろ」



――ピシッ







 みょうじ なまえ 様

(株)クリムゾンフットボールクラブ 
代表取締役社長
叶屋宏一 

ヴィッセル神戸・メディカルトレーナー採用内定のご連絡


拝啓 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、先日は、当社のメディカルトレーナー採用試験にご応募いただき誠にありがとうございました。厳正なる選考の結果、貴殿を採用いたすことを内定しましたのでご連絡いたします。
つきましては、同封の書類をご記入いただき、期限までにご返送ください。
なお、入社日については別途ご連絡いたします 。

敬 具 


 平成XX年XX月XX日
 記

  1.提出書類 
     入社承諾書 誓約書 身元保証書
  2.提出期限
     平成XX年XX月XX日

ご不明ながありましたら、
人事担当 XX XX 電話(XXX-XXX-XXXX)
までお問い合わせください 。

以上






「……まじかよ」
「亮くん新体制発表ちゃんと聞いてなかったでしょ?」



:)20110122




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