お昼ごはんを食べ終わると、昴はすぐに補助イスから降ろすようにせがむ。何もかもが真新しくて遊びたいざかりの二歳児は、あちこちに興味が移って追いかけるだけで大変だ。食べこぼしで汚れた手と口をふきんで拭ってやると、すっきりしたのかご機嫌で笑いだした。気持ちよさそうにばたつかせる手足に、なんだかこっちも嬉しくなって、柔らかいほっぺたをひと撫でしてから補助イスから降ろしてあげる。真っ先にリビングの一角にある玩具の山に向かっていくと、最近お気に入りの木琴の前に座り込んだ。
 ちょっと前まで赤ちゃんだった顔付きは、もうすっかり子供の顔付きに近付いていって。床に降ろすたびに抱っこをせがんでは泣いて、ハイハイしかできないと思っていた足は、もう自由自在に歩き回ってる。しゃがみこんでも頭の重さで転んだりしない。早い早いと聞いていた、子供の成長に驚く日々。

――ガチャ

「何? もうメシ食ったの」
「昴だけ先に、わたしはまだ」

「もう食べる?」ダイニングに入ってきたジュダに問いかけると、「おー」となんとも間延びした返事が返ってくる。でも、昴のこと見てて、なんて言わなくても自然とその足はリビングの方へと向かっていてくれて、家にいられる時間は普通の家と比べてきっと少ないけど、ちゃんとパパなんだなあって思うだけで胸が暖かくなる。この魔の二歳児をこうして乗り越えられているのだって、音楽にしか関心がなかったあのジュダが、不器用ながら歩み寄ってくれているからで。

「(幸せ、だなあ)」

 なんでもないようなこの昼下がりが、どうしようもなく愛おしくて、幸せで、泣きたくなるんだ。そうしたらきっとジュダは泣いているわたしのことを見て、めんどくさいって顔をしながらもそばにいてくれる。きっと、不器用な手が涙を攫って、少し眉を下げてわたしに「めんどくせえから泣くな」なんて言うんだ。人から見たらきっと、ぶっきらぼうで優しくない、なんて思われるんだろう。でもわたしにとってはそれが当たり前で、それがジュダの精一杯の優しさだってわかってるから、これがきっと最高の幸せなんだと思う。



 さっきまで食器を洗う水音に紛れ込んでいた木琴の音も、人の動く気配も感じなくなったと思ったら、昴はどうやら遊び疲れて寝てしまったみたいだった。最近は活発に遊んでは電池が切れたようにパタリと眠ることが多くなってきたから、今日もそうなってしまったのかな。じゃあジュダは? 自室で仕事にでも戻ってしまったかな、とやっぱり音楽が関わると歯止めが効かないいつもの様子に苦笑して、急いで手に付いた泡を洗い流してリビングへ向かう。目を離してもいけないし、寝ているのならブランケットをかけてあげよう。

「昴……寝ちゃった?」

 返事があるはずもないのに小声で尋ねる。ダイニングのラグに近付くと思いも寄らない人影が一つ……?

「ジュダ?」

 毛足の長いラグの上で、昴をお腹に乗せて寝ている。最近はよくまとわりついてくる昴を「鬱陶しい」なんて言いながら舌打ちをすることだってしばしばある。もちろんそれが本心ではないこともわかっているし、そんな風に言わないようにと諭すようにしているけれど、昴が落ちないようにと背中に添えられた左手に、ふわふわとした何とも言えない充実感に満たされる。ジュダには少しだけ暑いかも知れないけれど、昴にそっとブランケットをかけてあげる。心配性なお義母さんのために、二人の写真を撮って送ってあげよう。ちゃんとパパ、出来てますって。
 窓から差し込む午後の日差しに照らされた髪の毛がきらきらと光る。その猫っ毛で柔らかく透かされた金髪はまるで重力を持たない。触れたいと思う気持ちを抑えきれずに、そっと手を出すと、さらさらと指の間を心地よく流れた。

「……ふわふわ」

 普段頭を撫でようものなら「子供扱いしてんな」なんて憎まれ口を叩くけど、今はそんな様子みじんもない。だからか、ここぞとばかりに撫でたい衝動が現れる。閉じられた瞼から睫毛が伸びていて、男の人にしては白い顔にそっと影を落とす。眠そうな垂れ目の割には辛辣な言葉を吐く口は閉じられて、形の良い唇が目に入る。
 頭を撫でていた手はいつの間にかゆっくりと顔に下りてきて、いつもわたしにするみたいにそっと頬を撫でていた。触れたいと思うのは、何でなんだろう。いつもしてくれているみたいに、触れたいと。

 ちがう、わたし、何を。

 頬に添えた手を離す。洗い物だってまだ終わってないし、洗濯物だって取り込まなきゃいけない。やらなきゃいけないことはまだまだ沢山あるんだから。頭の中に浮かんでいたモノを、振り払うように頭を振った。キッチンに行こうと立ち上がろうとすると、思わぬ方向から腕を引っ張られる。

「えっ?」
「……どこ行くんだよ、離れんな」

 起きてたの? いつから? ごちゃごちゃに混乱する頭を余所に、強くわたしを抱きしめる体温はいつもと変わらない。寝ぼけたような声で「まだ寝てろ……」と言うと、わたしの髪に、おでこにそっと体温を落として行く。わたしの「寝てるの?」という問いかけには答えない。
 そうして最後にわたしの瞼にそっと口づけると、さっきまでと同じように寝息を立て始めた。昴の背中に回された左腕はそのままで、わたしを閉じ込める右腕はわたしが身じろいだくらいでは微動だにしない。その腕は確かに力強くて、でも優しくて。このままお昼寝したら洗濯物が湿気っちゃうとか、洗い物が途中だからとか、そんなことはもうどうでもよくなってきてしまって、しょうがないなあ、とジュダに体を預けた。

 お義母さん、お宅の息子さん、パパも旦那さんもちゃんと出来てますよ。





20170102:)



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