夏休みがあけてからも、その暑さは変わることなく。ああ、なんでこんなに暑いんだ、夏は終わったんじゃないのか……、これだから残暑と言うのですね、と妙に納得。暑すぎるほどにまぶしい日差しを浴びながら考える。窓際から2列目、一番後ろの席に座りながら、こんなにも日差しを浴びているわけとは。



「ちょ、三上」
「あ?」
「……三上さん、暑いんですが。カーテン……」



 あたしが日に当たっているのを知ってか知らずか、いやたぶん知らなかったんだろうけど。カーテンの継ぎ目から漏れる光をさえぎって頂けまいか、と下手に出てお願いをした。少し不機嫌そうな顔をしたけれど(あ、いつものことであった)、次の瞬間にはシャっ、とカーテンを閉めてくれた。けど、一向に気だるさは改善されず、どうしたものか。まあ、どうにかなるか、次は体育だー。



「なまえー」
「んー?」
「具合悪いんじゃないの?」
「たぶん大丈夫ー、そんなヤワじゃないってー」



 外には光化学スモッグが出ていて、外で体育が出来ないから久しぶりのバスケの授業。体育館で男女合同だから、ちょっとスペースは狭いけれど、まあなんとかなるでしょう。チーム分けをして、ビブスを着る。あたしの大好きな目の覚めるようなオレンジだった。それだけでもう、うれしい。バスケを見るのは好きだ、早い攻守の切り替わり、プレーもダイナミックだし、まあやる分には下手だけど。出番が来るまでぼーっと試合を眺める。出番は確か、次だったと思う。先生の話をちゃんと聞いていなかった。



「次ー!」
「なまえ行くよー」



 前を歩く友達が手招きをする。もう試合は終わっていたらしい。どれだけぼーっとしていたのか……。切り替えよう、と勢いよく立ち上がった瞬間、視界が大きく揺れた、気がした。あんなにも鮮やかだった大好きなオレンジが一瞬にしてセピア色に変わった。足元がぐらつく、力が入らない。



「桐原!」



 誰かの叫び声もやけに遠くに感じた。それでも普段から耳になじんだ声だった、気がした。返事はおろか反応すら返せないまま、ブラックアウト。





「もう大丈夫よ、授業戻っても」
「あ、いや。今更いいっス」
「そう?」



 目を開けると、そこは体育館ではなかった。清潔感のある真っ白い天井、……保健室か。何が起こったのか少し冷静になって考えていると、先生の「開けるわよ、」と言う声がしてすぐに、カーテンを開けられた。



「あら、起きたの?調子はどう?」
「あ、まだ少し、指先とかが、しびれて、ます」
「そう。しばらく横になってていいわ。いくつか聞きたいことがあるから」



 そう言って先生は簡単な問診表みたいなものを机の上から取ってベッドの方へとやってきた。ふとソファの方を見ると、そこには何故か、少し気まずそうな三上がいた。



「なんで?」
「ん?」
「なんで三上がいるの?」
「あぁ、桐原さんのこと、運んできてくれたのよー」
「そう、ですか」



 開き直ったかのようにどかりと座ってはいるものの、やっぱり気恥ずかしそうに天井を見る三上に、あああの声は三上だったのか、と妙に納得した。ふっと一息ついて、感覚が戻らない手を開いたり閉じたり繰り返していると、先生の声。



「はい、一応体温計ってね。昨日は何時に寝たの?」
「えーと……、たぶん12時過ぎくらいです」
「12時、朝ごはんは食べた?」
「あ、あんまり」
「あんまり?」
「……食べてないです」
「お昼は?」
「……お昼も、あんまり、です」



 頭上から先生のため息が聞こえる、気のせいではない。ごめんなさい食べないんじゃなくって食べられないんです。先生から目をそらすと視界に入った三上ですら、何してんだお前、とでも言いた気な顔をしていた。ちょっと。



「たぶん夏バテでしょうね、あとは貧血」
「……はあ」
「貧血は女の子だからよくあることだけど、ご飯は必ず食べなくちゃ駄目」
「はい」
「午後の授業はいいから帰って寝てなさい、夕飯はちゃんと食べること!」
「……はぁい」




 荷物は友達が持ってきてくれていたみたいで、あとは保健室から放り出されるだけだった。扉の向こうでは、容赦なく太陽が差し込んできた。リノリウムの廊下が反射材のように光った。またくらりとしそうだったが、隣のこの男がどんな顔をするかが容易に想像できたから、意地と根性で踏ん張った。保健室で目覚めたときより幾らか血の通った、それでもなかなか力の入らない腕で、荷物を背負いなおした。



「おい、」
「……何?」
「荷物」



 そう一言だけ告げて真っ直ぐ手を差し伸べるしかめ面のこの男は、とても不器用だ、と思った。いつまでも荷物を寄越さないわたしに痺れを切らしたのか、半ば奪い取るように荷物を持って、先を歩き始めた。ちょっと、と声をかけるよりも先に気付いたのは、常に1歩半先という厳密に守られた距離と、普段はせっかちなはずの三上の1歩が、体調の悪いわたしのものと同じだったこと。思わず目を細める、こんなにも自分は弱かっただろうか、と情けなくなった。



「体調、悪いんなら……無理すんなよ」
「……うん、ごめん」
「……」
「ちがった、……ありがと」




桐原さんと
残暑と
三上くん


20120210


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