わたしの足元を優しくそろりと撫でるように、金木犀の風が吹いた。色褪せたような落ち葉が乾いた音を立てて舞う。カラカラと鳴るそれは、わたしの足元で小さな音をたてて、ぴたりと止まった。焦げ茶をした、使い込んで少し傷が目立つローファーと紺色のソックス。つい一月ほど前まではまだ、蝉が煩いほどに鳴いていたというのに、今ではもう落ち葉が目立つ季節へと変わってしまった。指先を優しい冷たさが包んで、擦り合わせると灯る微かな熱。そういえば陽が沈むのだって。教室中が甘くて切ない橙色に変わって、淋しさを孕んだ藍色が満たしていくのも、ずいぶんと早くなったものだ。



 こうして二人してこの学校から寮までの短い、けれど濃い道も、もどかしいような距離で帰る時間だって、もうあと少ししか残されていないのに。




 夏の盛りに行われる高校総体。都大会の激戦を勝ち抜いて東京都代表になったうちの学校は、全国でもまた快進撃を見せ、見事優勝を勝ち取った。そしてこの季節が過ぎると、もうすぐそこに選手権が待っている。


 サッカーをしている人なら一度は憧れる、全国高等学校サッカー選手権大会。冬の国立のピッチに立てる限られた11人になるために、人々はどれだけの犠牲を払うのだろうか。夏が過ぎて、とうとう秋が来てしまった。微妙な空白の隣にいる彼が、亮が、どれだけの犠牲を払ったのかなんてわたしには到底わかりっこないし、それを無理にわかったようなふりなんてしたくはない。血の滲むような努力を重ねた人間だけがたどり着ける場所だと思うから、わたしがそれを垣間見ることすら、許されないような気がしているから。


 それでも、なんとなく。ほんとうに何となくだけれど、亮がいつも以上に試合への密かな闘志を燃やしていることは、隣にいるだけでもなんとなく感じ取れる。それもそうだ、高校3年、最後の大会で集大成を見せられるのかがかかっている。そしてそれ以上に、もうこのメンバーでサッカーをすることは、恐らくもうないんだと感じているのだ。そして来年のメンバーにきっと、いやほぼ確信に近いだろうが、藤代くんや水野くんがいないであろうことにも気付いているのだ。彼らの類い希なる才能は、高校進学時からすでに全国区の知名度を誇っていた。だからきっと、来年うちのグラウンドではない、また別のどこかでサッカーをしているだろうということをひしひしと感じ取っているのだ。亮のパスが藤代くんたちを活かしたように、藤代くんたちがチームを勝たせた試合がいくつもあった。たくさんの優秀な選手が集まっているうちの学校で、個人の技術にそこまで大きな差はなかったが、それでも2人は別格だった。そんな彼らと共にする最後の大会、その結果が果たしてどうなるのかはわからないけれど、みんなが満足するようなプレーが出来たらいいなと思った。



「……亮」
「ん?」
「もうすぐ、だね」
「……ああ」



 何のことを言っているのかは、互いに口にはしなかった。それ以降、静寂が2人の間を支配しようとし始めた。あるのは、足元で枯れ葉たちが立てている音だけだ。





 鬱陶しいくらいの夏が過ぎて、秋が来た。そっと忍び寄ってきた秋は、きっとまた、そっと冬を連れて来るのだろう。秋が去っていくと、そこには冬の国立が待っている。指先は悴むばかりなのに、体の芯は熱く燃える、そんな不思議な空間が今年も待ち構えているのだろう。そしてきっと、秋はこのもどかしいような今、この時ですらも、奪い去ってしまうのだろう。


 せめてもう少しだけ、このくすぐったい心地の良さが続いたら、と思った。









20111026




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