同期で隣の課の美香ちゃんが結婚した。その前にも1コ下の香菜ちゃん、たくさんお世話になった亜由美センパイ、直接関わったことはないけど営業の増田さんも。年の瀬に畳み掛けるように色んな人がゴールインして、あたしの懐は寒くなる一方だ。(年末は、ぱーっと行こうかなー、なんて思ってたのに、みんなお世話になったから、中途半端なご祝儀なんて渡せないし!!)


 あたしもそろそろ、結婚、したいなぁ。


 なんて、同棲してもう5年になる彼、三上亮をふっと見つめる。でもあたしの視線にアキが気付くことはなくて。気を紛らわすために、夕飯の買い物に行くことにした。冷蔵庫に野菜は入ってるから……、なんて考えながら、外に出る準備をする。



「アキ、夕ご飯何食べたい?」
「あー、……なんでも、」



 ……それが一番困るのに、いいかげんにわかってよ。アキと付き合い始めて10年、同棲を始めて5年。あたしにとってはもう5年だけど、アキにとってはまだ5年?



「じゃ、行ってきます。」
「おー、」



 家を出るときも、アキは振り向かなかった、大方プレミアリーグでも見てるんだろう。わかっちゃいるのに寂しかった。





 買い物をするために商店街へと向かう。ヴィッセルのホームタウンであるこの街は、チームカラーである深いエンジ色の応援フラッグを掲げて、ヴィッセルを応援している。今年もチームの状況は苦しくて、J1残留争いを繰り広げていた。そんなチームを今シーズンから率いることになったアキが忙しいのは当然のことだし、仕方のないこと。わかってるはずなのに、わからなきゃいけないのに、



「……浮かない顔。」



 アキに、あたしとサッカーどっちが大事か、なんて聞けるはずなかった。答えなんて目に見えているし、何よりアキはそう言う女を嫌った。中学の頃から、ずっとそういう女の子をフってきたのを知っているから。何度も聞かされた言葉。アキの嫌いな女にはなりたくなかった。




”大体人とモノを比べるとかありえねぇだろ。”



「でも、……不安なんだよ。」




 その日の夜、アキに思わず聞いてしまった、でも確信に触れるのは怖くて、少し言葉を濁して聞いた。



「アキはさ、あたしのこと……好き?」
「はぁ?何言ってんだよ、」



 ……、昔からそうだよね、アキは。都合が悪くなると、後ろの髪の毛掻き上げるクセ、まだ治ってないんだね。わかってたよ、あたし。アキのこと好きでいたって、いっつも辛いことばっかり。中学のときから好きで、いいことなんてあったっけ?あぁもう、言いたいことが上手くまとまらない。頭の中がグルグルする。混乱、する。





 朝早く、アキには黙って家を出た。一人暮らしの友達が風邪を引いたので、看病に行ってきます。なんて見え透いた嘘を書き留めて、テーブルの上に置いた。今日は午後から練習だから、きっとまだ起きてこない。最後の優しさとばかりに、冷蔵庫にはご飯を作って置いてきた。


「ごめんなさい、」



 結局あたしだって、アキの嫌いな女と一緒だよ。





 友達の家に行くと、呆れ顔であたしを迎えてくれた友達は、まぁ入りなよ。とあたしを家に入れてくれた。とりあえず誰でもいいから話を聞いて欲しかった。経緯を話すと友達は、はぁ、と溜め息を吐いて見つめてきた。



「本当はさ、なまえは止めて欲しいんじゃないの?」
「な、に、」
「自分じゃ決められないから、あたしに決めて貰いたいだけじゃないの、って言ってるの。三上くんのこと酷いって誰かに言って貰って、自分で三上くんのこと酷いって思い込もうとしてるんじゃないの?」
「っ、そんなことっ……。」



 ないって言い切れるのかな、だってあたしもう27だし、今から新しい恋愛なんてできっこないよ。だって人生の半分以上、アキのこと好きでいて、それでアキに見捨てられたら、どうやって恋愛していいかわかんないし。



「迷ってるんなら、絶対に行きなよ、日曜日。それまでこっちに泊まってもいいからさ。」



 どっちにせよ、踏ん切り付けるために、行こう。





 Jリーグ最終節。今の段階でアキ達ヴィッセル神戸は、順位が16位だ、そしてJ2へと降格するボーダーは16位から。今日の対戦相手はヴィッセルの一つ上の順位、勝ち点差2のチームだ。昨日の試合で17・18位は決定しているから、どちらのチームが15位に収まるか、この試合に全てがかかっている。両サポーターも盛り上がりは最高潮で今までにないくらいの盛り上がりを見せている。




――ピピーッ!




 試合が始まってすぐから、アキへのチェックは厳しかった。ヴィッセルのパサーとして機能しているのが、キャプテンであり、トップ下に位置しているアキだから仕方ないけど、今日のチェックは特に厳しかった。そんな中で出せるパスはたかがしれていて、前半は攻めの修正に時間を取られ、膠着状態のままスコアレスで終わった。



「アキ……。」



 後半に入って、膠着状態にしびれを切らした相手チームのボランチが、アキの脚を削りにかかった。主審からも副審からも、ボールに行ってるように見えたらしいその行為は、アキの脚を確実に傷付けていった。


 でも、何度削られても、立ち上がっては絶好のパスを前線に送り出す。惜しくもシュートは外れたけど、スタジアム中が三上コールに包まれていた。


 あぁ、アキはこんなプレッシャーの中で、飲まれないように、負けないように、ずっと戦ってきたんだね。入団5年目のこの大役、チームは年々順位を落としていて、どんな気持ちでこの1年サッカーをしていたんだろう。



「今のファウルだろ!!」



 弾かれたようにピッチを見つめると、相手に倒されたらしいアキが、足首を押さえていた。ファウルを取らなかった審判に、サポーターからはブーイングの嵐、そしてヴィッセル側の選手達も、審判に詰め寄っている。そんな中で、アキは大丈夫だとでも言うかのように、審判に軽く手を挙げて立ち上がった。そして怒りを露わにする選手達に、冷静になるよう促しているように見えた。



「なんでよ、」



 みんなアキが倒されたから怒ってるのに、なんでそんなに冷静でいられるの?昔はいつだって渋沢に止められる側にいたはずなのに。


 これは、あたしの知ってるアキじゃない。怒りっぽくて自信家で、そんな昔の三上亮じゃない。勝ち点3をむしり取るために、15位という、端から見たらどうしようもない順位を勝ち取るために、チームのキャプテンとして、10番として戦う三上亮で。



「勝てるハズ、ないんだよ、」



 あたしなんかが、サッカーに勝てるハズ、ない。




 後半も依然膠着したままで、スコアレス。ロスタイムは約2分。時計の針が、やけに早い。あと1分。お願いだから、神様。今だけアキの脚を支えてやってください。



――ピッ



 ゴール前で競り合っていたボールがラインを割った。左からのコーナーキック。中学時代からアキが何度も何度も、練習を重ねてきた位置での大チャンスだ。キッカーはもちろん、アキ。


 目をつぶってても思い出せる。ボールをセットして、アキは2歩半後ろに下がってから、思いきり右足を振り抜く。インサイドに当たったボールは、回転がかかって、



「……ダイレクト。」



 あぁ、アキが笑ってる。その笑みだけは昔と一緒だ。



――ザンッ
うおぉぉぉぉおおおお!!!



 アキのコーナーがダイレクトで決まったその瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響く。




――ピッピッピィーー!!




 深いエンジの波が起こって、スタジアムは歓声に包まれる。鳴りやまない三上コール。興奮したような、それでいて、泣き出しそうな選手達。敗れた選手を称える、相手サポーター達のめいっぱいの拍手。全てがあたしの奥にある、醜い感情を、涙として体外へと出した。




「えー放送席、放送席、こちら今日の決勝点をあげたキャプテンの三上亮選手です。おめでとうございます。」
「ありがとうございます」



 スタジアムで聞くアキの声は、エコーがかかっていて、いつもと違って変な感じがする。



「見事コーナーからダイレクトに決まりましたね。」
「昔からもう何千と練習してきたコースですから、ホントにあそこでコーナー蹴れたのは運命かな、と」
「今シーズン中盤では、なかなか厳しい試合展開がありましたが、今の率直なお気持ちは?」
「厳しい評価を頂いても、俺達を見捨てずにずっと支えてきてくれた監督、スタッフ、そして何よりサポーターの皆さんにはホントに感謝しています。」
「今、この勝利を一番に伝えたいのは誰ですか?」
「あー……、」



 バチリ、目線が交わって音がするのなら、今絶対にこんな音が鳴っていると思う。インタビュー中のアキと、思いきり目線が交わった(気がする)。



「ちょっといいっスか。」
「あ、はい」



 インタビュアーからマイクを奪って、こっちのただ一点、あたしの目を見ながら、アキがしゃべり出した。少しこもったスピーカー独特の声があたしの脳を支配する。




「10年以上一緒にいるけど、未だにどうすればお前、なまえを喜ばせられるかわかんねぇ。でも、何でか知らねぇけど



なまえを幸せに出来んのは俺だけだって思ってる。



こんなボロボロで、高校時代からなんも変わってねぇけど、もしお前が一生側にいてくれるんなら、ボロボロになってもこうして踏ん張ってられる気ぃするし、



なまえを世界一幸せにする自信がある。」



「……あ、き?」



 ガヤガヤとまわりが煩いはずなのに、何も聞こえない、聞こえるのは、アキの声だけ。誰かがあたしの腕を引っ張って、あたしを一番ピッチに近い所まで連れてきた。



「あー……、指輪もなんも用意してねぇし、お前も俺もなんかもうぐちゃぐちゃだけど、」



 堪えきれなくて、涙が溢れる、アキがよく、見えない。




「っ……、アキのバカっ、大好き!!」




 アキと一緒にいると、辛いことばかり目に付いてたけど、今日この日の幸せのためだったんだ、って。ねぇ、そう思えるよ。神様、やっぱりさっきのお願いは大丈夫、だってこれからはあたしがアキを支えて行くから。





:)20101111




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