夏の照り付くような日射しがジリジリとわたしの肌を焦がす。日向にいる間1秒たりとも気が抜けないような、張りつめた快晴。空は果てしなく青くて、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。それでもどこかこの感じがキライじゃないのは、じっとりと湿度が高いワケでなく、カラッと晴れて突き抜けた空だからだろうか。蝉の声はまだ聞こえないにしろ、真夏同然の暑さ。ゆらゆらと遠くの白線が揺らぐ。



「なまえー」
「何ー!?」



 遠くの方からクラスメイトが呼ぶ声がする。暑さの中で少し気怠げに間延びした声は、ゆっくりとだが確実にスタンドの日陰からこちらへと近付いてくる。クラスメイトへ振り向く、スタンドを見上げる。ポニーテールの毛先が揺れる。



「次の出番いつ?」
「えー……と、多分、10時半頃から。200の予選」
「ん、わかった」
「応援よろしく」



 年に一度の陸上大会は、学年もなにも関係なしのガチンコ勝負だ。全員3年生の組に子羊のようなか弱い1年生が放り込まれたり、逆に現役真っ最中の下級生の熾烈な争いを繰り広げる組に、既に現役を退いた3年生が入ったりと、互いに気を抜けない。わたしのような2年生が、一番気楽と言ってもいいかもしれない。


 まあ、わたしは気楽ではないけれど。


 毎年陸上部員だからと言って、大いな期待を寄せられがちだが、陸上部員全員が全員、陸上大会が好きだと思ったら、それは大間違いだ。陸上部員だからって、妙な期待をみんなからかけられるし、他の部活のメンツに負けたら、それこそ陸上部の面目丸つぶれだし、そしてなにより顧問やコーチの視線が痛い。学校行事だからと言って、中途半端な走りをすれば怒られるし、フォームが崩れようものなら居残り練習は確実だ。



「はあ……」
「なーにため息ついてんの?」
「藤代」
「そろそろ出番だよね?」
「そっちは?」
「俺この次、800ー!」



 ため息に反応して後ろから声をかけてきたのは、クラスメイトの藤代だった。いつだって元気のありあまっているこの男は、どうやら次は800に出場するらしい。さっきは100の予選にも出ていた気がするけれど。



「800なんて出るの……ありえない」
「えー、なんでよ?」
「中距離って陸上競技で一番しんどいんだよ。長距離よりも確実にしんどい」
「まじか!でもまあエントリーしちゃってるし!」
「ああ、そう」
「ぶっちぎって行くつもりなんで!」
「陸上部の面目ないな……中距離ドンマイ」



 藤代は、何というか、単純明快で、歯に衣着せぬ物言いをするもんだから、ちょっと人を苛立たせたり、そういうことが多いかもしれないけれど(それこそ運動の出来ない文化部員たちからは特に!)、わたしはそんなさっぱりしたところが好きだ、と思う。こういう行事でも、変な期待とかを押し付けてくる訳ではないし、と言うか手柄は自分で立てるタイプだろうし。自分のやれることを精一杯やった結果で、陸上部員を負かしてしまったら、それはそれで仕方ない、と考えるようなタイプで。だからこそ、ウチの陸上部員は、藤代にだったら仕方ないな、と思ってしまうのだ。



「てか今年のリレーはどうかねー?」
「クラス対抗?」
「うん」
「んー、優勝狙える位置には、一応いるんじゃない?」



 最終種目のクラス対抗リレーは、男女混合の1600mリレーだ。女子が2人で200ずつ、男子が3人で400ずつを走る。最も盛り上がりを見せるこの種目は、各クラスから運動部のエースが出てくる。もちろん藤代だってそのメンバーだし、かく言うわたしも、だ。


 でも今年のクラスは陸上部の男子がいなくて、些か不安があった。もちろんメンバー全員運動部で固めてみたが、それでもやっぱり陸上部には敵わない。400の走り方を知っている陸上部員がいるだけで、チームはがらりと変わる。急遽作ったチームでもバトンパスが上手くいくだけでタイムは縮まる。そして何より、気持ちが変わるのだ。


 このバトンを繋げば次の走者は陸上部員だ。そう思うだけで、出せない最後の力を出し切れるときがある。陸上部のあいつがなんとかしてくれる。



 そのプレッシャーが、重たい。



「そか、じゃあ狙おう」
「……は?」
「狙える位置にいるんなら、狙った方が楽しいじゃん!」
「……だって藤代あと何個出るの?」
「この後の800とー、100の決勝、ハードルの決勝……あとなんかあったかな?」
「ちょっと……」
「でもみょうじいるし、うん。ダイジョーブ!」
「……」
「てかそれ以上に!俺がカッコ悪い姿は見せない!」
「は?」
「自分にばっか責任あると思ってんだろ?」
「それは……やっぱり陸上部だし」
「だーかーらー!そんなん関係ねぇって!だってそれは俺らみんなの責任じゃん?チームで走ってんだから!」



 それもそうだ、と思えたのは、こう言ってくれたのが藤代だったからだろうか。陸上部に入って最初に言われたことを、わたしはすっかり忘れていたみたいだ。


 陸上は個人競技じゃない、立派な団体競技だ。


 一見個人競技のような陸上は、仲間のサポートなしには決して成り立たない。選手の出場する組、レーンを調べて、それに合わせてアップを行って。競技が終わればマッサージをして、ダウンに行く。その一連の流れが滞りなく進むのも、すべては仲間のサポートのおかげ。



「気負いすぎだって、最近のみょうじ、走ってるときしんどそう」
「……ごめん」
「まあ俺に謝られてもって感じなんだけど、」
「そう、だね」
「今日の走りで、挽回すればいいんじゃない?」
「……ありがとう」



 青い空はどこまでも突き抜けて、目に染みる太陽の光も、何故だかすべてが切なく胸に染みついた。雨天走路で2人してしゃがみこんで、足もとの白線をじっと見つめていた。ああ、もうすぐ出番だというのに、わたしの心が、揺れる、揺れる。






(だからこそがむしゃらにやってみたっていいじゃない)




:)20110701




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