監督の元に水野をけしかけてから暫く経った。あのあと風祭からの電話で監督が倒れたことを聞いた。どうやら胃に穴が開いていたらしい。今はもう退院して、来週から部には顔を出すそうだ。ちょっと喧嘩でもして完全にアイツが来ることがなくなったらいい、そんな軽い気持ちだった。まさかああなるとは思ってもいなかった。……なんて、言い訳くせぇ。



 運悪く担任に捕まって、仕事を頼まれた。仕方なく特別棟を歩いていると空き教室から言い争う声が聞こえてくる。言い争うと言っても、片方だけが声を荒げていて、もう一方は落ち着いているように聞こえる。教室に近づくにつれて、だんだんと声がクリアに聞こえてくる。


 ……監督と、桐原?



「……もう、竜也の回り、かき回すのやめてよ」
「……」



 普段のふざけた調子の声とは打って変わって、いつになく真剣味を孕んだ桐原の声。……水野の話か、と思うと無意識のうちに声を拾うように耳を澄ましていた。どうやら桐原も、突然の水野の編入に不満があるらしい。最も、俺とは違って水野を気に掛けているようだったが。



「父さんのところでサッカーしてる竜也、ぜんぜん楽しくなさそうだったよ」



 いつからだろうか。
 純粋にサッカーを楽しんでいると感じることが少なくなったのは。小さい頃は人が集まらなくてゲームにならなくても、ただボールを蹴ってるだけでも楽しかった。場所がなかろうが構わず、日が暮れるまで泥だらけになりながら、ひたすらボールを追い続けた。


 それがいつからだろうか、ただ楽しかっただけのサッカーが、必ず勝たなければならないモノに変わった。地元で1番になって、勝つのが当たり前になった。武蔵森のセレクションを受けて、辛うじて合格した。ここでは1番じゃいられなくなった。好きだからという理由だけで、ボールを追い続けるのではダメだと感じた。誰よりも練習を重ねて、10番を奪い取りたかった。プレッシャーに押し潰されそうになって、他のことなんか構ってられなくて、そのせいでたくさんの行き違いも生じた。確執もあった。それでも俺は、10番を奪い取った。そしてここまで10番を守ってきた。それが俺の誇りだった、それこそが俺のサッカーだと思っていた。



「フィールド上では、選手を手駒にしていいけど、」
「……」
「フィールドの外に出たら、竜也や三上は、あんたの手駒じゃない」



 自分の名前が聞こえて、ふと顔を上げる。足音が教室から出てきそうになって、思わす身を隠した。階段脇の柱に隠れていると、パタパタと足音が聞こえてくる。



「……10番じゃなきゃ、いけない理由って何?」



 10番でなきゃ、いけない理由。








(何、してんだろうな。俺)(走り去ったアイツの横顔、鈍く光る目元)



:)20110119



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