誰かが噂をしていた。



「サッカー部に監督の息子が入るらしい」
「ポジションは三上と被っているから、監督の息子を10番にするらしい」



 つまりは、あたしの父は、あたしの弟を、うちのサッカー部に入れる気らしい。弟の竜也は、父親とのサッカー観の違いから、離婚した母親に付いて行った。


 父さんのサッカーは、勝つためのサッカーで、プロになるためのサッカーだ。そのサッカーに、竜也の意志なんて関係なくて、言ってしまえばそれが竜也でなくても構わないのだ。父さんの言うことに従順な、才能さえあれば。


 竜也はそのまま公立中学のサッカー部に入った。自分のサッカーをしたい、と言っていた通り、桜上水で、部員の数は少ないけれど上手くやっているようだった。こうして上手くやっている竜也を、こんな形で編入させたって、また反発するに決まってる。


 それに何より、これまで10番を守り続けてきた三上はどうなる?


 この学校の、武蔵森のサッカー部で10番になる、ということは、普通の学校でレギュラーになって10番を貰うこととは訳が違う。次元が違うと言ってもいい。代々受け継がれてきた10番を奪うには、並大抵の才能じゃ及ばない。それに才能だけじゃ務まらないものがあるのだ。自分の才能に溺れて、ろくに努力もしないようなヤツに、うちの10番は務まらない。


 三上は、1年の頃から10番を奪うという野心を秘めてここまで努力を重ねてきた。セレクションでは辛うじて引っかかった補欠合格。入学当初から、渋沢のように大人びた対応なんて出来なくて、先輩に態度が生意気だと言われたこともあった。僻みや妬みを受けたことも。それでも10番を奪うために、そして10番を守るために、深夜まで誰にも言わずに練習を続けた。


 そんな三上を、どうしてあんたのエゴだけで、変えることが出来るって言うの。




「父さん、」
「なんだ、学校ではそう呼ぶなと、」
「竜也をこっちに編入させようとしてるって、本当?」
「……あぁ」
「10番に、するつもり?」「そうだ」
「三上は?」
「控えに回す。それに他のポジションも考えられるだろう」



 確かめるまでもなかった。迷わず言い切った父さんは、きっと本気だろう。でも、同じように竜也だって、三上だって本気なんだ。



「……もう、竜也の回り、かき回すのやめてよ」
「……」
「父さんのところでサッカーしてる竜也、ぜんぜん楽しくなさそうだったよ」
「……勝つためには、そんなことは気にしてられないだろう」
「プロになるためにも、そんなこと言ってられないって?」
「……」
「プロになるって何?好きなことでご飯食べてくって、その好きなことが好きじゃなくなったら、楽しくなくなったら意味ないんじゃないの?」



 小さな頃の竜也の無邪気な笑顔が、少しずつ減っていったのはいつからだろう。最初は父さんに褒められたい、自分に構って欲しい一心でサッカーをしていた竜也が、いつからか純粋にサッカーを好きになって、それなのに、苦しみながらも父さんの勝ちにこだわるサッカーをしだしたのはいつからだろう。正直言うとあたしは、竜也が母さんについて行ったことに安心している。またあの頃の、ただ単純に好きだからサッカーをしていた竜也に戻るんじゃないかって。やっと、本当にやっとあの頃に戻り始めたのに、どうして。



「フィールド上では、選手を手駒にしていいけど、」
「……」
「フィールドの外に出たら、竜也や三上は、あんたの手駒じゃない」








(こんな時に何も出来ない自分に)(腹が立って涙が出た)



:)20110116




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