「あぁーっ……」
「……もういいだろ、終わったんだから」
「でも、あぁ、あそこミスタッチ…」
「はぁ…」
「テンパって走っちゃったし!」
式典が終わったっつーのに桐原はいつまでも隣で唸っている。ミスタッチだなんだ言ってるがはっきり言ってそんなこと俺らみたいな音楽もなにもやってねぇヤツらがわかるはずがねぇんだから、心配する必要なんてこれっぽっちもない。長い間ピアノをやってきて、今日やった曲(何だったかは忘れた)をやったことのあるヤツくらいしかわからないだろう。そんなヤツがうちの学校にどれだけいるか……、
「あ。やっぱり、なまえちゃんだ」
「たっ、タクちゃん!?」
……いた。しかも俺の後輩に。つーかタクちゃんって何だ。笠井も何だなまえちゃんって。こないだはよそよそしく「笠井くん」とか言ってた割に、どうやら面識があるらしい。
「……聴いてた、よね?」
「そりゃ、式典出てたからね」
「最っ悪!」
「久しぶりに弾いたでしょう?32小節目の入り、楽譜より気持ちゆっくり入ると上手くいくよ」
「……すればいいんでしょう!?練習!!」
「まぁ、頑張ってね」
笠井のピアノの実力は本物らしい。さっき弾いた曲の楽譜まで思い浮かぶのか、アドバイスか皮肉か、桐原に話しかける。桐原はそれを馬鹿にされてると受け取ったらしく、楽譜を胸に抱いて走り去っていった。
「あ、三上先輩」
「…よう」
コイツも俺をついで扱いか。もう少し先輩への敬意を持つべきだと思う、特に今年の2年は。
「知り合いなんだな」
「小さい頃から同じピアノ教室だったんで」
「…そうか」
笠井は藤代みてぇに五月蠅いタイプじゃねぇし、何より俺も、必要以上に喋る方じゃねぇ。笠井が少し俯いて、沈黙が流れる。暫くしてぽつりと、呟くように喋り始めた。
「さっき、」
「……」
「久しぶりに弾いたって言ってたじゃないですか」
「あぁ」
「あれ、多分俺のせいなんです」
「あ?」
「多分トラウマ作っちゃったんですよ、俺」
……つまりなんだ、ピアノ関連で、昔笠井にひどく負けたことがあるとか、それかまた馬鹿にしたかなんかだろうか。何気に笠井は腹黒い、渋沢ほどじゃないが。
「俺がここのセレクション受けた日、本当はピアノの全国コンクールだったんです」
「お前確かセレクション受けてたよな」
「はい。コンクールの出場枠蹴って、セレクション出たんです」
またしばらくの沈黙が流れた。言葉を選んでいるようにも、言おうか迷っているようにも思えたそれは、ひょっとしたらほんの1分もなかったのかもしれねぇ。でも俺には大分長く感じられた。
「コンクールの結果、なまえちゃん出場者中トップの成績だったんですけど」
「……どこがトラウマになるんだよ」
「……1位なしの、2位だったんですよ」
1位なしの、2位。
「出場者中ではトップだけど、1位には値しない」
それは、重く突き付けられた現実。笠井には及ばないと、勝てっこないと、誰に言われるでもなく、解ってしまったのだろう。
「今まで何度か一緒のコンクールに出てきたけど、結果は五分五分だったから」
「互角だったはずが、って?」
「多分俺のいないコンクールだから、絶対勝ちに行こうと思ってたんだと」
「……なおさら最悪だな」
だからあんなにも、笠井に聴かれるのを嫌がってたってワケか。上手いヤツに聴かれるのが嫌だったんじゃない。あのとき負けた笠井に聴かれることで、あのときの惨めな自分を思い出すんだろう。
「でも、」
「……」
「安心しました」
「は?」
「あのときの演奏は、勝ちたいばっかりで、張りつめすぎてた。技術は確かにあったかもしれないけど、全然楽しそうじゃなかった。」
話し始めた当初より、いくらか穏やかな顔をして、笠井は言う。
「今回は、ミスも多かったし、テンポも走りがちだった。でも、楽しそうに弾いてたから」
「……そうか」
「誰かさんのおかげで」
「……は?」
「あ、誠二からメール来てるんで、俺はこれで」
桐原さんと
ライバルと
三上くん
(どっちのライバル?)(どっちもライバル!)
:)20110116