――カツ、カツカツカツっ



 どうやら桐原は朝から機嫌が悪いらしい。雑誌を読んでる俺の隣で、コイツのイライラしているときの癖――机に爪をぶつける、がさっきからずっと止まらねぇ。何に苛立ってるのか、眉間に深い皺を寄せて、誰も寄せ付けないようなオーラを出し続ける。そんな空気に居たたまれなくなったのか、他のクラスメイトは俺に対して、なんとかしろ、と目線で訴えかけてくる。チッ、めんどくせぇな。



「おい、」
「……」
「おい、桐原!」
「…ん、何」



 さも何事もなかったかのように返事をする。自覚がない、まぁ癖だから自覚がねぇのが当たり前だけど。逆にあったりしたらさっさと治せよっつー話だが。



「爪、うるせぇ」
「あ、ごめん」
「……何、イラついてんのかよ」
「いや、ちょっと…」
「言えよ、らしくねぇ」



 チラリと雑誌から目線を上げると、珍しく神妙な面もちの桐原がいる。コイツこんな顔も出来んのかよ、と思うほど、桐原にしては珍しい表情だった。



「今度の、式典、あるじゃん?」
「あー、来月の頭の?」
「うん、それでね……、」
「何」
「やっぱいい、」
「気になんだろ、言えよ」
「……弾く、ことに、なりまして」
「あ?なんつった?」
「だから!その…ピアノを、……弾くことに、なりました」



 あぁ、そういうことか。



「人前で弾きたくねぇってこと?」
「いや、うん?まぁそういうこと?」
「……はっきりしろよ」
「タ…じゃない、笠井くん、いるじゃん?1コ下の」
「つかあいつサッカー部だし」
「うん、知ってる」
「で、あいつが何?」
「笠井くんのが、ピアノ、上手いし、なんであたしなの、って」
「上手いヤツの前でヘタな演奏聴かせられねぇっつーこと?」
「…うん、そゆこと」



 笠井か、そういや特技だか趣味だかピアノっつってたような気がしないでもない。まぁそこらへんの記憶は曖昧だが。自信なさ気にしている桐原だけど、実力は確かなものだったはずだ。なんでも小さい頃から結構有名なコンクールにも出場していたらしく、場数もそれなりにふんでいる。それに、



「俺、音楽とかよくわかんねぇけど、」
「…うん」
「お前のピアノ、好きだぜ」
「え、」



 ここ数年間で一度だけ出場したという全国大会を、俺は見たことがあった。最初は渋沢にだか笠井にだか誘われて、ちょっと息抜き程度に見に行った。桐原の結果は賞に掠りもしなかったが、その演奏は楽しげで、どこか自信に溢れていて、鍵盤を捉える瞳は強く輝いていた。技術的に拙い面は沢山あっただろうが、誰よりもピアノを弾くことを楽しんでいたコイツに、純粋にすげぇと思った記憶がある。



「上手い下手あるけどよ」
「……」
「楽しんで弾けりゃいいんじゃねぇの」
「…ん、ありがと」








(あんときの瞳は、)(俺たちと同じ瞳をしていた)



:)20110112



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